お嬢様の仲間
「ごめん、ちょっといいかしら。村長が話したいって」
よそ者が村に来ていることを村長へと伝えるため、村長の家へとフォーさんが行っている間、暖炉に火をつけさせてもらい、暖をとっていた。するとそこに表情を曇らせたフォーさんが戻ってきた。そしてその後ろには、村長だと思われる男性が立っていた。
曲がった腰に手をおいて立つ姿に、おそらく執事長のジョージさんくらいの年齢くらいだろうと予想する。その村長はゆっくりとこちらへ歩み寄ると、八人くらいが余裕で座れる長テーブルの前に立った。そして、後ろで組んでいた手を、こちらへ向ける。
この村での挨拶なのだろうか。両手で拳を握り、その腕を伸ばしたまま頭を下げた。それを見て、私たちもワンピースの裾を掴み、膝を曲げる。女装をしているウィリアム様はぎこちなくその仕草をしていた。少し笑った。
「フォーから話は聞きました。この村に起きている祟りを鎮めてくださるとのこと、大変感謝申し上げます」
「村長、だから祟りじゃないって。隣の奥さんも怪しい人影を見たって言ってたの、きっとそいつらよ」
「いいやフォー、これは『預言者』様の祟りだ。今年は特に厳しい冬のため、暮れに預言者様に捧げた野菜や猪たちの数も少なかった・・・・お怒りなんだよ・・・・」
「・・・・・・・」
フォーさんが言っていたように、村長は根っからの『預言者』信仰者のようだ。なんとなく眺めて終わっていたが、村長の服装はどこか民族衣装のようだった。首からは木でできた雪の結晶のようなペンダントをつけている。ピアスも、氷柱のようになっている。
フォーさんが呆れたように村長を見る。しかし村長は預言者の祟りだと信じているのだろう。深くため息をつきながら、おそらく山頂だろう方向へ視線を上げる。
「預言者様は、この村にとって大事な存在です。この村が永く続いてきたのも、預言者様がいたからこそなのです」
「・・・・その預言者様と、村にはどのような関係性があるのですか?」
「・・・・・フォー、そちらの方は」
「ジェニファーよ。子爵の娘なの」
「おお、それは・・・・ジェニファー様、遥々このような村に足を運んでいただき・・・・・」
「い、いいえ・・・・・」
私へと視線を向けた村長が、再び両拳を私へと向ける。その様子に私は戸惑いながらも、もう一度膝を曲げて会釈をする。
この村長の雰囲気は、何か不思議なものがある。と思った。
村長は挨拶を終えると、私へと一歩歩み寄る。そして皺くちゃな手を私の手にそっと重ねた。まるでジョージさんのような手に、どうしても屋敷を思い出して少し恋しくなった。
「ジェニファー様、フォーから先ほど聞いたのですが、ジェニファー様は魔術にお詳しいのですね?」
「・・・・人よりは、というだけです」
「精霊についてもお詳しいと。なのでこの村にも来てくださったんですよね?以前も精霊と出会ったことがあるとフォーから聞いております」
「・・・・・・・」
フォーさんには、以前『花の守人』に出会った時の話をしていない。しかしこの様子だとそのことについても知っているようだ。そうなると怪しいのはケイトだ。
私はフォーさんとケイトへと視線を向ける。すると、二人ともほぼ同じタイミングで私から視線を逸らした。あの二人、いつの間にか仲良くなったようだ。
村長は私を精霊について詳しい学者か何かだと勘違いしているようで、預言者を鎮めてくれると信じきっているらしい。もちろんそんなつもりはない私は、どうしたものかと村長を見る。
すると、村長は昔を思い出すように視線をどこかへと向けた。
「この村で生まれた人間は、皆『氷の子』と呼ばれます。母の胎から出てすぐ、その額に預言者様の魔力の欠片を埋め込むのです」
「・・・・氷の子・・・・魔力の欠片・・・・」
「はい。魔力の欠片は、この村より西に行った先にある洞穴からいただきます。その洞穴は、預言者様の寝床へと続いているとされており、見えるもの全てが凍っています」
「おぉ・・・・・・」
それは、大変興味深い。
ぜひ行ってみたい。そう思っていると、後ろからいくつかの視線が刺さる。どうせ私が行きたいと思っていると気づいたのだろう。私はコホンと咳払いをすると、村長さんの話の続きを促すように握られた手を少し動かす。
