星送りの夜に
晩餐会の席で、フィユは玉座に飾られて婚約者候補五人に囲まれていた。
本格的な即位式は後日改めて執り行われるが、先の出来事もあってフィユを後継とすることに異を唱えるものは、少なくともこの場には存在しないためだ。
「結局、フィユ王女はフィユ王女ってことでいいの?」
メアの一聴するに要領を得ない問いにも、フィユは静かに首肯した。
「わたしも父の言葉を聞くまで信じられなかったのだけれど……元は領内のとある貴族に預けられていたみたいなの。物心つくかどうかのときに屋敷が焼けて、孤児院に来て……だからずっと、自分は平民だとばかり思っていたわ」
預け先の火事は不幸な事故だった。危うく王女の『スペア』が失われるところだったと王家では方々手を尽くして調査した。
当時は反女王派の人間が嗅ぎつけただとか、預け先の貴族に叛意を持つ者の仕業だとか様々憶測が飛び交ったが、結局確かな証拠は見つからなかった。
「お父上はなんて? 最後にお会いしたのでしょう?」
「わたしの、本当の名前を……名付けられてから一度も呼ばれなかった名前を呼んだの。我が娘ファウラシェーラ……そう、呼ばれたわ」
「お前、女王陛下から一音もらっていたんだな。外にいても、すぐわかるように」
カイムの言葉通り、母親である前女王のスフィラシェーラから一音を引き継いだ名が、フィユの本当の名前だった。そうは言っても、フィユにとって自分を表す名前は孤児院でデューンにもらったフィユであり、だからこそ幻光石もフィユの名に反応したのだが。
しかし対象を意のままに操ることが出来る幻光石にしては、フィユの症状は一瞬意識が遠くなるだけだった。いま思えばそれも心に与えられた名と魂につけられた名が一致していなかったことに由来するのだろう。
「これからは、本当の名前で生きて行かないといけないのかしら……」
寂しげに俯くフィユの手を取り、デューンが不器用に笑いかける。
「なあ、フィユ王女は、どっちで呼ばれたいんだ?」
「え……?」
顔を上げると、五人が五人ともフィユを優しい眼差しで見つめていた。
「そうだな。あの石が発動する程度には、その名はお前のものになっている」
「私の失態が基準になってしまっているのは些か胸が痛みますが……私も同意ですよ」
「そうですわね。元はと言えば王家が一瞬でもあなたを見失ったのが原因なんですもの、名前に一つ書き足すくらい赦されると思いますわ」
「ええと……さすがに出生表の改竄はどうかと思うけれど……呼び名を選ぶ権利くらいはあるんじゃないかな」
カイムも、ロゼも、メアも、ヴァルトも。皆がフィユを真っ直ぐに想い、言葉を零してくれている。王家に生まれながら孤児として過ごし、かと思えば王家に連れ戻されて至極短期間で王女に造り替えられた少女の、唯一の持ち物である小さな名前。
ともすれば孤児院での火事で焼失し、王城に迎えられると同時に踏み消されていたかも知れない野の花を、彼らは大切に思ってくれている。
そう実感したら、もう溢れ出る感情を堪えることは出来なかった。
「……っ、ほんとうに、いいの……? わたしは、わたしのままでいても……」
零れ落ちる涙をそのままに、フィユが願いを紡ぐ。
「当然!」
「当然ですわ」
「当然だろ」
「当然だよ」
「当然です」
三者三様ならぬ五者五様の語尾ながらも、答えは全員揃っていた。当たり前のように、フィユの想いを受け止めて抱きしめてくれた。
「あー、そういえば俺、王女様の名付け親だなあ」
「僕が願いを込めてつけたあだ名が、こんな形で叶うとは思わなかったよ」
へらりと笑って他意なくデューンが言うと、ヴァルトが小さな対抗心を見せた。
「貴様ら、妙なところで張り合うな。見苦しい」
「お兄様だって、あなたたちに負けてはいませんわ。これから十四年分余るほどに呼んで差し上げれば良いのですもの」
其処へフロイトシャフト兄弟が更に張り合って、ヴァルトに宣戦布告をする。
「フィユ王女は、皆にとても慕われておられるのですね……勿論、この私も心からお慕い申し上げておりますよ」
そんな四人を見て、ロゼがおっとりと告白した。
半年間、針の筵にいた偽りの王女は、小さな野の花のまま玉座に飾られた。
これから更に半年かけて五人の婚約者候補を一人に絞らなければならない現実からは、少しだけ目を背けて。いまはただ賑やかに、星の下で咲いていたかった。