お嬢様と船乗り
「私の娘の名前はフォーといいます。その夫はジャンティー。カルムという小さな村に住んでいます。お恥ずかしながら・・・海の上での生活が多いため、妻に愛想を尽かされ、それに怒り出て行った娘とはかれこれ五年手紙でさえ連絡を取っていなかったのですが、先日、このような手紙が私宛に届いたのです」
「・・・・・・」
アメリーちゃんとアニエスちゃんが部屋の真ん中で本物の人形で遊んでいる中、ソファで向かい合って座ったマークさんがテーブルに手紙を置いた。それをウィリアム様が取り、隣に座る私にも見やすいように広げてくれる。
とても急いでいたのだろうか、便箋の線など全く無視して書き殴られた文字は読みづらい。私の文字の汚さと似通ったところがある。だからだろうか、私は読み取れた。
そこには、『村の男ばかりが消えている。様子を見に行った旦那が戻って来ない。何が起きているのか調査をしてほしい』と書かれていた。
そこまで読んでマークさんへと視線を向ける。困ったように眉を下げるマークさんは、もどかしさからかそわそわと肩を震わせた。それもそうだろう、五年も連絡を寄越さなかった娘からの手紙の内容がこんなものでは。
しかし、マークさんは豪華船の船長ではあるものの、自警団ではない。調査をしろと娘に言われても、情報も少ないし一人では解決できないと思い、ウィリアム様を訪ねたのだろう。
「(ウィリアム様は何でも屋でも探偵でもないんだけどな・・・・・)」
そう思うが、ブライトさんといい、オルトゥー君といい、ウィリアム様の周りでは頻繁に事件が起きる。まさか事件を呼び寄せる体質でも持っているのだろうか。その依頼を解決している自分こそ、そういう体質なのではという思いは微塵も考えないで、他人事のように思う。
マークさんが深いため息をつく。そして重たそうな口を開くと、懇願するような目を私とウィリアム様に向けた。
「以前の船旅で、ウィリアム様は精霊によって眠ってしまったお嬢様の目を覚ますために旅をしているのだと聞きました」
「それはどなたからですか?」
「あのお医者様の・・・・フィーリウスさんからです」
「(あの人・・・ぺらぺらと喋りおって・・・・)」
「それを解決したのは、ジェニファー様だとも言っておりました」
「・・・・・・」
「・・・・カルム村のそばに、プレジという街があります。その街はその地域では一番大きな街なのですが、娘の話では貴族の支配下にあるそうで、村のために自警団を寄越してくれるはずがないと。しかし私はただの船乗りです。船乗りが介入できることでもない」
「・・・・それで、私とジェニファーに話を持ちかけたと」
「はい。身勝手な願いであるということは重々承知しております。ですが、ウィリアム様のお立場と、ジェニファー様のお力をお借りできればと・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
さすがに、今回ばかりは今までのように実験や推理でどうにかできることではないと思う。それはウィリアム様も思うところなのか、柳のように美しい眉を顰めて私を見下ろす。その視線を受け、私も一つ深い息をついた。
人攫いなんて、私たちでどうにかできるものではない。
そのプレジという街の自警団がだめなら、他の街の自警団に頼めばいいのではないか。そう思うが、それぞれの領地には領主がいる。その領主が協力的でなければ、街を護るための自警団を出払わせるようなことはしないだろう。その間に自分の領地が攻められたら困るのは自分たちである。
「・・・・王都の軍を派遣していただくというのは」
「それは私も考えました。しかし証拠がなければ対応はできないとの一点張りでした」
「・・・・・・・」
「村に起きている事象とはいえ、軍を派遣するとなれば事は重大とみなされ悪い影響が出かねないと判断したのでしょう」
「(確かに、船乗り一人で軍を動かすことは難しいか・・・・)」
「八方塞がりの状況で、私もどうしてやればいいのか・・・・」
「・・・・・」
娘を憂いて表情を暗くするマークさんは、見ていられない。しかし、私やウィリアム様で解決できるようなものでもないと思う。
もう少し情報があれば、助言くらいはできるかもしれないが。
私はソファから立ち上がると、マークさんの横に座る。そして、マークさんが手にしていた手紙の封筒へと視線を向ける。差出人は娘さんのフォーさん。消印は一昨日だ。プレジという街から届けられたようで、押印されたところにその文字があった。
じっと封筒を見ていると、その視線にマークさんが気づいたのか手渡してくれた。それにお礼を言って、中を覗く。するとまだ手紙には続きがあったのか、便箋がもう一枚入っていた。
「・・・・・・・」
そこには、先ほどマークさんが言っていたように、プレジの街が貴族の支配下にあり融通がきかないということと、それ以外に村でいなくなった人々の特徴について書いてあった。
村長の息子、鍛冶屋の息子、狩人の旦那が数名、そしてフォーさんの旦那さんのジャンティーさん。全員で15名もの男性が、たった一ヶ月間でいなくなったとのことだった。一ヶ月で行方不明者がそこまで出るのは異常である。
「ん・・・・・?」
手紙に書き殴られた文字に視線を落とす。カルム村は、気高い山の麓に存在しており、その山には『預言者』と呼ばれる氷属性の精霊がいるらしい。その預言者と呼ばれる精霊を村は崇拝しており、何か事件や悪いことが起きると、全て預言者の怒りを買ったのだと考える風習があるとのことだ。
預言者、という名前がついているのであれば、何か未来を予知する能力を持つ精霊なのだろうか。
少し興味があるものの、今回の事件に関係があるかはまだわからない。しかし季節は今や真冬。おそらくそのカルム村は一面雪景色であることだろう。雪景色となれば、氷属性の精霊の力も強まっているだろうし、もしかして本当にその精霊の仕業なのか?