「その魔力の欠片を授かった氷の子は、相性にもよりますが氷属性の魔術を扱えるようになります」
「なんと!その魔術とはどのようなものですか?」
「風と水属性の魔術はもちろん扱えるようになりますし、その魔術を使って物を凍らせたり、雪を降らせることもできるようになります。得意属性を変化させる力があるのです」
「こ、この村にその氷の子という方はいらっしゃいますか!ぜ、ぜひお会いしたく!」
「お嬢様っ!」
「・・・・・失礼しました」
村長の手をぎゅう、と握り締めながら興奮した表情を向ける私をケイトが叱る。仕方ないじゃないか。
氷属性の魔力は水と風の応用魔術だ。その応用魔術を覚えるのに、私は三年かかった。確か七歳の時だっただろうか。水と風は相性が良いが、風属性のその気まぐれな部分が起因して扱いが難しい。水に対して十分かつ適量な風を吹き込まなければ、氷にはならない。その風の温度調節が難しいのだ。
それを、この村では魔力の欠片を授かることで使えるようになってしまう。それがどれだけ素晴らしいことかケイトは分からないのか。いや、普通のお嬢様なら必要ない知識だ。
私は興奮を抑えるように一つ息をつく。そして村長へと顔を向ける。すると村長は皺くちゃな顔を伏せ、小さく呟いた。
「いいえ、氷の子はもうほとんどおりません。預言者様の祟りにより、連れ去られてしまいました」
「・・・・・・・」
「残っている氷の子はすでに私のように年老いたものばかり。今残っているのは、『稀子』と呼ばれる男ばかりです」
「その稀子というのは」
「魔力の欠片を授かるには、その魔力を受け取れるだけの器が必要なのですが、その器が足りないものは魔力を寄せ付けません。そればかりでなく、他の属性の力も弱い。そういった人間を、我々は稀子と呼びます」
「(私のように魔力の少ない人のことを指しているのか・・・・・?)」
そうなれば、もし私がこの村で生まれても氷の子になれなかったかもしれない。
ウィリアム様なら欠片どころか塊でも受け付けてしまいそうだ。なんという不条理な世の中だろうか。こんなところでも優劣をつけられるとは。
思わず魔力の質も、そして量も多いウィリアム様をじとっと睨む。すると、その視線の意味がなんとなくわかるのか、眉を下げながら天使のように微笑まれた。今はその美しい笑顔が辛い。
「・・・・・ふむ・・・・」
ともかく、この村にまだいる男性は、老人または氷の子になれなかった方だけということか。そこまで理解すると、なんとなくフォーさんが言っていた怪しい人影が何をしたいのかはわかった。
どのような方法なのかについては分からないが、この村にしかない風習で預言者からいただいた魔力の欠片を保有している男性を、その怪しい人影は求め拐っているのだろう。
その魔力を集めて何をしようとしているのか。それも不明ではあるが、おそらくこれ以上この村から男性が消えることはないと思う。そして、ウィリアム様やブライトさんたちが拐われる可能性は低くなったと思う。
そのことに安堵する。しかし、村にこれだけ良質な魔力を持つ男性がいると知られたら氷の子でなくとも拐われそうなものである。やはり、危険なことには変わりないか。
「ありがとうございました、村長様。いただいた情報をもとに、預言者様を鎮められないか考えてみます」
「おぉ・・・・ありがとうございます。どうか預言者様をお鎮めください・・・・・」
「ちなみに、その氷の精霊を預言者様と呼ぶ理由は?やはり未来を予知できるような力を持っているのですか?姿形は?人のような姿なのですか?人間の前に姿を表すことはありますか?現れたとして、人の言葉を話すことはできますか?」
「お、おぉ・・・・・」
「お嬢様!」
大体の情報は手に入ったので、かねてから聞きたかった話を村長に投げかける。すると村長はぺらぺらと喋る私に戸惑うように両手をふるふると震わせながら胸の前に上げた。そしてケイトが私の腕を掴んで村長から離した。ま、待ってくれ。まだ聞きたいことが山ほどあるんだ。
お願いだからもう少し村長と話をさせてください。とケイトに伝えるがまるで聞いてくれない。そしてあろうことかウィリアム様へと放り投げた。綺麗に受け取ったウィリアム様が私を膝の上に置いて拘束する。ケイトめ、こんな時までウィリアム様をうまく利用するとは!
