お嬢様のお着替え
ついに晩餐会当日を迎えた。
晩餐会はその名の通り、夜から始まる。本来であれば、夕方まで優雅に過ごしたのち、そこからドレスアップを行うのだが、今回私はその晩餐会でオルトゥー君の依頼を解決する予定でいるため、朝から大忙しだ。
「では行ってきます」
「承知しました。必ず!夕方までには戻ってきてくださいね!」
「はい。そこまで時間はかかりませんので」
今日はお忙しいということで、ウィリアム様が寄越してくれた馬車に一人乗り、ブライトさんのお店『ブランシュ・ネージュ』へと向かう。そして、そこで必要なものを揃える。
必要なものはブライトさんの新作『一輪の薔薇』だ。これを使えば、誰にも怪しまれずに『魔力の底しらべ』を使うことができる。ロレーヌ様にも、なぜ魔力の底しらべで自身の得意属性を調べられるのかと不審に思われることもないだろう。
しかし、ここで問題が一つある。それは、ロレーヌ様とどうやって接触するか。
その問題を解決するのが、今回の晩餐会である。ウィリアム様には迷惑をかけてしまったので少し申し訳ない気持ちがあるものの、オルトゥー君のためということで快諾していただけた。
今回、ウィリアム様には無理を言ってその晩餐会にロレーヌ様とその旦那様であるクラーク男爵を招待していただいた。以前、ヴェルテの街を訪れた際に、クラーク男爵と接触したことがあったことが、功を奏した。
あとは、私の準備が整えば、全てはうまくいくはず。
「(今回は、一人ではできないことばかりだな・・・・・)」
ウィリアム様の顔が広いということ、そしてブライトさんの技術があって初めて解決することができそうな状況に、私一人ではうまく立ち回れなかったことを強く感じる。
グロート卿にも間接的に協力してもらったわけだし。
今度、時間ができたら『オルトゥー君』の名前を使って、グロート卿にもお礼を伝えたほうがよさそうだ。手紙は字が汚いのであまり好きではないが、それでもグロート卿がいなかった解決には至らなかった。
「あ、ここでおろしてください」
私は馭者にそう言い、馬車を止めてもらう。藍色のワンピースに皺がつかないよう、注意をしながら馬車から降りると、そのまま足早にブランシュ・ネージュへと向かう。
街は、休日ということもあって人通りが多い。中には遠方からウィリアム様の晩餐会に参加する予定の貴族が買い物でもしているのか、やけに煌びやかな人もいた。
その間を縫って、ブライトさんのお店のドアを開く。
「あ、お姉さん!」
「オルトゥー君、こんにちは」
「こんにちは!今日晩餐会なのにここに来ていいの?」
「はい。今日はお客さんとして来ました」
「お客さん?」
「お嬢様、何かご用でしょうか」
工房から顔を出したブライトさんがこちらに歩み寄ってくる。少し目の下にクマができているので、ウィリアム様からの依頼で忙しいようだ。あまり長居をすると邪魔になってしまうだろう。
私はすぐに、お店の新作コーナーへと向かうと、そこにある『一輪の薔薇』を手に取る。そしてカバンから財布を取り出すと、ブライトさんを見上げた。
「はい。この作品をください」
「それはまた、急ですね。嬉しいですが」
「おいくらですか?」
「タダでもいいと私は思っていますが、いかがですか?」
「いいえ、私も常連客の一人に加えてほしいので」
「ふふ、それでは・・・・・」
ブライトさんが白雪の肌に乗る美しい唇を上げながら微笑む。少しお疲れの様子が、また色気を誘う。ここにケイトがいたなら、きっとうっとりしていたことだろう。
ブライトさんは一度工房に戻ると、請求書を作成しているらしい。
その間に私はオルトゥー君へと歩み寄る。何だか私の様子に興味津々のオルトゥー君は、猫目をキラキラと輝かせて楽しそうに笑いかけてくれた。
「俺は何をしたらいい?」
「オルトゥー君には、重要なお仕事を用意しています」
「なになに?俺なにすればいいの?」
「今日、晩餐会があることはご存知ですね?」
「うん。そこにロレーヌ様が来て、そこで魔力のなんたらを試すんだろ?」
「魔力の底しらべです。・・・・オルトゥー君も、間近でそれを見たいとは思いませんか」
「え・・・・・いいの・・・・・?」
その表情は、貴族でもないのに参加をしてもいいのかと言いたげだ。そんなオルトゥー君に安心してもらいたいと笑みを浮かべる。
確かに、オルトゥー君は孤児院育ちの少年だ。イレギュラーでウィリアム様から招待状でもない限り、晩餐会に参加することはできない。もちろんそれは、ブライトさんも同じだ。貴族という資格がなければ、参加することはできない。
しかし、貴族のお付きだったら?