「(わからない・・・・情報が少なすぎる・・・・)」
便箋を封筒に戻し、マークさんに戻す。そしてウィリアム様の隣に戻ると、顎に手をおいて思考の海にどっぷりと浸かる。
冬の厳しい地域にひっそりと佇むカルム村、そこでの行方不明者続出。プレジという街は非協力的。そして氷属性の精霊。マークさんの悲痛な表情。
私はゆっくりと視線をウィリアム様へと向ける。すると全てを理解しているように、ウィリアム様が優しく目を細めると、私に頷く。その表情を見ると、どうしても安心してしまう。この方の傍にいれば、何があっても私らしくいられるような気がする。
私はマークさんへと向き直る。そして口を開く。
「フォーさんに、話を聞いてみたいと思っています」
「それは!・・・・依頼を受けていただけるということですか?!」
「い、いえ・・・・正直、私一人でどうにかできるものではないと思います。まずは情報を整理したいので、フォーさんからお話を聞きたいのです」
「私も協力する。一人じゃないよ」
「・・・・・ですが・・・・」
今回は、本当に危険だと思う。カルム村で男性が行方不明になっている。ウィリアム様も男性だ。もしその村に向かうことになれば、危険が及ぶ。そうなったら、本当に私はコールマン公爵に首でも命でも捧げなければならなくなる。
まだ死にたくない。やりたいことが山ほどある。
そう思うが、ウィリアム様の強く優しい深緑の瞳を見てしまうと、どうしてもその気持ちも揺らぐ。この方なら、あれだけの魔力の量と良質なものがあれば、なんとでもなってしまうのではないか。
「一人にしない。君を守ると誓ったはずだよ」
「・・・・・・・」
「大丈夫。何も問題ない」
「・・・・・・」
なんだろうなぁ、この方の言葉には本当に力がある。
まるで魔術を施されたような気分だ。そのような魔術、知っているなら教えてもらいたいものである。私は少々悔しい気持ちでウィリアム様を見つめる。その視線を受けて、ウィリアム様が私の頭にキスを落とした。
これは、もう決まったようなものだろう。
楽しくなってきた、とでも言わんばかりにニコニコとマークさんを見るウィリアム様。あなたも大概好奇心旺盛な男の子だ。私は一抹の不安を胸に抱きながらも、マークさんへと視線を向ける。
「フォーさんに、会いに行きましょう」
「ああ、ありがとうございますジェニファー様・・・!」
「・・・・フォーさんはどちらに?カルム村ですか?」
「いえ、私の屋敷にいます。この街から馬車で一日行ったところにあるブリーズドゥメールという街です」
「(い、一日・・・・それはまた遠いな・・・)」
「ああ、その街なら私も聞いたことがあります。とても大きな港があるところですね」
「はい。海鮮物も多いので、御馳走を用意しますね。カルム村はさらにそこから馬を三日走らせたところにあるので、英気を養わねば」
「な、なんと!」
今回もまた数日屋敷を離れることになりそうだ。
バーバラさんとエリザベッタさんの一件以来、あまり屋敷から離れたところに行きたいと思わなくなっていた私としては、再び遠出をするという事実にげっそりする。しかも、フォーさんは女性だ。またバーバラさんのように嫌味を言われる毎日だったらと思うと胃が痛い。
私は痛くなってきた頭を押さえながら、ケイトを連れていくことを覚悟する。ケイトなら喜んで着いてきそうだ。遠出ということならフィーリウスさんにも頼むべきだろうか。医者はどのような場面でも心強い。
「(オルトゥー君がまた拗ねそうだなぁ・・・・)」
「早速支度を始めます!私は今すぐ屋敷に戻り、フォーにこのことを伝えて参ります。お二人はいつごろいらっしゃいますか?」
「そうですね、二日もあれば行けるかと。お人形さん、その間にご両親や使用人たちに話はできるかい」
「は、はい・・・・・」
「ブライトとオルにも声をかけておくよ」
「ありがとうございます・・・・・」
ああ、また話が大きくなってきた。
最近、研究室に入り浸る時間も減ってきたように思う。世界が広がると、こんなにも時間が足りなくなるものなのか。しかしそれを楽しいと思ってしまう自分がいるのも確か。氷属性の精霊について調べたいと本能が言っている。それを理性が危険だと止めるが、その理性の声は小さい。
「屋敷まで送るよ」
「ありがとうございます」
「ほら、アメリー、アニエス、お人形さんが帰るよ」
「「 はーい 」」
天使お二人に見送られ、大天使と共に屋敷へと戻る。
雪がちらつく馬車の窓硝子に映る私の表情は、あまりよいものではなかった。
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