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お嬢様の秋



秋もすっかり深まり、紅葉が綺麗な街並みを馬車の窓から眺める。


銀杏の木が延々と続く街道は、とても情緒に溢れている。もし私に絵の才能があったなら一度は描きたい光景だ。銀杏の葉が敷き詰められた街道はまるで黄金色の絨毯の上を馬車が通るようで、とても美しい。


私はぐっと身を乗り出すと、その様子をじっくり見ようとするのだが、今日のためにケイトが用意したコルセット付きのワンピースが腹部を圧迫して苦しい。


深緑色のワンピースは今年流行りの色らしく、ケイトがとても楽しそうに着せてくれたが、そのワンピースに袖を通す前に、肌着の上からぎゅうぎゅうとコルセットを巻きつけられた時は、危うく朝食を吐き出しそうになったものだ。



「・・・・・・・」



短いグレーの髪も、ハーフアップにした上で三つ編みが施されており確かに綺麗なものだが、少し締め付けがきついのか皮膚を引っ張られる感じがして気持ち悪い。


私は渋い顔でセットされた髪に触れる。少しくらいなら解いてもいいだろう。ケイトに何か言われたら、髪を結う紐が取れたなど嘘をつけばいいのだ。


そう思う私だったが、その様子をじっと見ていたらしい向かい側の席に座る天使がやんわりと止める。



「せっかく綺麗にしたんだから、そのままにしておけば?」



窓枠に腕を起き、眠たげな瞼の下にころりと転がる宝石のような深緑の瞳をこちらに向けるその方は、薄い唇に弧を描き、しかめ面の私を眺める。


公爵家のご子息のウィリアム様。


今日は他所行きということもあり、高そうな濃い茶色のスーツを着ていらっしゃる。髪も整髪剤を使っているのか、軽く上げられた前髪がとてもお美しいと思った。


そのウィリアム様にそう言われると、どうしても私の行いが悪いものだと錯覚してしまう。なんだろうか、この方は姿を見せるだけで相手の悪い感情を浄化してしまうのだろうか。それはもはや人間ではない。


私は頭に手を触れたままウィリアム様から視線を逸らすと、叱られた子どものような声色で呟く。



「・・・少し、皮膚が引っ張られて痛いんです」


「うん?・・・・どこ?」


「・・・・ここです」


「直そうか」



そう言って少しだけウィリアム様が身を乗り出し、長い腕を伸ばして私の頭に触れる。


公爵家のご子息がやることとは思えないことなので、やんわりと断ろうとするのだが、ウィリアム様は慣れた手つきで私の髪に触れると、ヘアピンをずらして整えてくださった。



「はい、どう?」


「・・・・ありがとうございます」


「どういたしまして」


「あの・・・・慣れているようでしたが、よくおやりになるんですか?」



気になってそのまま聞いてみる。普通のお嬢様なら、ここでお優しいウィリアム様にときめくのだろうか。頭に触れられ、間近で微笑まれたらみんな蕩けるのだろうか。


そういう感情を母の胎の中に忘れてきた私は、もう痛みのなくなった頭に触れながら『まさかウィリアム様に()()()()()()があるのか』と心配になる。ウィリアム様にとったら余計なお世話だという自覚はある。


だけどこれだけの美しさだ、女装をしたらそれこそ世の男性を誘惑しかねない。女である私など、目に入らないほど妖艶なことだろう。


心配げな瞳を向けていたのか、ウィリアム様は一瞬ぽかんとしていたけれど、次の瞬間にはケラケラと笑いながら私の頭を撫でる。



「やらないよ、自分にはね。妹がいるからたまにセットしてあげるんだよ」


「あ、なるほど」



そういえば、ウィリアム様のご兄弟は多いのだったか。上にお兄様が二人いらっしゃって、下には妹さんが二人いると父が言っていたのを思い出す。


きっと、ウィリアム様に似て下の妹さんたちもとてもお美しいのだろう。そんな妹さんの髪をセットするウィリアム様もまた、絵画から抜けて出てきた聖魔女だと思われる。



「仲が良ろしいのですか」


「そうだね。まだ八歳と五歳だから、構ってほしいらしい」


「(可憐な天使に大天使が優しく微笑まれる姿が目に浮かぶ・・・・)」


「今度紹介するよ」


「・・・・え・・・?」



まさか、可憐な天使を紹介してくれるとは思わなかったので驚いてしまう。そんな私の表情がおかしいのか、ウィリアム様は私の頬に手を添えると、痛くない程度にきゅ、とつまんだ。


