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お嬢様の召集





ーーーーカルム村


その村は王都から数十キロ離れた、気高い山の麓にひっそりと存在していた


冬は特にその寒さが厳しく、吹雪くことも多いため村に住む人々以外はあまり寄り付かないことでも有名だった。




「ジャンティー!こんな吹雪の中外に出たら危ないよ!」



薄い木板のドアを蹴破る勢いで男がそこから飛び出す。真夜中、吹雪のせいで視界の悪い中、フードを目深にかぶり飛び出した男は、家の中から叫ぶ女へと振り返る。



「フォーは僕が朝になっても戻らなかったら村長様に近くの街の自警団に必ずこの状況を伝えるように言ってくれ!」


「だったらあんたが朝になってから伝えに行けばいいじゃないか!」


「それじゃあ遅い!もう何人目だ!村の男が帰ってこないなんておかしい!」




その村では、先日から山に狩りに出かけたまま村の男たちが帰って来ないということが頻発していた。気高い山の麓で生活をする人々であれば、山や森にも詳しい。今まで男たちが帰って来ないという話は、吹雪で方向感覚が分からなくなり凍死をする者が数人出たということ以外にないものだった。


それが、立て続けに10人もいなくなった。たとえ今年の冬が厳しいといっても、おかしい。


ジャンティーはこの村で生まれ、そして育った。何よりも尊い存在の村に、危機が迫っている。この村に何かが起きている、それは間違いない。


しかし、何が原因なのか分からなければ足取りを掴むことさえできない。今朝は隣の家の旦那が姿を消した。妻は泣き崩れ、今は気を失って眠っている。




「このままじゃこの村は壊滅する!僕が、僕がやらないと・・・・・!」


「気の弱いあんたじゃ何もできないよ!」


「フォー、頼む。わかってくれ!」


「ジャンティー・・・・!」



飛び出したフォー、妻を抱きしめる。凍えているのかその肩はとても震えている。しかしその震えが、凍えるものだけではないことが夫のジャンティーにはわかった。



「愛しいフォー、必ず戻る。少しあたりを見て来るだけだ。隣の奥さんが朝旦那さんと怪しいフードを被ったやつを見たって言ってたんだ。もしかしたらまだ近くにいるかもしれない。様子をうかがうだけだ、僕一人で立ち向かうことはしないよ」


「あんた一人じゃ何もできないよ・・・・あんたは優しすぎるんだから、どうせその怪しいやつにも情けをかけちまうよ」


「はは、・・・・大丈夫。君が待ってくれていると思えば、僕はいくらでも鬼になれる」


「ジャンティー・・・・」


「フォー。愛してるよ、必ず戻る。君を一人になんかさせない。必ず戻る」


「ジャンティー・・・・・・!」



妻の愛しい頬にキスをし、走り出す。


後ろでフォーが何かを叫んでいるが、もう吹雪で聞こえない。雪に足を取られてうまく進まない。今年の冬はあまりにも厳しい。何か、村の男たちがいなくなったことと関係があるのだろうか。



「・・・・・ん・・・・・?」



数分歩くと、少し先にランプの明かりが見えた。こんな真夜中に誰かが外に出ているのだろうか。


もしかしたら、自分と同じで村の様子がおかしいと気になった誰かが見に来たのかもしれない。ジャンティーは自身の手にあるランプに火属性の魔力を多めに注ぎ込み、その明かりを大きくする。


雪が目に入ってよく見えない。しかし、そのランプの明かりの近くには馬車のようなものがある。暗すぎてよく分からないが、馬車にしては真っ黒で装飾品など何もないように見えた。


まるで棺のようだ。


ジャンティーはランプの火を消し、そっと木々の間に隠れる。するとその馬車から誰かが出てきた。フードを被った男だろうか、それぐらいの背丈がある。あれが隣の奥さんが言っていたフードの男か。



「・・・・・」



ゆっくりと、気づかれないように近づく。フォーが心配するから、何者か顔を見たらすぐに家に戻ろう。明かりのついていないランプをグッと握りしめる。すでに寒さで指の感覚がない。それでも強く強く握りしめる。


馬車から降りてきたフードの男は二人いた。その二人は何かを話しているようだ。吹雪のせいで小声では話せないのか、口を大きく開いて会話をしている。



「(なんだ・・・・何を話しているんだ・・・・・?)」


「・・・・だ!・・・・まだ、・・・・・・様・・・・・・!」


「(様・・・・・?誰か他にもいるのか・・・・・?)」



ここからではよく聞こえない。フードの男の一人が、『様』と敬称をつけた。黒幕は他にもいるのか。


もっと情報がほしい、もっと。村の壊滅を回避するための、重要な手がかりが欲しい。ジャンティーは木々の間から顔を出し、できるだけ耳を寄せる。


しかし、そのジャンティーの背後から、ぬっと手が出てきたところでジャンティーの思考は停止する。


強く掴まれた肩がぎしぎしと音を立てる。こいつ、力が強い。今にも骨を折られてしまいそうな状況にジャンティーが小さな呻き声を出す。すると、その声に気づいたのか馬車の前にいた男二人がこちらを振り返った。



