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お嬢様のカードゲーム




それから、急いで支度を済ませたケイトのおかげで準備は滞りなく終わった。


豪華船の船長マークさんの娘であるフォーさんも、早く旦那さんが見つかることを願っているだろうしと、私はいつもより広い馬車にウィリアム様と乗って一度ブライトさんのお店『ブランシュ・ネージュ』へと向かう。


先ほどから私の隣でにこにこ微笑んでいるケイトのその表情が喧しい。


旅ということで、いつもの使用人服ではなく町娘のような格好をしているケイトはお化粧もばっちりだ。そういえば、バーバラさんとエリザベッタさんの使用人たちも、その主人と同様で仕事中であろうが何だろうが化粧を欠かさなかった。それを気にしているのだろうか。何をしなくても可愛いのに。とは絶対に言ってやらない。



「おーい!ジェニファーお姉さん!」


「オルトゥー君?」



馬車を止め、いつものように徒歩でブライトさんのお店へと行こうとしていれば、待ちきれなかったと言わんばかりに明るい表情のオルトゥー君が走り寄ってくる。


そのまま抱きついてきたので、慌てて抱き抱えれば、パァと明るい表情で見上げてきた。この屈託のない笑顔にはいつも癒される。私もにこり、と微笑みかけるとそれが嬉しかったのか胸に顔を埋めてきた。


そうするとウィリアム様も我慢ならんとオルトゥー君を剥がした。オルトゥー君とウィリアム様が何やら目で会話をしていたが、よく分からないので放っておいた。



「お嬢様」


「ブライトさん、ごきげんよう」



今日も白雪のような肌に浮かぶ美しい唇を持ち上げてブライトさんが微笑む。胸に手を当て綺麗に微笑んだブライトさんに、私もワンピースの裾を掴んで膝を曲げる。ケイトが横でブライトさんの美しさに息を飲んでいた。本当に面食いである。


ブライトさんは顔をあげると、隣で騒がしいオルトゥー君へと視線を向ける。ブライトさんだけでなく、オルトゥー君も他所行きの格好をしており、冬用のジャケットを羽織っている。どこか出かけるところだったのだろうか。


そう思う私だったが、ブライトさんはふわりと微笑むと私の後ろで控えていた馬車を眺めた。



「今回はウィリアム様とお嬢様に同行させていただくことになりました」


「え・・・・・」


「オル君も一緒に行きますので、きっと楽しい旅になると思いますよ」


「そ、それは・・・・」



危険なのでは。と私は眉を下げる。ウィリアム様はおそらく、今回の一件を包み隠さず二人に伝えたはずだ。ケイトや父と母には物騒な話なので噛み砕いて伝えたが、この二人に遠慮は無用である。それだけウィリアム様が信頼を寄せているということもあるが、今までの事件を一緒に解決してきたということも二人に対して無駄に噛み砕く必要のない要素だと言える。


だからこそ、驚いたのだ。今回の事件は、危険と隣り合わせである。そこに子どもを連れて行くと、ブライトさんやウィリアム様が考えたとは思いづらい。


何か裏があるのだろうか。できれば着いてくるべきではないと思う私は、ブライトさんにそのような含みを込めて見上げる。するとなぜか柔らかく微笑まれた。



「以前、私やオル君がいない間に、ウィリアム様だけでなくお嬢様も怪我をされました。・・・帰ってこられたお二人を見て、胸を痛めたのは私だけでなく、オル君もです」


「・・・・・・」


「目の届かないところでお二人が危険な目に遭っているのであれば、そこに立ち会いたい。そして助力をしたい。出過ぎた真似をしているのは重々承知しております。自分の身は自分で守りますので」


「ですが・・・ウィリアム様から聞いていらっしゃると思いますが、今回の事件では、男性ばかりが狙われています。とても危険だと私は思います」


「はい、心得ております。なので、私とオル君はその村には立ち寄りません。あくまでも、そこまでのサポートをしたいと思っています」


「そ、そうですか・・・・・」



それならまだ理解できる。ウィリアム様を連れていくことも、私としてはよくないのではと思っているところだったので、そこにブライトさんとオルトゥー君も加わると処理が間に合わない。


まだわだかまりは残るが、カルム村に近づかないのならまだ安心できる。私はできるだけ笑顔でブライトさんを迎えたいと思い、口元を上げる。すると、その複雑な笑みにクスリと笑ったブライトさんが私の頭に手を置いた。