「はい、もう終わりだよ」
「ぐっ・・・・・・」
「今宵はどうぞゆっくりおくつろぎください。フォー、きちんともてなすのですよ」
「わかってますよ。あ、それと村長、客人が来ていることはくれぐれも他言しないで。もう気づいている人には私の親戚とでも言ってくれたらいいから」
「ああ。預言者様の怒りをこれ以上買うようなことはさせんよ。フォーも客人には麓より先には行かないようしっかり言いつけておくれ」
「はいはい」
「それでは皆様、失礼いたします」
パタン、と赤いドアが閉じられる。そこでどっと息をついたのはフォーさんだった。性格的に村長とは反りが合わないのか、疲れた様子で丸椅子に座る。
私は天使のような貴婦人から離れ、フォーさんの前へと向かう。とりあえず欲しい情報はある程度手に入ったと思う。その情報をもとに、いくらか話し合いをしたほうがいいと思ったからだ。
「フォーさん」
「ん〜?」
「ジャンティーさんですが」
「何!?居場所がわかったの?」
「い、いいえ・・・・まだそこまでは」
「あ、そう・・・・・・」
ジャンティーさんの名前を出した途端フォーさんが目を輝かせて私を見上げる。しかしそうではないと分かると、すぐに眉を下げて俯いた。本当にジャンティーさんのことが心配なのだろう。
心を寄せたいとは思うが、私とフォーさんでは『愛情』の器が違う。きっと、もし預言者が氷の精霊ではなく愛の精霊だとして、その魔力の欠片を授かれるとしたら、私は受け付けないだろう。
それでも、誰かを心配する気持ちは持っている。その気持ちが少しでもフォーさんと同じものだと思えば、なんとなくフォーさんの肩へと手を差し伸べられる気がした。
私は覚悟を決めたように、フォーさんへとさらに一歩近づく。
「・・・・フォーさん」
「なによ・・・・・・」
「ジャンティーさんですが、おそらくその預言者に関係して、連れ去られたと思います」
「は・・・・・?あんたまで村長と同じ意見だって言うの?」
「いいえ。そうではありません」
「じゃあ何なのよ」
「まだ証拠がないので推測で話をしますが・・・・・」
そこまで言うと、いつものように私の報告会が始まるとでも思ったのか、長テーブルの周りに座るケイトやオルトゥー君だけでなく、ブライトさんやウィリアム様も身を乗り出した。その視線に思わず居心地の悪さを感じる。
今回は今までのようにきちんと文献で調べるような時間はなかった。なのであまり自信はない。しかし、事は性急を求める。間違っていれば様々なところに迷惑がかかるが、私もある程度今までの旅の中で意見もまとまったので、ゆっくりと話す。
「まず、先ほどの村長様のお話にあった、『氷の子』です。この村では、昔から氷の精霊からその力を分け与えられます。その風習は他の村や街にはなく、独自のものだと思われます。村長様の言葉では、魔力を額に埋め込むとのことだったので、本来その方が保有している魔力が精霊の力により増幅し、かつ氷属性の魔術を扱えるようになるのだと思います」
「・・・・そうみたいね、私は嫁いだからよく知らないけど」
「そして、村長様のお話には大変興味深い部分がありました」
「・・・・・・なに?」
「この村に残っている男性は、氷の子ではあるがお年を召しているか、もしくは稀子と呼ばれる氷の子にはなれなかった方だけ、というところです」
「・・・・・・・」
「隣の家に住んでいらっしゃる旦那様や、ジャンティーさんはもともとこの村の出身ですか?」
「そうよ」
「つまりその二人も氷の子なのでしょう。そして、連れ去られた。そこから考えられるのは、おそらく隣の家の奥様が見たという怪しい人影は、何らかの方法で連れ去った男性の魔力、もしくは体内に宿る氷の精霊の魔力を取り出したいのかと思います」
「な、・・・・によそれ・・・・・」
「ジェニファーお姉さん、人間から魔力を取り出すなんて、そんなの可能なの?」