そうなれば話は変わる。今日の私は、結構忙しい。そのフォローをしてくれるということであれば、ウィリアム様から招待状を受け取る必要もなく、晩餐会に参加することができる。
「私の助手を、オルトゥー君にはしてもらいたいと思っています」
「助手・・・・・?」
「はい。晩餐会には、催し物が必要です。その催し物は、大体ダンスや歌手を呼んで歌を聴くことが多いのですが、その内容は主催者が考えます。今回の晩餐会の主催者はウィリアム様なので、私からその催し物の内容を提案しています」
「その催し物って何をするの?」
「手品です」
「手品・・・・・・?」
「はい」
「手品って、あれだろ?魔術を使って、人を驚かせるやつだよな」
「そうですよ」
「それをやるから、俺を助手にしたいの?」
「はい」
「・・・・・えー!それめっちゃおもしろそうじゃん!やるやる!」
「そう言ってくれると思っていました」
ウィリアム様は主催者として忙しいので、助手を頼むことはできない。ブライトさんは今回晩餐会には参加しないので、同じく頼めない。それにウィリアム様からの依頼で硝子ケースを作るので手一杯だ。
となれば、助手を頼めるのはオルトゥー君しかいない。それに、ロレーヌ様に会いたいと思っているはずだから。
私がにっこりと笑いながらオルトゥー君を見下ろせば、オルトゥー君も嬉しそうに歯を見せて笑う。その屈託のない笑顔は、どこか人を明るい気持ちにさせる。
しかし、一つの問題がここで浮上する。その問題とは、目の前にいるオルトゥー君なのだが、解決するための方法を伝えたら、どんな反応をするだろうか。
「オルトゥー君、ただ問題が一つあるんです」
「問題?」
「はい。オルトゥー君を助手に連れていくことは可能なのですが、側から見たらオルトゥー君は何者なのだと、貴族のご婦人たちは思うかもしれません」
「あーなるほど。俺貴族でもないし、親もいないし」
「はい。晩餐会に参加する子どもは、必ず親がその場にいます。下手に怪しまれると、ウィリアム様にご迷惑がかかってしまうかもしれません」
「じゃあやっぱり俺は行かないほうがいいんじゃない?」
「いえ、一つ方法があるんです」
「・・・・・・・・」
「私の従姉妹に、アリエルという子がいます。ちょうどオルトゥー君と同い年くらいの子です」
「・・・・・・」
「その子になりきってもらえないかと。招待状は、招待された人と、もう一人同伴者を連れていくことができます。それは近親者もしくは婚約者や旦那様が一般的ですが、私に同伴者はいないので、アリエルになったオルトゥー君を連れていけば問題ないのです」
「いや・・・・そのアリエルって子さ・・・・」
「はい、女の子です」
「やっぱり!」
「私には男の従兄弟がいないので、仕方ないんです。もし詮索されても、アリエルという従姉妹の名前を使えば下手に怪しまれることもないです。オルトゥー君、これが晩餐会に潜入する一番の策だと私は考えています」
「なんで俺が女の子の格好しなきゃいけないんだよ!」
「大丈夫!ドレスは私のお古を用意します。ヘアセットはウィリアム様が得意なので、ウィリアム様のお屋敷に到着したら、見えないところで整えていただきましょう!」
「なんでだよー!なんでこうなるんだよー・・・・・!!」
頭を抱えて叫ぶオルトゥー君をなんとか説得しようと私もグッと手を握って話しかける。
そんな騒がしい私たちを優しい目で見つめていたブライトさんが、作品の入った木箱と一緒に請求書を持ってきた。まだ渋い顔をしているオルトゥー君が気になるが、私は財布から請求額に見合うだけの金貨を取り出し、それをブライトさんに手渡す。
お店の掛け時計を見れば、少し時間をかけすぎてしまったことがわかった。
私は木箱を大事に両手で持ちながら、オルトゥー君へと近づく。
「ではオルトゥー君、またあとで!」
「俺まだ気持ちを切り替えられてないよ!」
「お願いします!ブライトさん、ありがとうございました!」
「またいつでもいらしてくださいね」
手を振るブライトさんに会釈をして、足早に店を出る。
そして馬車に戻ると、すぐに自宅へ戻るように馭者に伝える。私は手に持っている木箱に振動が伝われないように、ぎゅうと握り締めながら窓の外を見る。
ーーーあとは、晩餐会に向かうのみ。
やっと、オルトゥー君の依頼も解決することができる。ロレーヌ様と、オルトゥー君の血縁関係。それを調べるための魔術具も、場所も用意できた。
あとは私がうまく立ち回れるかが重要だ。
晩餐会など何年ぶりだろうか。あまり人混みが好きではなく、ましては他人との会話も人並みにできない私としては、苦手なイベントでしかない。それでもオルトゥー君のためならと思えば、なんとか頑張れる。
「(ウィリアム様、今お忙しいのだろうな)」
今回は、かなりウィリアム様に無理をしてもらった。そのこともあるし、お会いしたらお礼を伝えよう。