ふにふに、と私の頬で遊ばれるウィリアム様の表情はどこか楽しげだ。



「もちろん。ちょうど晩餐会があるからお人形さんにも招待状を送っておくよ、妹も参加するからその時に紹介する」


「まぁ、それは」



それは、困る。と内心の第一声をあげる。


もし、これが普通のお嬢様ならウィリアム様から直接招待されたことに喜ばれるのかもしれないが、晩餐会やお茶会を避けて生きてきた私としては、別の生物たちがうようよと蔓延る会場を考えただけで憂鬱になる。


ケイトにも、そういう場に行くことになったらできるだけ喋らずにこにことしていろと言われているし。


できれば参加したくないな、と思うが、ウィリアム様の笑顔にその言葉が出てこない。


もちろん、そのことに気付いているからこそウィリアム様がわざと微笑んでいることなどわからなかった。



「見えてきたよ」


「あ、」



窓の外を指差して、ウィリアム様が言う。それに釣られて窓の外を見れば、ブライトさんのいる街並みが見えてきた。



『新作が仕上がったから見に来て欲しい』



先日、ブライトさんから届いた手紙。そこにそう書かれていた。


今日はそのお披露目会ということもあり、ウィリアム様と一緒に訪れるというわけだ。


街の外れで馬車が止まる。ウィリアム様の手につかまって街に降り立つと少しだけ銀杏の葉が地面に散らばっていた。



「(おお・・・・・・)」



その葉を何気なく踏んで見る。少し先にも葉があったので、そちらに移動する。あまり意味のない行動ではあるが、あまり屋敷から出ない私としては新鮮なものだった。秋にしか出会えない銀杏の葉っぱがくしゃ、と足の下で揺れる。


そうやって何度か移動していると、それに気づいたウィリアム様が優しい目を向けながら長い腕を私に伸ばした。



「お人形さん、転ぶよ」


「ああ、すみません。珍しかったもの、っで・・・・・!」



まさか、子どもじゃないのだから転んだりするものか。と思う私だけど、銀杏の葉は他の葉に比べて分厚く、雨に濡れると滑りやすいらしい。


ウィリアム様は未来を予知する力をお持ちなのか、靴の裏で薄気味悪く銀杏の葉がずるりと動いたのがヒール越しに感じ取れた。


右足が宙に浮く。左足に力を入れて押し留めようとするが、運動がこよなく嫌いな私では背筋も腹筋もないため視界が大きくずれる。



「・・・・・っ、だから言ったのに」


「・・・・・・・・」



胆が浮いた。ひゅう、と体を嫌な風が突き抜けた。一瞬で指先から体温が奪われていくような不安感に、胸がうるさく高鳴る。


そしてウィリアム様の腰に回された腕へ身を委ねるというすごい展開。


今、ウィリアム様が私から手を離したら私の体はどすんと地面に落ちるだろう。しかし、そこまで意地悪ではないウィリアム様はもう片方の手で私の右腕を掴むと、そっと起こしてくれた。



「・・・・・・・・」



まだどきどきしたまま固まっている私にウィリアム様が何か言うが、頭に入ってこない。本当にびっくりしたんだ。今年一番で驚いたと思う。


私としたことが、浮かれていたからといってこのような失態を犯すとは。



「歩けるかい」


「も、もちろんです」



自分の不甲斐ない状況に幻滅する。私はウィリアム様から離れると、自分の足にしっかりと力を入れて歩き始める。


しかし、ウィリアム様が再び腕を伸ばしたことで、私の左腕は拘束される。よく、父の腕に母がエスコートされるような格好だ。



「また転ぶかもしれないからね」


「(そこまで浅はかではないです・・・・)」



街中をウィリアム様にエスコートされて歩く。ブライトさんのお店は街の真ん中にあるので、しばらくはこの格好で歩くことになるだろう。


そうなると気になるのが、周りの目というもので。


私は構わないが、ウィリアム様はこの街を統治するコールマン公爵のご子息だ。子爵の娘と公爵のご子息が街を歩いていると噂になったら、しかもその相手が魔術好きの変人お嬢様だと知られたら、そのお名前に傷がつくのはウィリアム様だ。


