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お嬢様と鶯





「なるほど、『魔力の底しらべ』ね」


「ご存知でしたか?」


「いや初耳だよ」




オルトゥー君の腹の虫の機嫌が良くなった頃、私たちは工房の横の丸テーブル前に椅子を持ち寄ってお茶を飲むことになった。ケイトが用意してくれたお茶はハーブの成分が強いのか、すっきりとしている。


それに口をつけながら、私が持ってきた魔力の底しらべについて書かれている本をじっと見つめるウィリアム様。なぜだろうか、工房がどこかのお屋敷の談話室に見える。


何をしても絵になるというのは、罪深い。世の女性を勘違いさせる。



「なかなか興味深いね。私も何か力になれないかと文献を漁ったのだけど、これは知らなかった」


「(あ、ウィリアム様も調べてくれていたんだ・・・・)」



お忙しいだろうに、合間を縫って調べてくださったのだろう。その心意気に感謝である。


しかし、それで通常の業務に支障が出るのはよろしくない。こういう調べ物は私に任せてくれたらいいとも思うが、ウィリアム様も魔術に興味があるお方だ。好奇心をくすぐられるのだろう。



「私の調査結果も聞くかい?お人形さん」


「ええ、ぜひ」



意気揚々と本を片手にこちらを向いたウィリアム様。その表情はどこかあどけない。年相応の可愛らしさに私は自然と頷いてしまう。




「お人形さんほどの結果は出なかったけれど、君が調べた時代には私も行き着いた。どうやら500年前は魔力の底しらべのように、得意属性を調べる風習があったみたいだね」


「はい」


「その過去はどれも暗いものだった」


「そのようですね・・・・もし私がその時代に生まれていたなら、たとえ貴族だとしても都には入れなかったでしょう」




500年前に発刊された本は、どれも仄暗い。昔は人間が人為的に魔術で起こす出来事以外のものは全て『精霊の仕業』として考えていたようで、精霊は今の時代よりも忌み嫌われていたらしい。その精霊の力を借りて魔術を施す人間もまた、人として扱われていなかったようだ。


現在は魔術の技術も向上し、精霊は忌み嫌う対象ではなく魔術の幅を広げるために助力をする存在だと認知されている。


そのような、魔術に対しどこか偏見を持つ時代に私が生まれていたなら、魔力の質も悪く量も少ないと見做され、かつ魔術をこよなく愛していると知られた途端、国から追放されていたかもしれない。


考えただけでゾッとする。私から魔術を奪ったら何が残るというのか。もう廃人だ。




「そうなったら、私も追放されていただろうから気にしないでいい」


「ウィリアム様が追放などされるわけありません。あれだけ質の良い魔力をお持ちなのですから」




ウィリアム様が魔力の底しらべを使用すれば、たちまちその水晶は光り輝くだろう。どの層も反応し、濃い光を発するはず。決して、その時代に生きていたとしてもウィリアム様の地位は揺るがない。


何を言うのか。という目をウィリアム様に向ける。


その私の怪訝な目を受けるとウィリアム様はゆっくりとした動作で本を丸テーブルに置く。肘をテーブルにつき、顎を乗せる仕草はどこか色気を感じる。




「私が君を擁護し、どこにも連れて行かれないようにしたとしても?」


「・・・・・そうなれば、ウィリアム様もただでは済みません」


「だろうね」


「ウィリアム様は尊い方です。そこまでしていただく必要はありません」


「そうかな」


「・・・・・・・・」


「君は君自身の価値がどれだけのものかわかっていないようだ」


「・・・・価値など、ただの子爵の娘というだけで」


「違うよ」


「・・・・・・・」


「違う」




そう言って、深緑の瞳が細められる。


しかしその言葉に私は素直に頷くことはできない。私はただの魔術好きなお嬢様だ。そのお嬢様という権利も、たまたま得ただけにすぎない。何の因果か、子爵の血筋の父と母が出会い生まれたのが私だったというだけの事実。