「いいえ、それは分かりません。聞いたこともないですし・・・・・」
「でも、お姉さんはそうだと思うってことだよね」
「はい。・・・この村以外で行方不明者が続出した、という話もありませんし、連れ去られた方に類似する特徴を考えると、そうではないかと推測します」
「・・・・・・・」
「また、行方不明者はこの一ヶ月で立て続けに発生したということですよね、フォーさん」
「ええ・・・・・一ヶ月というか、半月かもしれない。一日で一気に三人いなくなる日もあったもの」
「そうなると、怪しい人影・・・・、長いので犯人と言わせていただきます。その犯人はおそらく一人ではないでしょう。大人三人を一人で運ぶのは難儀ですから複数人で拐っていると考えられます。そして、拐った男性を隠しておける場所を確保しているでしょう」
「・・・・・・」
「今まで通った街はカルムからも遠く、そのため二日と少しかかりました。行方不明者が出ているどころか、カルム村の存在さえ知らないような方も多かったように思います。別の街から男性が連れて来られたという噂もありませんでした。そうでなければ、よそ者を簡単に宿に泊めるはずもない。・・・つまり、この事件は、このカルムに近いところでしか起きていないと推測されます」
「・・・・・・ジェニファー、結論を教えて」
「・・・・・おそらく、連れ去られた村の人は、今日通ったプレジにいると私は思っています。プレジにあった二つの塔は、今はモニュメントとされていて見張り台などの機能を果たしていない。身を隠すには最適な場所かと。・・・生死は正直分かりません。それでも、あの塔にいるのではないかと思います」
そこまで言うと、部屋にいる全員が言葉を失ったように黙り込んだ。水を打ったよう、とはこのような状況を言うのだろう。
私が最後に『生死は正直分からない』と伝えたこともあり、フォーさんの表情は暗い。それでもジャンティーさんに少し近づいたこともあり、フォーさんは膝を叩くと大きな口を広げて私たちに言葉をかけた。本当に切り替えの早い人だ。
「・・・・私、行くよ、プレジに」
「フォー・・・・・危険だ、あまりに危険すぎる。ジェニファー様が言ったろう、犯人は複数人いる可能性があるって」
「だったら父さんもついてきてよ!私は一人でも行くって言ったら行く!ジャンティーに会うんだ。それから頭を引っ掴んで、力いっぱい抱きしめてやるんだよ!」
ぽろぽろ、とフォーさんが涙を零す。その姿にケイトが涙ぐむ。
皆一様に黙り込む。私の言葉がどれだけ危険を含んでいるかわかったのだろう。もちろん私も分かっている上で伝えたので、余計に不安になる。
それでもフォーさんはジャンティーさんのためにプレジへ向かうだろう。たった一人で。
「・・・・・・・・」
快活な女性が、これほどまでに打ちひしがれている。どんなに格好良くても、さばさばしていてもフォーさんは女性だ。そして妻だ。夫のために伸ばしたい爪を切り、手が荒れても洗い物を止めることはない。きっとこの家で、フォーさんとジャンティーさんはお互いを慈しみ、愛し合っているのだ。それほどまでに二人は愛し合っているのだ。
そんなか弱い女性を、一人で死地に向かわせることは、私にはできない。私には持ち合わせていない『愛情』を持っているというだけで、尊いものだと思うから。
「・・・・・私も行きます」
「お嬢様!」
「お姉さん!」
「お嬢様、危険です。行ってはなりません」
ケイトが私に歩み寄る。そして私を抱きしめながら頭をふるふると振った。その目には涙が浮かんでいる。絶対に行かせないと、震える手が言っている。
そんな手に、私も手を重ねるとゆっくり笑みを浮かべた。
「フォーさんを一人にできません。もともとフォーさんから依頼を受けたのは私です。フォーさんを煽ったようなものですし、私にも責任があります。先ほどの話をする時には、もう決めていたことですから」
