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お嬢様の遠出




「えぇ!?えっ、・・・・・えぇ?お嬢様が、遠出をなさる・・・・と?しかもウィリアム様と!?」


「あなたっ!娘の成長が著しくて私ついていけませんわ!」


「ジェニファー・・・・どんどん大人になって・・・・・・」


「・・・・・・くっ・・・・・ジョージはとても嬉しゅうございます」




『聖魔女総合病院』で、エギーユちゃんを眠らせた精霊『花の守人』や血清について説明をしたその日の夜。


早速私は、ブライトさんのお店『ブランシュ・ネージュ』がある街から船で1日行ったところにあるというシュヴァリエに、ウィリアム様と行くことになったと父と母、そして夕食の準備をしている専属使用人のケイトと執事長のジョージさんに説明をした。


今回は、シュヴァリエの近くにあるという、ヴェレーノモストロと呼ばれる森に珍しい茸があると聞いたので、それを調べに行くという話になっている。あくまでも、旅行ということだ。場合によっては花の守人と戦闘にもなりかねない状況が考えられるが、それを言えばこの人たちは何を言い出すか分からない。


全ては説明できないにしても、遠出となるので伝えたのだが。


父は目頭を押さえて黙り込み、母はそんな父の腕に縋り付きながらハンカチで目を覆った。ケイトにいたっては溢れんばかりの笑顔でキラキラと輝き、ジョージさんは泣いているのか両手で顔を覆っていた。



「(大げさすぎる・・・・・・・・)」



私の今までの活動範囲は、せいぜい自室と研究所の行き来くらいだった。それが、ウィリアム様と出会った途端、屋敷を飛び出し街に出かけ、あれだけ毛嫌いをしていた晩餐会にも進んで参加し、今回に至っては遠出をするというのだ。


遠出ともなれば、何日か帰らない。その間、ウィリアム様と二人きり。


そう思っているらしい家族や使用人たちに、私は深いため息をつく。そして、目の前のスープに口をつけた。うん、美味しい。




「でも冬の海は危険よ。北風で波が高くなっていると言っていたから」


「比較的波の穏やかな海路を進むそうです。コールマン公爵の船を借りられるとか」


「おお!それでは父は明日にでもコールマン公爵にお礼を伝えねばならないな!」


「もう家族ぐるみの仲じゃない!素晴らしいわね!」


「・・・・・遠出となるので、ケイトを連れて行きたいのですが、いいですか?」


「はーい!ケイトはどこまででもついてまいります!」


「ジョージさんに聞いているんですよ、ケイト」



脳内お花畑の人しかいないらしく、父と母、そしてケイトはほとんど会話が成立しないような気がする。この中でも比較的会話ができるジョージさんへと声をかければ、ハンカチで目元を押さえながら、コクコクと頷いてくれる。



「できれば私が付き添いを申し出たいところですが、もう年ですので・・・・ケイト、頼みましたよ」


「はぁい!お嬢様のお命、私が守ります!」


「道中何があるかわかりません、小刀と槍を持っていきなさい」


「はい!ジョージさん!」


「(どうして槍が必要なんだ・・・・・・)」




なぜかジョージさんとケイトの頭に鉢巻のようなものが見える。不思議だ。


私はいよいよ頭を抱えたくなってきたところで、スープを飲みきる。その皿をケイトへと渡すと、もうお腹も膨れたということで部屋を出ようと席を立つ。


ウィリアム様のお話では、出発は明後日になるということだった。公爵家のご子息が遠出をするとなれば、屋敷の使用人たちもバタバタと慌てることだろう。それに船を出すとなれば、それなりに費用も嵩む。費用については、ご自身で稼いだお金を使うということだったが、私もいくらか貯金はあるので出した方がいいだろう。明日にでも銀行でおろしてこようか。


そんなことを考えながら、ワンピースについた皺をとっていると、ケイトに肩を叩かれる。なんだかうっとりとした目をしているので、どうせウィリアム様のことでも考えていたのだろう。あまり返事をしたくないが、ケイトへと視線を移せばやはり開口一番ウィリアム様の名前が出た。わかりやすい。