「これは、ウィリアム様も承知いただいたことですので。ウィリアム様がいれば、私たちに危険が及ぶことはありませんよ。お嬢様もあの方がどれだけお強いか、お分かりでしょう?」


「それは・・・そうですが・・・・」



バーバラさんとエリザベッタさんが『花の守人(チュテレール)』から魔力を手に入れようとした際に遭遇した魔狼(オルセルー)に対して、ウィリアム様が放った火属性の魔術はとてつもなく大きかった。湖を埋め尽くすほどの炎に、木で休んでいた鳥たちが一斉に飛び立つほどだった。


あれほどの魔術を扱うことのできる良質な魔力、そして量があれば問題ないとは思う。しかし、何が起きるかはまだ分からないのだ。用心しておくことにこしたことはない。



「・・・・無理はしないでくださいね」


「はい。ありがとうございますお嬢様」


「(もしブライトさんとオルトゥー君がカルム村に行くようなことになったら、問答無用で女装させよう。うん、そうしよう)」


「ああ、あとこれはウィリアム様から言うなと言われていたのですが・・・・」


「ん・・・・・?」



女装をさせるなら、ブライトさんの背丈に合うワンピースを探さなければ。ウィリアム様の分も。と他所で思っていると、ブライトさんが急に口元に人差し指を当ててにんまりと笑う。その悪戯っ子のような表情に首を傾げれば、ブライトさんは噂話をするように私の耳に唇を寄せた。



「以前の旅ではバーバラさんやエリザベッタさんのせいでお嬢様の気苦労が絶えなかったということもあり、できれば気のおけない私やオル君を連れて行きたいと、ウィリアム様もご希望されたんです」


「・・・・・・」


「ふふ、愛されていますね」


「・・・・・・・・」


「あ、今のは内緒で」


「ブライト、何をこそこそ話しているんだ?」


「ウィリアム様、なんでもありませんよ」



にこにこと微笑みながらウィリアム様へと歩み寄るブライトさん。その笑顔に何か含みがあるとわかったのか、ウィリアム様がこちらへと視線を向ける。しかし絶賛『あいつ』に心臓を食い散らかされている最中の私は目が合うとバッと視線を逸らす。



「・・・・ブライト、ジェニファーに何を言った?」


「いいえ、何も」


「・・・怪しいな」


「はは、本当に何でもありませんよ」



いいえ、なんでもあります。


どうしてくれるのか、これから出発だというのに心臓を痛めたではないか。私は胸を押さえながらじとっとした目をブライトさんに向ける。そうすると、ブライトさんがぺろと舌を出した。その様子にウィリアム様が眉を顰める。


もう今はあの二人の姿は見ないようにしよう。と後ろで控えていたケイトへと視線を向ければ、心配そうな瞳を向けられる。



「お嬢様?お加減でも悪いのですか?」


「いいえ・・・・何も・・・・・」


「・・・・それならいいのですが」



まだ何か言いたげなケイトだったが、そのケイトの横からひょいと顔を出したオルトゥー君の明るい笑顔で、話は中断される。オルトゥー君は私の腕を取ると、それをぶんぶんと振った。おお、頭が揺れる。



「ねぇお姉さん!馬車では俺がお姉さんの隣ね!」


「あらオル君、お嬢様の隣は私よ!」


「なんでだよー、ケイトお姉さんはいつでもジェニファーお姉さんと一緒なんだからたまには譲ってもいいだろ!」


「だーめ!お世話係の私が隣なんですっ」


「ケチ!」


「私だってお嬢様のこと大好きだもん!」


「なんだよ!ライバルかよ!」



ぎゅう、とケイトに抱きしめられる。それを見てオルトゥー君まで私に抱きつく。二人して足下で靴の踏み合いをしているようで、振動がこちらにまで伝わってくる。この二人、意外と仲良くなりそうだよなとなんとなく他所で思った。


ぎゃいぎゃいと騒がしい中、そろそろ出発しようとウィリアム様に声を掛ける。それに頷いたウィリアム様がブライトさんの肩を叩いた。



「ブライト、行こう」


「ええ。・・・・あ、すみません一つ忘れていたことがあるので待っていただけますか?」


「どうした?忘れ物か?」


「ああ、いえ・・・・花屋の店主に数日留守にすると伝えるのを忘れていたんです。最近奥さんを亡くしたそうで元気がないんですよ。少し心配なので」


「そうか・・・・馬車で待っているから終わったらそのまま乗ってくれ」


「承知しました」



長い足を動かしてブライトさんが花屋へと向かう。その間に私たちは先に馬車に乗っていることになった。


どうやらブライトさんとオルトゥー君もいるということで、いつもより大きい馬車を用意したようだ。積荷を乗せる部分も広々としており、その室内は人が7名乗っても余裕のあるつくりだ。


