お嬢様へ手紙
「うう・・・・今日はまた随分と冷え込みましたね・・・・・」
「この薬草もそろそろ研究室に移したほうがよさそうですね」
「お嬢様、早く済ませてお部屋に戻りましょう」
「先に戻っても構いませんよ」
「お嬢様が風邪を引いてしまったら私がジョージさんに怒られます!」
秋も過ぎ、今にも雪が降りそうな曇り空の下。私はせっせと土に肥料を播いている。
その様子を、使用人服の上にもう一枚上着を着ながら、それでも寒いのか体を抱いているケイトが見ている。そんなに寒いなら早く部屋に戻ればいいものを。
私はいつも通り、商人の息子のような格好に、ブランケットを肩からかけているが、意外とぴんぴんしているぞ。それもこれも、愛しの薬草たちが寒い中でもしっかりその葉を広げているからだ。こうやって可愛い薬草たちが元気だと、それだけで私も元気でいられるというものだ。
しかし、最近は本当に冷たい風がこの庭にも入ってくる。薬草の中には寒さに弱いものもあるので、早いうちに移動させたほうがよさそうだ。
私は一度研究室へと戻ると、まだ何も入れていない鉢植えをいくつか用意する。この研究室は温度が一定なので、薬草たちにも快適に過ごしてもらえるだろう。
その鉢植えを重ね、手に持つとずっしりとして重たい。専属使用人であるケイトにも手伝ってもらおうかと思ったが、使用人だというのに椅子に座ってぼんやりとしていた。この研究室が温かいので、暖をとっているらしい。それでも使用人か。
「・・・・・・・」
私は一人、鉢植えを持って再び庭へと戻る。スコップで土を先に鉢植えへと入れてから、丁寧に優しく薬草を根元から引っこ抜き、移していく。
山岳部で育つパンメガス草も、以前より大きくなった。研究室にはまだ虫眼鏡が残っているので、また実験をしてみようか。そう思ったら胸が高鳴った。
「お嬢様」
「あ、ジョージさん」
そこに、執事長のジョージさんが現れる。今日も今日とて、少し曲がった背中をそれでもピンと伸ばしてジョージさんが会釈をする。その皺くちゃな表情に、私は癒されながらも立ち上がると、手についた土をぱんぱんと払い落とす。
それが終わるのを見計ったように、ジョージさんが何かを差し出す。それは何枚かの手紙や招待状だった。
ーーーーオルトゥー君の一件以来、私への手紙や招待状が増えた。
オルトゥー君とその母親であるクラーク男爵夫人ロレーヌ様の血縁関係を調べるため、晩餐会で行った手品。そのために、魔鉱石学者で女性恐怖症のグロート卿のもとを訪ね、得意属性を調べることができる魔術具『魔力の底しらべ』をお借りした。公爵家ご子息のウィリアム様の助力もあり、手品を利用して無事に血縁関係を調べることができたが、あれはなかなか大変だった。
約1ヶ月前のことではあるが、つい先日のように思い出せる。
その一件以来、オルトゥー君は正式にブライトさんのお店である硝子細工工房『ブランシュ・ネージュ』で助手として働くようになり、お店に行けばいつでも会えるようになった。まぁ、助手になる前から結構入り浸っていたような気がするが。
最近では、ブライトさんの指導を受けながら、硝子細工の加工も始めた、オルトゥー君の手紙には書いてあったが、元気にしているだろうか。
そんなオルトゥー君とも、一週間ほど顔を合わせていない。久しぶりにお店にでも顔をだそうかな、と思いながら届いた手紙や招待状の差出人を見る。そして中を開けば、その晩餐会での出来事を見たという貴族からの熱いお誘いが書いてある。
「・・・・・・・・」
私が魔術好きだということは、あの場でウィリアム様が公言した。それを私は気にしていたけれど、悪い意味に捉える方もいれば、興味を抱く方もいるということがわかった。
またあの手品を見せてほしい。そう、手紙や招待状には書いてある。
社交パーティーでは痛手を負った。お嬢様には刺激の強すぎる会話をしたばかりに、全力で引かれたことを覚えている。ああ、やはり私は他のお嬢様とは違うのだ、他人とは相入れないのだと強く思った出来事だけに、ネガティヴなことばかりを連想してしまうが、場所が変わればその印象も違うらしい。
それも、おそらくウィリアム様のお力があってこそだけれど。
「・・・・・ん?」
ぽいぽいと内容を見てはジョージさんへと返す作業を繰り返していると、その中にオルトゥー君の名前を見つける。先ほど顔を思い浮かべたばかりで、まさかオルトゥー君から手紙が届くとは思っていなかったので、私はすぐにビリビリと封を破り、その中身を読む。
伝統を重んじる貴族の挨拶文など全くないその手紙は大変読みやすい。