別に自分が無価値だとは思っていない。ただ、その『価値』は自ら得たものではないという事実がそこにあるから、事実を述べているだけだ。


それでもウィリアム様は違うと言う。




「まぁ、この時代に君を迫害する者などいないけどね」


「・・・・・・」


「もしそのようなことがあれば、私が何とでもする」


「ウィリアム様」


「私から離れるような状況なんてそもそもつくらない」




そう言う目は、とても強いものだった。まるで天使とは思えない、強いものだった。


いつもと違う視線に、私は言葉を失う。目には見えないが、何か体を締め付けるものが確かにある。それが何なのか、ウィリアム様の視線に何が含まれているのかはわからない。


ただ確かに感じるのは、腑をぐにゅりと巡るあの気味の悪い感情だ。


私はそれから逃げるように視線を自分の手元におろす。その様子をうっとりと、どこけ熱のある深緑の瞳が見つめていたようだが、知る由もなかった。




「・・・それで、話に続きがあるんだけど、話しても?」


「あ、は、はい。どうぞ」




雰囲気を変えたウィリアム様が再び本を手にして話し始める。私も背筋を伸ばすと、その言葉を待った。




「調べていく中で、ある魔術具の存在を知った。『鶯箱(うぐいすばこ)』というらしい」


「鶯箱・・・・・・」


「知らない?」


「はい。初めて聞きました」


「へぇ、お人形さんでも知らないことがあるんだね」


「む・・・・・・」


「はは、ごめんごめん」




私だって人間だ。知らないこともある。しかも今回は時間がなかったので調べる余裕がなかったといえる。


魔術のことに関わると、どうしてもプライドが邪魔をする。思わずムッとしてしまうと、ウィリアム様がケラケラと笑いながら長い腕を伸ばし、私の頭を撫でた。


そうなると、怒りも落ち着いてしまうのだから不思議だ。




「魔術でつくられた鶯を鳥籠に入れているそうだよ」


「へぇ、魔術でつくられた鶯ですか」


「うん。500年前に、領民向けに安価で売られていた得意属性を調べる道具らしい。魔力の底しらべほどの性能はないけれど、いくつかの属性魔術を順番に使っていくと、一番質の良い属性の際に鶯が鳴くようにつくられているそうだ」


「なるほど・・・・興味深い」




お忙しい中、これだけの情報を文献から探し出すのはきっと苦労したはずだ。私も、今日は一冊しか本を持ってきていないが、オルトゥー君に説明をするために他の文献も漁った。一つ一つ水晶の中に含まれる液体についても調べたせいでかなり時間をロスしたと思う。まぁ、調べている間は幸せすぎて眠気など微塵も感じなかったのだけど。


ともかく、ウィリアム様には感謝しかない。


お礼を伝えようと口を開く。しかしそれよりも前に、ウィリアム様がその柔らかい声を聞かせる。




「その魔術具なんだけど、どこかの屋敷で見たことがある」


「え・・・・・・」


「確かあれは・・・・そうだ、父の仕事について行った時に見たんだ。だから・・・・・」



500年も前の魔術具を実際に見たことがあるとは、さすがは横の繋がりがある公爵家のご子息だと言える。正直、オルトゥー君には悪いが魔力の底しらべを仕入れることは難しいと思っていたのだ。


もし、その鶯箱が手に入れば、実験を行うための準備はできると思う。


私はグッと身を乗り出してウィリアム様の言葉を待つ。その視線に気づいたウィリアム様は、早く早くと目で訴えられたのか、にこりと笑った。




「グロート卿の屋敷で見た」


「グロート様・・・・・」




ウィリアム様は敬称に敬意を表しているあたりからして、伯爵以上の方だろう。名前を聞いてもどなたか想像はつかなかった。子爵のお嬢様なんて、そんなものだ。特に私はそういうものに興味がないから。だって屋敷から出ないと有名なお嬢様だぞ。外のことなどどうでもいい。




「魔鉱石にお詳しい学者だが、グロート卿の祖父は王族直属の軍人だったと聞いている」


「まぁ、それはすごい方なんですね」


「国崩しに関しては興味がなかったようだが、秀でた者であることは確かだね」


「・・・・・・」



国崩しは『大砲』の暗喩だ。戦争で使われるものの代名詞と言えば大砲だが、つまりウィリアム様はグロート卿が軍人の孫であるのに、戦争には興味がないのだと言いたいらしい。