他人には理解し難い趣味をお持ちだとウィリアム様が言われようものなら、コールマン公爵も只では置かないだろうし。


だいたい、私は恋慕とか愛とかそういうお嬢様が大好物としているものを母の胎の中に忘れて生まれてきてしまった。


ウィリアム様が私をどうお思いかなど、到底想像がつかないし、私もウィリアム様を()()()()()で見ることは今後もない。


私が愛してやまないのは、魔術だ。薬草だ。数値化できる結果だ。



「見て、あのお二人貴族かしら」


「きっとそうよ、男性は公爵家の方じゃない?見たことがあるわ」


「・・・・・・・」



遠くから街の人の会話が聞こえる。あの二人にはどのように見えているのだろうか。ウィリアム様を悪く言ってはいないだろうか。


私は自然と顔を地面に向ける。できることなら魔術で顔を誤魔化してしまいたい。ウィリアム様の横に並ぶのは私ではないのだと、決してそういう関係ではないのだと言いたい。


しかし、そういう私の仕草に気付くのがウィリアム様のようで。


私の知らない間に会話をヒソヒソと続けるご婦人へ視線を向けたウィリアム様が一蹴していた。ウィリアム様と目があったご婦人が一瞬うっとりとするが、その眠たげな瞼の下から覗く瞳が鋭いものだと気づくと、そそくさその場を離れて行った。


それからウィリアム様は私へ向ける()()()()()をご自身で受け止めながらも、決して私がウィリアム様を受け入れる様子がないから『何かすれば逃げ出すと分かるから何もしない』ことを選択し、焦燥を覚えていたとも知らず私は黙り込む。



「・・・・・・」


「・・・・・・・・」


「お人形さん」


「は、はい?」



ウィリアム様が声をかける。その前髪から覗く深緑の瞳が細められる。その背後には秋を彩る銀杏の木々があって、とても美しい。まるで絵画の中に入ってしまったかのような感覚になる。


黙ったままのウィリアム様はゆっくりと足を止め私の頬に手を添える。眉を下げ、何かを懇願するような表情に私は何も言えなくなる。



「・・・()()というのも、辛いものだ」


「(待つ・・・・・?)」


「手に入りそうで入らない」


「・・・・・・・・」


「けど、それもおもしろいかもね」


「・・・・ウィリアム様?何をおっしゃっているのかわからないです」


「意地悪なお嬢様には教えてあげないよ」


「・・・・・・・・」


「追うというのも、たまにはいいものだね」


「・・・・・・・」



結局、ウィリアム様が何を話しているのかわからないまま、再び歩き始める。


そうしていると、少し遠くにブライトさんお店である『ブランシュ・ネージュ』が見えてくる。


今日も店の壁一面に貼られたガラスには一つの指紋もない。店前の花壇にもしっかり水をやっているのか、秋でも綺麗に咲き誇る花々がとても綺麗だった。



「ああ、待っていられなかったのか」


「・・・・・?」



不意にウィリアム様が呟く。釣られてお店の出入り口へと視線を向ければ、そこにはブライトさんの姿があった。


きょろきょろとあたりを見回すブライトさんは、私とウィリアム様を見つけた途端に白雪の肌に浮かぶ薄い唇に笑みを浮かべ、その長い腕を伸ばす。



「お嬢様、ウィリアム様」


「ブライトさん、ご機嫌よう」



ウィリアム様が軽く手をあげ、ブライトさんに応える。私もワンピースの裾を掴むと、膝を曲げてその場で会釈をする。


こちらへ歩み寄ったブライトさんも胸に右手をおいて綺麗にお辞儀をしてくれた。男性にしてはお美しいブライトさんの微笑みは今日も艶やかで、ここにケイトがいたらうっとりとした目を向けていたことだろう。



「お待ちしておりました」


「待っていられなかったようだけど?」


「予定ではお昼過ぎにはいらっしゃると聞いていたのにお姿がないので心配したんですよ」


「心配性だな」


「確かにウィリアム様がいらっしゃるのであれば心配は無用でしたね」



にこにこ、と微笑みながらブライトさんがウィリアム様に声をかける。そのお二人のお姿はまさに天使と戯れる美青年だ。


街を歩く女性たちがそのお二人を見てうっとりとしている。やはりこのお二人は人間ではないのかもしれない。


私はウィリアム様の横で、できるだけ空気のように存在する。私は空気なので、周りから見えない。息を押し殺し無表情で佇む姿はまさに空気と言えるだろう。こういう時は無理やり参加させられたお茶会の時のように、実験について考えるに限る。