そこに、私を真ん中に左隣をケイト、右隣をオルトゥー君。真向かいにウィリアム様が座る。どうやらケイトとオルトゥー君は私を真ん中にすることで決着したらしい。私も二人のことは気に入っているので、少し持て囃された気分だ。嬉しいといえば嬉しい。



「・・・・・・」



そこにブライトさんも戻ってきて、出発となる。


マークさんのいるブリーズドゥメールまでは、ここから一日馬車を走らせたところにあるとのことだ。その道のりは長いが、これだけ楽しい仲間がいればすぐに到着してしまうことだろう。


ケイトが水筒に入れてきたお茶を皆に振舞う。ブライトさんも、向かいの店が洋菓子店だからかクッキーなどを持ち寄せてくれた。あらあら、これでは遠足ではないか。


そう思っていれば、次はオルトゥー君がポケットから何やらごそごそと何かを取り出す。



「じゃーん!お姉さんトランプ持ってきたから遊ぼう!」


「トランプですか・・・懐かしいですね」


「え?あんまり遊んだことない?」


「はい。兄が寄宿学校に通うようになってからはめっきりですね」


「そうなんだ、友達とかと遊ばなかったの?」


「・・・・・お友達と呼べる方は、ケイトくらいでしたので」


「「「 ・・・・・・・ 」」」



ケイトがめそめそとわざとらしくハンカチで目元を拭く。ウィリアム様とブライトさん、そしてオルトゥー君はまるで可哀想なものを見るような目をこちらへと向けてくる。なんだ、友達がいなくったって私はすくすくと育ったぞ。魔術好きな変わり者のお嬢様としてだが。


皆黙々とオルトゥー君が配るカードを受け取る。とても居心地が悪いのは私だけではないようだ。


しかし、そんな暗い雰囲気を明るいものに変えるのがオルトゥー君だ。パァッと笑顔を向けると、ジョーカーを一枚私たちに見せる。ジョーカーを含めると54枚あるはずなので、私たちのいずれかが、そのもう一枚のジョーカーを持っているということになる。



「ババ抜きだよ。負けたやつは今までで一番恥ずかしい思いをした時の話をするってことで!」


「オル君、今この馬車に乗っている方々がどういうご身分か分かってるかい?」


「ノンノン!勝負に身分は関係ないのさっ」


「いいよオル、その勝負乗った」


「ウィリアム様、あまりオル君を調子に乗らせないでください」


「私が勝てば忸怩(じくじ)たる話はしなくていいんだろう?」


「そうですが・・・・・」


「そうこなくっちゃ!」


「お人形さんも参加するよね?」


「ええと、負けたら恥ずかしいと思った話をすればいいんですね?」


「そうだよ!ケイトお姉さんも参加するよね?」


「もちろんよ、もうカードが配られているもの!勝負は始まっているわ!」


「よし!じゃあまずは同じ数字のカードを捨ててね。カードは、あ、このクッキーが入ってた箱に入れよう」



いそいそと皆が同じ数字のカードを捨てていく。これでは本当に遠足だ。しかし楽しいので誰も止めようとは思わない。


それぞれの準備が整ったところで、オルトゥー君から右回りにカードを引いていくことになった。オルトゥー君が私のカードを引き、続いて私がケイトのカードを引く。ケイトの向かいにはブライトさんがいるので、ブライトさんのものを。そしてブライトさんがウィリアム様のカードを引く。


そうやって何度も繰り返していくと、私のカードは残り二枚となる。しかし、その二枚がなかなか揃わない。オルトゥー君は三枚だ。まだ確率的に考えれば私の方が抜けるのが早いはずだ。



「あっ!私揃いましたぁ!」


「えっ」


「私もです」


「私もだ」


「えっ・・・・・・」



瞬く間に1ターンで私とオルトゥー君以外が抜けてしまった。なぜだ、皆運がいいのか。そう思う私だが、ケイトやブライトさん、そしてウィリアム様にはオルトゥー君の顔がジョーカーを持っていることで緊張しているのが見え見えだった。