なんとなく、黒のタキシードを着ているウィリアム様を想像したら、あいつがぐにゅりと現れたのですぐに目を閉じて深呼吸をした。やはり病院に行こうか。
「お嬢様、お早いお帰りですね!」
「はい」
そうこうしていると屋敷に到着する。馬車から降りるとすぐにケイトが出迎えてくれた。そのケイトに木箱を手渡すと、私は玄関を開きエントランスへと入る。
急に木箱を手渡されたケイトがそれをまじまじと見つめる。
「お嬢様、これは何ですか?」
「晩餐会に使うものです。あとで持って行くので、給仕室で預かっていてもらえますか?他にも昨日購入したものも持っていきます」
「まぁ、随分と荷物の多い晩餐会ですね」
「中には硝子細工が入っているので、壊さないようにお願いします」
「あら、気をつけないと。あ、お嬢様すぐにドレスアップをしますので、お部屋で待っていてくださいね!それはもうどなたよりも綺麗に仕上げて差し上げますから!」
「・・・・わかりました」
かなり力を入れるつもりらしいケイトにげっそりしながら自室へと戻る。
昨日購入した蝋燭や花瓶が入っている紙袋を広げる。その中から蝋燭を一つ取り出すと、私は机に向かい引き出しからペーパーナイフを取り出した。
ハンカチをテーブルに広げ、その上にナイフで削った蝋燭を落としていく。その蝋燭の色は赤で、まぁまぁ値段も高かった。ケイトがこの様子をみたら「もったいない!」と言いそうなので、彼女が来るまでに整えてしまおう。
一定量、ハンカチの上に削った蝋燭が集まる。それをくるくるまとめて再び紙袋へと戻す。
「お嬢様、入りますね」
「はい、どうぞ」
そうしていると、手に何やらいろいろ持ったケイトが現れる。大きな箱が一つ、小さな箱が三つ。首には私に使うネックレスだろうか、それがじゃらじゃらとついていた。
両手にそれらを抱えたケイトが、足でドアを閉める。おいおい、貴族付きの使用人がそんなはしたない格好をしてもいいものか、と思うが、ケイトなら特に気にならない。だって私の専属使用人だから。
ケイトは箱をどすんとテーブルにおくと、ネックレスをじゃらじゃら鳴らしながら私に歩み寄り、手を引いてテーブルの前へと移動させる。
そしてテーブルに置かれている箱の中でも一番大きいそれを開いた。
中に入っていたのは、おそらく絹で作られていると思われる紺色のドレスが入っていた。今まで私が着ていたワンピースよりも肌にぴったりと吸い付くようなタイトなドレスだが、その光沢は素晴らしい。
「ウィリアム様から届いたドレスです」
「大人っぽいですね・・・・・」
「いつも可愛らしいお洋服を仕立てることが多いので、お嬢様のまた違ったお顔が見られると思いますよ。ウィリアム様もお嬢様の魅力をよくわかっていらっしゃいますわ。お嬢様は可憐より、クールビューティーという言葉が似合いますから。よくウィリアム様も『お人形さん』と言いますし」
「お人形さん・・・・・」
確かに、ウィリアム様はよく私を『お人形さん』と言う。
それは、おそらく私があまり動じず笑いもしないところから比喩して言っているのだと思う。可愛らしい洋服をいつもケイトは着させるが、このタイトなドレスを着たら、私はどんなお人形さんに見えるのだろうか。
ウィリアム様は、どう思うのだろうか。
ぐにゅりと現れたあいつを押し留めようと胸を押さえる。そうしていると、何やら興奮した様子のケイトが私の背中を押し、お風呂場へと誘導する。
「さあ!まずはお風呂に入りましょう!それから全身に練り香水を塗りたくるんです。今日は甘いだけの香水ではなく、その中にスンとした涼しい匂いも加えましょうね。このドレスにぴったりだと思います!」
「・・・・ケイト、ほどほどでいいです」
「何をおっしゃいますか!ヘアセットも大人っぽくしますよ!今日は頭の上をそれはもうきらっきらにして差し上げます!お化粧だって増し増しですわ!」
「・・・・・・・」
「さあ湯船に浸かってくださいませ!」
いつもの如く、素っ裸にされるとそのまま湯船に放り投げられる。
現れた女性使用人たちに体をごしごしと現れながら、私は洗濯される洋服たちはこんな気持ちなんだろうかと考える。
足の指から耳の中まで綺麗にされ、ドレスを着せられ、化粧増し増しでされる私は、本当に人形のように一言も喋らず、身動きもしない。
仕上げにケイトの首にじゃらじゃらとかけられているネックレスをどれがいいかと突然現れた母と一緒に吟味した結果、最上級のものをつけられ、完成となった。
「・・・・お嬢様」
「ジェニファー・・・・・」
「「世界で一番綺麗だわ!!」」
パチパチと屋敷中の女性たちがあつまり、拍手をする。
その温かい拍手を受け、私はただ居心地が悪いまま引きつった笑みを浮かべた。
ーーーーさあ、晩餐会に出かけよう。
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