しかし、あまりにも私が喋らないことを目敏く見つけたブライトさんは、ウィリアム様との会話もそこそこにこちらへとその漆黒の瞳を向ける。



「お嬢様、突然の申し出を快くお受けいただきありがとうございます」


「・・・・・・・」


「・・・・お嬢様?」


「え?あ、すみません。えっと、・・・私も楽しみにしていました」



あまりにも無心でいたためブライトさんの言葉に気づかなかった。私は慌ててブライトさんに愛想笑いを浮かべる。すると怪訝な顔をされた。白雪の肌に乗る柳のような眉が顰められるが、特に何も理由はないから気にしないでほしい。


私は場の空気を変えるように、わざと店の中へと視線を向ける。



「・・・・早速見せていただきたいのですがよろしいですか?」


「・・・・はい、どうぞご案内します」



何か言いたげなブライトさんを無視し、ウィリアム様の腕にかけていた自分の手を外すと先にお店へと入る。


その様子を見ていたブライトさんがウィリアム様に視線を向け、その視線を受けたウィリアム様が困ったように微笑んでいたらしい。


ブライトさんも店内に入り、『新作コーナー』と書かれた札のある一角へと案内してくれる。そこには以前いただいた猫の置物や白鳥もあったが、まだ見たことのない『一輪の薔薇』があった。


おそらく、これが新作なのだろう。


硝子の花瓶に入れられたそれは、たった一輪ではあるがとても美しく、ブライトさんの巧みな技が集結したものだとうかがえる。一つの硝子から作っているようだが、その花弁一枚一枚の再現性は素晴らしい。


きっと、それだけ目を凝らして作ったのだろう。



「・・・・・・・」



私はブライトさんへと向き直ると、眼鏡をしていない漆黒の瞳を見上げる。その瞳はとても綺麗で、まるで秋の夜空のようだった。


その瞳を無表情のままじっと見上げる。あまりにもじっと見つめていたからか、ブライトさんは少し照れたように頭をぽり、と掻くと身動ぎをした。


ああ、いけない。と私は我に返るとブライトさんに声をかける。



「ブライトさん」


「はい」


「しっかり目は労っていますか?」


「・・・・・・・」



せっかく実験の結果を伝えたのだ、だというのに目を酷使するような真似を続けられては困る。私は急に黙り込んだブライトさんに、まさか以前と変わらない作業方法で作業しているのではないかと不安になる。


しかし、それは違っていたようで、ブライトさんは柔らかく微笑むと、その新作を手に取った。


徐にその長い腕をこちらへと伸ばすと、一輪の薔薇を私に差し出す。



「この新作、実は2年前に考案したものなんです」


「・・・・それはまた随分と時間をかけましたね」


「はい、作ろうと思えばできましたが、薔薇の細かいところまで再現するとなるとどうしても度の強い眼鏡が必要だったので」


「・・・・・・・」



つまり、2年前にはブライトさんの目は悲鳴を上げていたということだ。ブライトさんもそれに気づいており、新作を作りたくてもそれができないと思っていた。


しかし、今その『一輪の薔薇』は完成している。



「もちろん、毎日目に良いと言われているものを摂取するようにしていますよ。ご心配いただきありがとうございます」


「・・・・・それならいいのですが」


「お嬢様にいただいた虫眼鏡も、あちらに」



ブライトさんが長い指を伸ばして、工房を見るように促す。その指を追いかけるように工房へ顔を向ければ、そこには大きな虫眼鏡があった。


ケイトに言って用意してもらった強い磁力を持つ魔鉱石により、どこにでも持ち運ぶことができるようになった虫眼鏡。


私だけの力ではその魔鉱石を鋼に変えることはできなかったので、ウィリアム様のお力をお借りしたが、とてもしっかりしたものが完成したと思う。



「この新作を作り上げることができたのも、お嬢様のおかげです」


「・・・・ブライトさんが忠実に守ってくださっているからですよ」



あまり褒められると恥ずかしくなってくる。私は照れていることを気づかれたくないので、そっぽを向いてブライトさんに言う。しかし、しっかり頬が赤くなっていると見えたのかブライトさんが優しく笑う。