今は王の治世により、父が生まれた頃から戦争など起きていないが、グロート卿のお祖父様の時代ともなればこの国も荒れていたのだろうか。


随分と『戦争』というものを身近に感じ、私は口ごもる。




「・・・・・会ってみるかい?」


「え・・・・・?」



今の話の流れで、まさか会ってみるかと提案をしていただけるとは思っていなかった。グロート卿は私の地位よりもウィリアム様に近いお立場だ。そのような方とお話しすることができるのは、やはりウィリアム様などの優れた方だけだと思われる。


いいのだろうか、こんな子爵の娘が会っても。


そう思うが、ウィリアム様は結構乗り気のようで、にこにこと微笑んでいる。




「・・・・・・・」



正直に言えば、会ってみたい。


そのグロート卿は、軍人の孫でありながら魔鉱石を探究する道を選ばれた。それが、なんとなく私に似ているような気がするのだ。普通のお嬢様という道を選択せず、魔術を愛する私としても、共通点があると思う。


会って、話を聞いてみたい。意見を聞いてみたい。


私は、立場上やめておいたほうがいいというケイトの声が脳に響くのを感じながらも、グッと拳を握る。




「ぜひ、お会いしたく」


「決まりだ。屋敷に戻ったら早速手紙を書いてみるよ」


「ありがとうございます」



本当に、実行力のある方だ。即断即決、しかしその裏には綿密な分析と調査がある。


おそらく、この方が発する言葉は一つとして無駄がないことだろう。全てが掌で転がるように、一手先、いや十手も百手も先を見通しているとさえ思う。


とんでもない方と関係を持ったのだな。と改めて感じた。


そんな感心する瞳を浮かべた私にウィリアム様はクスリと笑うと、先ほどからブライトさんの仕事風景を興味津々で眺めているオルトゥー君へと視線を向ける。




「魔術具好きのコレクターらしいから、もしかしたら魔力の底しらべについて有益な情報をもらえるかもしれない」


「それは心強い」


「私も意外と使えるだろう?」


「意外とだなんて・・・・」




むしろ、私の力では手に余るほどの才能と頭脳をお持ちです。そう言おうとも思ったが、嫌味に聞こえてしまうかもしれないと思い飲み込む。


ひとまず、一歩前進だ。私はどこか肩にのしかかるものが軽くなったように感じる。小さく息をつき、テーブルに置いていたカップを口につけると、少し冷えたお茶を含む。


しかし、何かを思い出したように顎に手を添えて告げたウィリアム様の言葉に、思わず吹き零しそうになった。




「あ、そういえばグロート卿は女性恐怖症なんだった」


「ぐっ・・・・ゲホゲホ・・・・・!」




なんてことだ!それでは私には会う資格がないじゃないか。


私は噎せて痛む体を曲げて必死に咳を繰り返す。それに気づいたウィリアム様が少し焦ったように歩み寄り背中を優しく叩いてくれる。


私の咳は工房にも届いていたのか、ブライトさんが作業の手を止めてこちらを見る。オルトゥー君に関しては何か面白いことが始まったのかと顔を明るくして走り寄ってきた。人が辛いというのに、明るい顔をするとはこの少年もやりおる。




「お人形さん、水を飲むかい」


「すっ、すみませ・・・・ケホ・・・・もう平気です」


「なんだよジェニファーさん、噎せただけかぁ。ウィリアム様に何かされたのかと思った」


「オル・・・・・」


「オル君・・・・・?」


「あーはいはい、ごめんなさい。お姉さん大丈夫?」


「はい。すみません、失礼しました」




ハンカチで口を拭う。危なかった、お茶に溺れるところだった。


私は胸に手をあてて深呼吸をする。ああ、死ぬかと思った。


しかし、冷静になると一気に気分が落ちる。せっかくグロート卿に会えると思ったのに、これでは一歩前進どころか数歩後退したようなものだ。


ウィリアム様ならグロート卿に会えるだろうが、そんな楽しい現場にいられないことが悲しい。


私は何とかその現場に立ち会えないかと考える。グロート卿は女性恐怖症なのだという。なぜ女性に恐怖を抱くのか。なんとなく《女の顔》を想像できるのでわからないでもないが、全員がそういう感情を持つ悪女ではないというのに。私は人畜無害だ。性別を間違えて生まれたとさえ思っている。