しかもウィリアム様がジョーカーに触れると顔をぴくりと動かすものだから、一向にオルトゥー君からジョーカーが出ていかなかったことを知っていた。気づいていないのは、ただただババ抜きを楽しんでいた私だけだったらしい。



「お姉さん、どうやら俺たちだけみたいだね」


「・・・・・・」


「お姉さんが持ってるカードのどちらかが、俺のカードと同じ数字だよ」


「・・・・・」


「どっちかな。どっちを取った方がいいと思う?」


「知りません」


「俺はいやだ!恥ずかしい話をしたくない!」


「どうしてです、オルトゥー君が言い出しっぺですよ」


「知ったことか!おお神よ!俺に力を!」


「あっ・・・・・」



ヒョイ、と私からカードを奪う。そしてそのカードをオルトゥー君が見る。恐る恐る開くその時間は永遠のように感じられた。捲ったカードの数字を、オルトゥー君が自分のカードと比べる。


そして、勝ち誇ったように両手を天へと突き上げた。瞬間、私は思わず顔を手で覆った。



「やった!勝った!」


「・・・・・・・・・」


「お、お嬢様っ。ただのゲームですから。ねっ」


「(自分は恥ずかしいことを言わなくていいからって・・・・・)」



じとっとした目をケイトに向ける。ケイトはただただ眉を下げながら微笑んだ。ああ、小憎たらしい。


そんなムッとした私に、自分は免れたと言わんばかりにオルトゥー君が顔を寄せる。そしてどうぞいつでも言ってくださいとメモを取るような仕草をした。もちろんその手には何もないが。



「・・・・・・」



私に視線が集まる。これは仕方ない、ケイトが言うようにただのゲームだ。しかし、賭け事でもあるので負けたのならきちんと恥ずかしいと思った話をしなくては。しかし何があるだろうか。


顎に手をおいて考える。恥ずかしい思いなど、あまりしていないと思う。研究以外には物欲もないし、ポエムを書いたこともない。日記もつけないので誰かにそれを読まれる心配もない。


では、何があるだろうか。そう思い、ケイトを見る。しかし何も思い浮かばない。むしろケイトが盗み食いをしてジョージさんが叱っていたところを思い出した。


続いて、ブライトさんを見る。ああ、ブライトさんに虫眼鏡を差し上げた時に両手を抱え込まれるようにされた時はさすがにちょっと照れたかな。でも、それが人生で最大の恥ずかしいポイントではない。



「・・・・・・」



最後にウィリアム様へと視線を向ける。うむ、ウィリアム様とは最近外に出るようになってからはよく顔を合わせている。ああ、そういえば銀杏の葉に足を滑らせたことは恥ずかしかったかもしれない。最近も、足を怪我して横抱きにされたからな。あれも恥ずかしかった。



「・・・・ゔ・・・・」



そこまで思い出してしまうと、その先にあった出来事を思い浮かべてしまう。私が人間など感情を持たないほうがいいと伝えたことに対して、ウィリアム様がそうは思わないと言った。そして、そのあとに呟かれた言葉。されたもの。眠たげな瞼の下に転がる宝石のような深緑の瞳がうっとりと細められ、生温かい何かを伝えてきた。天使のような美しいお顔が、近づいて、それでーーーー



「・・・・・・・・」



かぁぁぁ、と顔に熱が集まるのを感じた。思わず手で顔を覆い隠す。それを驚いた様子でケイトとオルトゥー君が私の両肩をそれぞれ掴む。どんなに恥ずかしい思いをしても、顔を赤らめるなんてことはなかった人形の私が、顔だけでなく首元までも赤くする様子は、おそらくケイトも初めて見たことだろう。


おろおろとケイトが慌て出す。しかしそれに反応できず私は赤い顔を両手でなんとか覆う。


しかしブライトさんとウィリアム様は何か気づいたようで、私の様子をじっと見つめる。赤面し、必死にウィリアム様から顔を背けようとする私の仕草に、この二人が気づかないわけがないと、私が気づかない。



「ブライト、どうしようか、心の声が漏れそうだ」


「・・・・・お気持ちお察しします。これは・・・生殺しですね・・・・」


「ああ・・・・もどかしい・・・・」


「ははは、お嬢様も意地悪だなぁ・・・・・」



なぜかウィリアム様までもが顔を手で覆ったところで、馬車の室内は大パニックとなる。


騒がしい馬車に、馭者が冷たい風を受けながらにっこりと笑っていたそうだ。




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