まずは最近の助手作業について書かれていた。ブライトさんに一つ作品を作ってみるよう言われ、以前の『一輪の薔薇』をつくってみたものの、やはりブライトさんのようにはいかないのか、何度も失敗しているらしい。がんばれ、オルトゥー君。
「・・・・・、病院・・・・医者・・・・?」
次の内容は、腹部を蹴られた怪我の経過を診察してもらったというものだった。数人の大人に腹部を蹴られるという経験をしたオルトゥー君だったが、もともと体が強いのか打身や擦り傷だけで済んだ。
しかし、きっと優しいブライトさんが心配をしてもう一度医者にかかれとでも言ったのだろう。なんとなく想像がつく。面倒だからと言いながら、それでもブライトさんの言いつけを守って病院に行くオルトゥー君を思い浮かべると、それだけで笑みが零れた。
再び手紙へと視線を戻し、その内容を読み進める。
その病院では、以前、オルトゥー君が腹部を蹴られ気を失った際にお店に来た医者に診てもらったようだ。その医者の名前はフィーリウスさんと言うらしい。そのフィーリウスさんは、とても手先が器用な恰幅の良いおじさまらしく、オルトゥー君の体に異常がないことを確認すると、余った時間で医療道具であるメスを使って、切り絵を作ってくれたそうだ。仕事中に何をしているのだろうか。
しかし、その診察も終わる頃、フィーリウスさんが何やらおもしろい話をしたらしい。
その内容は、最近入院をした幼い少女が、原因不明の昏睡状態だとのことだった。その少女にはあと二人姉がいるようで、三姉妹で森に出かけた帰り、急に眠ったまま目を覚まさなくなったらしい。
眠っていること以外、特に異常はなく、そろそろ退院をさせようか悩んでいるのだが、その二人の姉の話では、医者の力では治せないものだから、その治せる人が見つかるまでもう少し待ってほしい。そういう話が書いてある。
病院としても、眠ること以外特に異常はない少女をそのままベッドに寝かせていると他にそのベッドを必要とする患者が来た時にベッドが足りない、なんてことになりかねない。なので早く退院をさせたいようだが、姉二人に拒まれてできないのだとフィーリウスさんは言う。
『これは、お姉さんの出番じゃない?』
そう、最後に締めの言葉を書いて、オルトゥー君の手紙は終わっている。
「・・・・・・医者が治せないものを、私が治せるはずがないでしょう」
「お嬢様、いかがされましたか?」
「ああ、いえなんでも。今お返しした招待状や手紙はいらないので捨ててください」
「伯爵家からの招待状もあるようですが」
「私は手品師ではないので」
「はて、手品師とは・・・・・?」
「ふふ、なんでもありません」
そう言って、私は再び薬草を鉢植えに移す作業に戻る。怪訝な皺くちゃ顔をするジョージさんだったが、私が楽しそうに作業をする様子を優しい目で見たあと、再び屋敷へと戻っていく。
「・・・・・・・」
しかし、眠ったまま目を覚まさない少女か。
私は手を動かしながらも、先ほどのオルトゥー君の話を思い出す。医者でも治せない、昏睡状態とはどういった状況なのだろうか。森に入った帰りから目を覚まさないとなれば、その森に何かありそうだが。
一つ、鉢植えを手に持って研究室へと戻る。研究室では備え付けられているキッチンで湯を沸かすケイトがいた。本当にケイトは何をやっているのだろうか、仕事はどうした、仕事は。
「あ、お嬢様、お茶でも飲みませんか?」
「ケイト、手が空いてるなら鉢植えを運ぶのを手伝ってください」
「えー、でも今お湯を沸かしているので」
「・・・・・あなたの大事なお嬢様が力仕事をしていますよ、いいんですか?」
「はーい」
「(なんだ、はーいって)」
それでも渋々ついてくるケイトと共に再度庭へと戻り、残りの鉢植えを何回か往復して運んでしまう。それも終わり、再び研究室へと戻ってくると、すぐにケイトはお茶をつくるためにキッチンへと向かった。
お茶が入るまで、私はタオルで手を拭くと大きなテーブルに泥を吸って汚くなったノートを広げる。そしてオルトゥー君の話を時系列順にペンで書いていく。
森に入った三姉妹が、そこで何かをした、そしてその森を出る頃、三姉妹のうちの一人が眠ってしまった、病院に担ぎ込まれてからもいまだに目を覚まさない。
やはり、原因は森にあるだろう。病院のベッドに眠っていても、そしてその看病を姉の二人がしたところで解決には至らない。
「(・・・・森を確認しているか、オルトゥー君に聞いてみるか)」
また何やら事件の匂いがするが、もう晩餐会のような対応は懲り懲りだ。今回は、そのフィーリウスさんに助言をするだけに留めよう。
私はノートを閉じると、お茶を持ってきたケイトからそれを受け取って、冷え切った体を温めた。
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