「お嬢様・・・・・」
「私も浅はかなまま向かったりしません。念のため、夜にプレジへ向かいます。様子をうかがうだけに留めます。証拠があれば軍も動いてくれるとマークさんも言っていましたし」
「ですが・・・・・」
「君がそう言うなら私も行く」
「・・・・ウィリアム様」
椅子に座っていた高貴な貴婦人が私へと歩み寄る。そしてケイトの肩に手を置く。その仕草にケイトがゆっくりと後ろに下がった。
ウィリアム様が煩しそうにカツラを頭から外す。そして口紅のついた唇を手の甲で拭うと、一筋の線が口の右端に伸びた。まるで口の端を切ったような様子に、私は眉を顰める。
そんな私に優しい深緑の瞳を落とすと、頬に手を添えた。
「言ったろう、何があっても君を守ると」
「・・・・・・・」
「決して離れるんじゃない」
「・・・・・ウィリアム様」
「君が行くなら私も行く」
「・・・・・・」
ああ、どこかフォーさんとウィリアム様が似ていると思ったのは間違いではないようだ。
私では持ち合わせていないものを、この方も持っている。その感情を向けられ戸惑っても、そんなこと知らないとこの方は目で言う。身勝手だ。ないものを求められても。それでもこの方を止められる術を私は持っていない。
この方の傍にいると、私にもそんな感情があるのではないかと錯覚する。
ぐにゅりと『あいつ』が現れる。それが何を意味するのか、今まで気づかないふりとしていたけれど、これはもしかしてーーーー
「・・・・・・・」
そこまで考えて、我に返る。今は自分のことではなく、この状況をまとめないと。
私はじっとウィリアム様の目を見つめる。その目に揺らぎはない。こうなったら、この方には何を言っても意味はないとなんとなく思う。
それに、ウィリアム様は強い。この方の魔力があれば、危険な状況も打破できる。そう私が確信できるだけの事実がある。
最適解は、すでに出ているか。
私は一度ウィリアム様だけでなく、後ろに控えているケイトやブライトさんへと視線を向ける。その瞳に、すでに皆は心を決めているのだと確信する。
「・・・・ウィリアム様、ぜひご同行願いたく」
「ああ、もちろんだ」
「ウィリアム様、私も同行してよろしいでしょうか」
「ブライト、頼む」
「はい」
「お嬢様が行くのでしたら、私が剣となり盾となります!」
「ケイト・・・・」
「絶対に行きます・・・・・・!」
「・・・・分かりました」
「俺は!?俺も行きたい!」
「オルはマークさんをこの家で守るんだ。何よりも重大な任務だよ」
「マークさんを・・・・・?でも・・・・・」
「オルトゥー君、私は腰を悪くしているんだ。戦えないから守ってくれないか」
「しょ・・・・しょうがないな」
「よし!決まったんならこうしちゃいられないよ!村中から使えそうなもん持ってくる!」
「お、俺も行く!」
「助かるよプティ!」
「プティはやめて!」
重たい雰囲気だった部屋が、一気に騒がしくなる。皆力強い瞳を浮かべ、隣にいる者同士で何を持って行くか、いつ出発するかなどを相談し始める。
一体感というものが、確かにここにはあるように思えた。
「・・・・・・」
私はその様子をぼんやりと眺める。この感情は何だろうか。心の底から何かが湧いてくるような感じだ。皆もしかしたら死ぬかもしれないというのに、一つのことに集中し、互いを心配しながらそれでも何かを成し遂げようとする姿に、不思議と高揚感のようなものを抱く。
「お人形さん」
ぼんやりとする私に気づいたウィリアム様が、ゆっくりと長い睫毛を下げて私を覗き込む。そして私を近くの椅子に座らせる。ウィリアム様もどこか喜んでいるように思えた。
なぜだろうか、これから危険なところに行くのに。どうしてそんなに嬉しそうなのだろうか。分からなくて首を傾げる。その私に長い腕を伸ばすと、そっと頬に手を添えた。