「おや?こんなところに大きな鼠がいましたね」


「なっ・・・・・!」


「いい子で村にいればいいものを」


「ゔ・・・・は、離せ!」


「仕方ありません、あなたも連れて行きましょうね」


「離せ・・・・!離せ!」


「だめですよぉ、君も、我らの糧となるのです」


「離せ!・・・・離せっ、ゔ・・・・・・」



腹部を凄まじい力で殴られる。あまりの衝撃にジャンティーが意識を手放す。


雪の上に横たわったジャンティーの姿を、舌舐めずりをして眺める男。その男は馬車の前に立っていた二人を呼ぶと、ジャンティーを馬車に入れろと合図をする。



「そろそろこの村も終いにしましょうかね、人を狩りすぎた。自警団が騒ぎ出すかもしれません」


「この男も塔に連れて行けばよろしいでしょうか」


「はい。大事な糧ですからね、傷一つつけてはいけませんよ」


「はっ」


「全ては『あの方』のために。・・・・・行きましょう」




ジャンティーを荷台に乗せ、馬車に男たちが乗り込む。冬の山でも難なく走る黒い馬が4頭、雪を蹴散らして走る。


窓から見えるその景色は暗くてよく見えない。しかし、ジャンティーの腹部を殴った者はただただその景色をうっとりと眺めていた。



ーーーー翌朝



朝になってもジャンティーが戻って来ないことを心配したフォーが村長の家を訪ねる。しかし、村長の息子もすでに姿を消しているということもあり、怯えた村長は正確な判断ができないのか山の祟りだとばかり連呼して埒が明かない。


これではジャンティーを探せない。



「私が街まで降りて自警団を呼んで来ます!」


「止しなさいフォー!あの街の自警団は貴族の言いなりです!村のことなど構ってくれません!」


「・・・・ではどうしたら!私の旦那までいなくなったんですよ!?」


「・・・・・・祟りです。今年の冬は特に厳しい。きっと山の精霊が怒っているんです」


「(話にならない・・・・!)」


「あ、フォー!」



フォーが村長の家を飛び出す。その様子を手を伸ばして見ていた村長は、ただただ両手を握り締めて山の精霊に願いを呟いていた。


ーーーーだめだ、私がどうにかしないと。


フォーは勢いよく家のドアを開けると、服についた雪も落とさずに暖炉の近くへと向かう。その暖炉の横には、木でできたソファがある。ソファは中に物を入れることができるような構造になっている。あまり使うこともないものばかり入っていたので、フォーはそれをぽいぽいと出していく。



「あった・・・・・・!」



もう、連絡をするつもりはなかった父の名前が書いてある手紙。


その手紙の差出人の部分に書かれていた住所を見て、すぐにフォーは新しい便箋を取り出す。そこに殴り書きのように文字を綴り、書き終わったと同時に貴重品の入ったカバンを手に取る。



「誰も行かないなら、私が行くってんだよ・・・・・・!」



家を飛び出し、馬屋へと向かう。一頭の大きな馬の背に乗ると、フォーは村を飛び出した。


ーーー絶対に助ける。助けるよジャンティー


街へと降り、郵便局の前にあるポストにそれを入れる。そして再び走り出す。向かう先は、港。もう会うつもりはなかったが、こうなれば頼れるのは父だけだ。



「絶対に助けてやるからね!ジャンティー!」



愛する夫のことを考えると涙が出てくる。それでもフォーは馬を走らせた。




数日後、フォーよりも先に手紙が父に届く。突然音信不通の娘から届いたその汚い文字の手紙に、父は驚きながらもその内容を読んで口を手で覆う。


しかし、その内容は父では解決できない。



「・・・・・・・」



あの方、あの方なら解決できるかもしれない。父はすぐに上着を手に取ると、屋敷を後にする。


向かう先は、貴公子の館。


あの方なら、解決できるかもしれない。この奇想天外な状況を理解し、そして助力してくれる人はあの方しかいないはず。


馬車に乗り込み、その館を目指す。



「(きっとあの方と・・・・お嬢様なら解決してくれる・・・・・)」



雪の降る街道を進み、貴公子の館へと馬を走らせる。その父の表情は、とても険しかった。




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