「あ・・・・・・」


「・・・・お人形さん?」



そこで一つの案を浮かべる。確かにその案ならうまく誤魔化せる。しかしそのためには希少な薬を用意する必要がある。ウィリアム様が出した手紙の返事が届くまでに用意できるだろうか。


いや、できる。むしろさせる。ケイトに。




「私が男性の格好すれば、先ほどの件も解決ですね」


「は・・・・?お姉さん、何の話?」


「ウィリアム様、いかがでしょう」



オルトゥー君はこの際無視して、ウィリアム様を見上げる。するとウィリアム様は何かを考えるように眉を顰めると、納得はしたくないようだが苦々しい顔で頷く。


その表情に私は顔を明るくする。



「(おもしろくなってきた・・・・・)」


「ウィリアムさん、この人何言ってんの?男の格好って?」


「魔術具集めが趣味のコレクターに会いに行く予定なんだが、その方が女性恐怖症なんだよ」


「え・・・・それでお嬢様なのに男の格好しようとしてるの?」


「ウィリアム様、それはまさかあの格好をお嬢様にさせるということですか?」


「ああ・・・・・・」


「それは・・・・・恐ろしい」


「・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」




ずーん、と沈んでしまうウィリアム様とブライトさん。そんなお二人を見上げて、オルトゥー君が仲間外れにするなと叫ぶ。


しかし私の目は爛々と輝く。




「私、以前から男性に憧れていたんです。なんという機会でしょうか、胸が高鳴ります」


「いやお姉さん、意味がわからないから。しかも憧れ方が普通と違うから」



お美しい男性と結ばれることを内に秘めた麗しのお嬢様が言う『憧れ』とは違うとオルトゥー君は言いたいらしいが、そんな憧れなど持ったことがない。


早速、研究室に戻り文献を漁らないと。希少な薬が必要だし、時間がない。




「ウィリアム様、屋敷に戻りたいのですが」


「ああ・・・・行こう」


「ブライトさん、オルトゥー君。ではまた」


「はい。・・・・ウィリアム様、そのお話、私も参加しても?」


「ぜひそうしてくれると助かる」


「ねぇじゃあ俺は?俺も参加したい!」


「オルは・・・・・考えとく」


「『前向き』に考えてよね!」




絶対だよ!と叫ぶオルトゥー君に、ウィリアム様は手を上げて答えるがその表情は暗い。


しかし、そのことなど気にも止めず私はるんるんと『ブランシュ・ネージュ』と出る。すぐにウィリアム様が腕を絡めるようにと、腕をくの字に曲げて私を見下ろす。私はこの時ばかりは意識が別のところに行っているので、素直に腕を掴む。




「ウィリアム様、お手紙のお返事は大体いつごろ届きますか?」


「そうだな・・・・・5日くらいかな」


「5日・・・・・それだけあれば十分です」



5日もあれば必要なものは揃えられるはず。仕入れ上手なケイトがこちらにはいるのだ。何とでもなる。あとはその希少な薬を別のものと調合し作り出してしまえばこちらのものである。


ああ、楽しみだ。


思わず顔を綻ばせる私に、横を歩くウィリアム様が深緑の瞳を向ける。




「・・・・・・お人形さん」


「はい?」


「グロート卿の屋敷に行けることになったら、私の傍から離れないこと。約束できるかい」


「え・・・・・?」


「約束できないなら、連れて行かないよ」


「・・・・はい、わかりました」




変に過保護なウィリアム様を首を傾げて見上げる。


その様子に、ウィリアム様は眉を下げて微笑むと私の頭にキスを落とした。






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