「・・・・なぜ、みんな・・・・こんなに元気なのでしょうか、危ないのに」
「一人ではきっと、あんな顔をしないよ。仲間がいるからだろうね」
「仲間・・・・・」
「ああ、私とお人形さんは仲間だ。君が危険な目に遭えば私が助ける。私が危険な目に遭えばブライトが助ける。友人なんかよりも固いもので結ばれているんだよ」
「・・・・友人よりも・・・・・」
「うん」
「・・・・・・・」
「・・・生きているうちに、仲間を手に入れる人間は少ないと私は思う」
「・・・・・・・」
「君は友人がいないと言ったね。でもそれ以上のものを持っている。それはとても尊いものだ」
「・・・・・・・・・」
「私は君の仲間になれて嬉しい。誇らしく思うよ。ジェニファーは?」
「・・・・私は・・・・・」
ウィリアム様の美しいお顔が近づく。額と額が合わさり、目と鼻の先に深緑の瞳が浮かぶ。
そうされているのになぜか私はいつもより冷静だった。ウィリアム様が言う『仲間』とは何なのか、処理を行うのに忙しかったからだ。
ウィリアム様は、仲間は友人よりも重要な立ち位置に存在する人間のことを指す。そしてその仲間を、固いもので結ばれたものを持つ人は少ない。それを私は持っている。それは尊いのだと、ウィリアム様は言う。
「・・・・・・・」
どうしてこの人は、私の知らないことをよくご存知なのだろうか。
研究室に入り浸り、外の世界を知らずに生きてきた人形のような私に、どうしてこうも胸に何か温かいものを運んでくるのだろうか。
胸を押さえる。それはぐにゅりと『あいつ』が現れたからではない。確かに、『友情』のようなものが存在していることに気づいたからだ。
まるで私を諭すように、ウィリアム様の妹のアメリーちゃんとアニエスちゃんに言うように優しく、分かりやすく伝えるウィリアム様。ウィリアム様もまた、私の『仲間』
それはとても、とてもーーーーー
「ウィリアム様・・・・・」
「ん?」
「私は・・・・・・」
「うん」
「仲間がいて、よかったと思います」
仲間とは、たとえ危険な状況でも互いを思いやり、その仲間のために最大限の努力をする者。そんなもの、研究室にはなかった。文献にだって書いてなかった。
それを私は手に入れたのなら、それはとても良いことだと思う。
そこまでウィリアム様に伝えると、ウィリアム様がうっとりと瞳に生温かいものを含ませる。そして私の目に手を翳す。それからご自身の目を若紫のものに変えた。
「私も君に出会えてよかった。昔の私では、きっと仲間を手にすることなどできなかっただろうから。・・・・以前父が私に言ったんだ。『友ではなく仲間を得よ』と」
「・・・・・・・」
「そんなもの必要ないと思っていた。どうせ私に群がる貴族なんて、私の地位を利用したいだけなのだと思っていたから」
「・・・・・・」
「でもここにいる皆はそうじゃない。貴族や領民などどうでもいいんだよ。私やジェニファーが貴族だから傍にいるんじゃない。利用しようとなんて考えていない」
「そう・・・・ですね・・・・」
ブライトさんやオルトゥー君だけじゃない。ケイトだって、ただの使用人であればここまで着いてくることはなかっただろう。それでも着いてきてくれた。ケイトも、私にとって大事な仲間なのだ。それは、この上なく嬉しいと思う。
ウィリアム様が頬に手を添えた指をずらし、私の顔にかかった髪を耳にかける。
そして誰が見てもうっとりとするような表情で、柔らかく微笑んだ。
「ジェニファー」
「・・・・・・・・」
「君がどう思ってるかは分からないけど、私は君以外にこんな感情は持ち合わせていない」
「・・・・・・」
「だからよく覚えていて。目を逸らさず聞いて」
「(あぁ・・・・待って、・・・・・)」