そして、私の手にその新作を乗せた。



「色をつけてもよかったのですが、透明のほうが似合うと思いまして」


「・・・・・似合う?」


「はい、お嬢様なら何者にも、何色にも染まらない透明色が似合います」


「・・・・・」


「この一輪の薔薇は、考案したものにお嬢様のイメージを加えて制作しました」


「・・・・・・」


「お嬢様は薔薇というより可憐な花のほうがお似合いですが、そこはまぁ・・・お許しください」



いやいや、許すも何も私をイメージして制作したことのほうが驚きである。


私は手に乗せられた新作をじっくりと見る。やはりどの角度から見ても美しい。私なんかよりもブライトさんに似合うだろうに、どうしてあんなことを言ったのか。


私に似合うというのなら、それは美しい花ではなく薬草だろう。誰も目に留めないような、陰に茂る雑草の方がいいと思う。


しかし、ブライトさんはそうは思わないのか、何かを含んだ漆黒の瞳を細める。



「お嬢様」


「はい」


「お嬢様は、確かに他のお嬢様とは異なります。お屋敷の中だけとは言え男物の服を着たりご自分で庭いじりもするのでしょう?」


「・・・そうですね」


「でも、だからこそお嬢様らしいと、今は思います」


「・・・・・・・」


「そのようなお嬢様だから、ウィリアム様もお嬢様を気に入ってらっしゃるんでしょうね。私も、肩を張らずにお話ができますし、とても話しやすいです」


「それは・・・・よかったです」


「どうぞ、そのお気持ちはそのままに、好きなことを好きなだけなさってください。他人の目など気にせずに、お嬢様がなさりたいことをなさればいいと思いますよ」


「・・・・・・・」


「ウィリアム様も、そう思っていらっしゃいます」



にこり、と微笑んでブライトさんが言う。その言葉に先ほどまでの自分の態度を思い出す。ウィリアム様の横に並んで、腕を組み街中を歩く私の耳に届いた会話に対して感じたこと。それからウィリアム様とブライトさんをうっとりと見つめる人々に対して、空気でありたいと願った私。


どれも、私らしくないと言えばそうだ。


そのことに気づいたから、ブライトさんは言っているのだろうか。私の心中を覗き込まれたような気がして、少し戸惑う。そこまで簡単な心情を持っているとは自分でも思っていないので、読み解かれるとは思わなかった。


そんな私の心中を、ブライトさんだけでなくウィリアム様もお気づきだと言う。



「・・・・・・・・」



私とブライトさんの会話を邪魔しないように、別のコーナーをぼんやりと眺めているウィリアム様へと視線を向ける。。先ほど突然歩みを止め、『待つだけというのも、辛いものだ』と言ったけれど、あれはどういう意味なのだろうか。


なんとなく、その意味を知りたくなる。けれど知ったら、もう後には戻れない気もする。



「・・・・お気遣い、ありがとうございます」



ともかく、その場しのぎの感謝の言葉を伝え、話を終わらせる。


正直、まだブライトさんが言うように他人の目を気にしないで街を歩くのは難しい。私一人であれば何とでもないのだが、公爵家のご子息という尊いお立場のウィリアム様に迷惑をかけることはしたくない。


それに、私がウィリアム様とお出かけをするたびに大喜びする父と母に下手な誤解を与えたくない。


それならば、ウィリアム様とのお出かけは今日で最後にするべきか。関係を絶ってしまえば、もうこんなことで悩む必要もなくなる。


それは、現実的か?



「(違う、非現実的だ)」



私はこの状況を楽しんでいる。今までの環境では得られなかった発見や感情に戸惑いながらも、それでもそれを欲している自分が確かに存在する。


我が儘だ。傲慢だ。それでも止められない。


この状況の最適解は何だ。ウィリアム様にも迷惑をかけず、父と母に誤解を与えず、それでもこのままウィリアム様やブライトさんと関係を続けていくための最適解は何だ。



「(まだ思いつかない・・・・・)」



私は自然と答えを求めるようにウィリアム様を見つめる。すると、その視線に気づいたのかウィリアム様が深緑の瞳を細めながら柔らかく微笑んだ。



「・・・・・・・」



その笑顔が、なぜか私の胸の片隅を不安にさせる。


気持ち悪くて見て見ぬ振りをすることしかできなかった。




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