「ウィリアム様とお嬢様の大冒険ですね!きっと楽しいご旅行になりますわ!」


「・・・・そうですね」


「早速、シュヴァリエという街の宿屋に予約を入れておこうと思うのですが、お部屋のご希望はありますか?例えばダブルベッドがいいか、セパレートがいいか」


「(どうして一部屋で予約しようとしているんだ・・・・・)」


「私は断然!キングかクイーンサイズのベッドがよろしいかと思いーーーー」


「今回は、バーバラさんとエリザベッタさんのお父様の別荘に宿泊することになりましたので、宿の予約は無用です」


「え・・・・・バ、バーバラ・・・・・?」


「ジェニファー・・・・待って、その旅行は二人で行くのではないの?」


「はい。バーバラさんと、エリザベッタさんも一緒です」


「そのお二人とはどんな関係なんだ。名前からして女性のようだが」


「爵位はわかりませんが、どうやら貴族のお嬢様のようです。先日お話をするようになりました」


「「「「 なんと!! 」」」」



声を揃えた4人が、一斉に顔を青ざめる。


勝手にウィリアム様と二人で旅行をすると思っていたのはそちらのほうだ。私は無表情のまま、彼らを眺める。


すると、ふるふると震えていたケイトと母がバッと顔を上げたかと思えば、手を合わせて瞳に炎を燃やし始めた。その様子は、父とジョージさんが怯えるほどだった。



「ケイト!こうしちゃいられないわ!これは女と女の戦いになるわ!」


「はい奥様!どこぞの貴族かわかりませんが、ウィリアム様とお嬢様の間を引き裂こうとする者は決して許しません!」


「貴族ということなら、必ず使用人を連れていくはずよ!」


「負けません!」



はぁ、と思わずため息をつく。始まった、『女の戦い」とやらが。


しかし今回ばかりは、ケイトと母を若くしたような性格のバーバラさんとエリザベッタさんなので、二人の予想は間違ってはいない。ただ私はバーバラさんとエリザベッタさんと競うつもりはないが。


エリザベッタさんに強く掴まれた腕を見る。すでに跡は消えたものの、見えない『感情』がいまだにしがみついているように思えた。


正直、あの二人は嫌いだ。


嫌いというか、怖い。なにか私とは別の生き物のように見える。私が母の胎の中に忘れてきたものをしっかりとお持ちで、しかもそれを大事に守ってきたバーバラさんとエリザベッタさん。貴族のお嬢様として、素敵な旦那様を手に入れようと躍起になる。


もし、そのような感情を私が持っていたら、この旅のことをどう思っているのだろうか。


私が乙女であれば、ウィリアム様の両腕をぎゅうと抱きしめるお二人に、何を思ったのだろうか。



「・・・・・・・・」


「洋服の準備を!それから王都で流行っているという化粧品を買い占めるわよ!」


「はぁい!奥様!!」


「(こっちはこっちで大げさだ・・・・・・)」


「ジェニファー!明日は朝からエステよエステ!きらっきらにしてもらいなさい!」


「お嬢様のお肌をケイトが真珠の光沢、いえ宝石の輝きにして差し上げます!」


「・・・・・・・・」



なんだか、面倒なことになってきた。


ただの娘の近況報告が、こうも発展するとは。父もジョージさんも、闘志を燃やすケイトと母を応援するように声をかけている。そこまでしてウィリアム様を繋ぎ止めたいのか。


私はもう一度自分の腕を見る。やはりそこには、見えない『感情』がしがみついているように思えた。



「何事もなければいいんだけど・・・・・」



明後日の出発を考え、私は眉を顰める。そして喧しい家族を置いて、部屋を出た。



翌日、早朝から起こされ、ウィリアム様が放っておかないほどの極上の肌にさせられたことは、もう言わなくてもいいだろうか。





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