それ以上は聞きたくない。そう理性が言う。これ以上ウィリアム様が何か言ったら『あいつ』が騒ぎ出しそうだ。騒ぐだけならまだいい、だけど致命的な傷をつけるような気がする。
私が無意識に手をあげる。しかしその手までもウィリアム様が掴み、手の甲にキスを落とす。そしてその手を引き寄せると、ねっとりとした気味の悪い悪魔のような眼で私を見下ろしながら、目が塞がっていない状況でその美しい唇を寄せた。
ふわり、とウィリアム様の優しい香水が鼻をかすめる。ふにゅ、と唇を食まれる。何度か動いたような気がするが、それを処理するための脳細胞は沈黙している。沈黙というか、停止している。
「・・・・・・・」
「・・・・・・」
不意にウィリアム様が顔を離す。若紫の瞳は、魔力が揺れているのかその色を濃くする。ぽかん、と固まった私にうっとりと蕩けたような表情を浮かべ、ウィリアム様が何か喋る。
おそらく私の耳がおかしいのだけど、『愛しい』とか何とか聞こえたような気がしたが、おそらく気のせいだ。
「君が好きだよ」
「・・・・・・・・」
「だから守る。絶対に」
「・・・・・・・」
「・・・ふふ、聞いてる?」
鼻をつままれ、何か言われているがよく分からなかった。でもとりあえず言葉の最後に疑問符がついていたような気がしたのでコクコクと頷く。
そうすると納得というか、これ以上何かしたら倒れそうだと判断したらしいウィリアム様がケイトを呼ぶ。もちろん騒がしい部屋の中でもただ一人私とウィリアム様の様子をしっかりと見ていたらしく、顔を真っ赤にしながら口元を覆い、ウィリアム様へと歩み寄った。
「お人形さんの口、私の口紅がついてしまったから取ってあげて」
「はい!はい!ケイトにお任せください!旦那様!」
「はは、まだ旦那様じゃないよ」
「いいえ!もうこれは紛れもなく、確実に、ほぼ!全力で!旦那様です!」
「ははは」
「お嬢様!いえ奥様!ケイトが介抱して差し上げます!屋敷に戻ったらドレスをハンドメイドしてもらわないと!」
「・・・・・・・」
「んもう〜っ聞いていますの?!やだもう全然聞こえてない!オホホホ!」
それから、夜になるまで作成会議が行われた。プレジの街に詳しいフォーさんの話を聞き、ブライトさんが紙に見取り図を書いていく。ここまで持ってきていたのか、オルトゥー君がトランプのカードを私たちに見立て、必要な配置へと並べる。その全てを指揮しているウィリアム様から、作戦に必要な事柄を説明するように私が言われる。
たどたどしい内容に、事情を知っているウィリアム様とケイトだけがにこにこしていたが、それでもなんとか説明を終えると、私はなぜかにやにやしているフォーさんから強い酒を煽られた。
この村では、何か重要な時には強い酒をいっぱい皆で飲むらしい。
「ジャンティー奪還作戦の成功を願いまして!乾杯!」
ぐいっとフォーさんがグラスを傾ける。そして勢いよく「くーっ」と叫んだ。オルトゥー君はまだお酒が飲めないので、飲める私たちが同じように喉が焼けるようなその度の強い酒に、思わず片目を瞑る。
ケイトがげほげほと咽せた。いや、これは本当に強い。
酔いが回って判断が鈍らなければいいが、と思いながらグラスをテーブルに置く。そして皆で顔を見合わせる。それはまるで、今から「すごいことをしてやるぞ」という意思を確かめ合うようだった。
「(仲間・・・・・・)」
ウィリアム様の言ったその言葉に、私は胸に宿った『友情』だと思われるものを快く受け入れる。しかし、ウィリアム様と目が合うと『あいつ』が煩いので、そっぽを向いた。しばらく顔は見られない、自分の保身のためだ。
「・・・・・・・」
そんな私にウィリアム様は優しい目を向けたあと、見取り図へと視線を落とす。そしてその綺麗な手で、固く拳を握った。
そして、夜が来た。
ーーーいざ、プレジへ。
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