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Under the Rose~ヒメゴトは氷の薔薇の許で  作者: 宵宮祀花
終幕✿葬送の鎮魂花
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氷の薔薇の下で

 棘のような視線が、シェルフィーユに突き刺さる。

 本来なら今頃は偽王女が捕えられて火刑台に乗せられるところを眺めながら、辛気臭い葬儀をさっさと終わらせてゼクスを城に迎え、婚約パーティを始めるところだったのに。

 各国から国賓が集まっている葬儀の日ならお披露目に丁度いいと思って来たのに、誰も自分を歓迎しないことが、信じられなかった。


「そうだわ! リヒト! リヒトは何処にいるの!?」


 辺りを見回し、フィユの背後、壁際でメイドたちと同様に控えているのを見つけると、シェルフィーユは「お前が証明しなさい!」と叫んだ。


「お前なら誰に跪くべきかわかってるでしょ!?」


 シェルフィーユが必死に叫ぶが、リヒトは彫像のように動かない。視線さえ寄越さず、他の使用人同様に黙したまま佇んでいる。


「リヒト」

「はい」


 だというのに、フィユが一言名を呼んだだけで恭しく胸に手を当てて前に進み出ると、あろうことかフィユの前に跪いて頭を垂れた。リヒトが国王の信頼を得ている執事であることは、周知の事実。だからこそシェルフィーユも彼に判断を委ねたのだが。

 フィユは沈痛な面持ちで一つ息を吐き、シェルフィーユを見据えた。


「これ以上父の葬儀を穢されるわけにはいきません。捕えてください」

「なっ……!」


 フィユがそう命じると、騎士たちは真っ直ぐシェルフィーユに向かっていった。そして罪人を捕えるときのように両腕を背後で拘束し、頭を抑えつけた。


「なんで私を捕えるのよ! 偽物はソイツなのよ!?」

「それなんだけどなあ……」


 喚き散らすシェルフィーユに、デューンがのんびりと割り込んだ。視線が集まる中でも構わずに、デューンはゆったりとした口調で続ける。


「フィユ王女は、俺を帰すのに転送鏡を起動したんだ」

「はぁ……? なによそれ」


 その言葉がなにを意味するのかわからず、シェルフィーユは間の抜けた声を漏らした。だが他の貴族たちは確と理解している様子で、ざわついている。

 王族のみに扱える転送鏡を起動した少女と、存在すら知らない少女。偽物の王女がもしいるのだとしたら、どちらがどちらかなど言うまでもないことだと囁く。


「それが何なのよ! 田舎者がわけわかんないこと言ってんじゃないわよ!」

「……いいえ。それだけではありませんよ」


 ロゼが一歩前に進み出て、仮面越しに顔の右半分に触れた。


「あの日……私は『フィユ王女』とお呼びしました。幻光石が力を発揮するのは、相手の目を見て名を正しく紡いだときのみ。フィユ王女が王女でなければ、あの日私の右目は、ただの石塊としてあるばかりで、役に立たないはずでした……」


 ロゼから少し離れた位置で、幻光石を真っ先に見抜いたネルケ王女が「そういえば」と言いたげな顔で口元を押さえた。


「確かに私も見ていたわ。あの石は強力だからこそ条件も難しいの。平民相手なら名前を呼ぶだけでいいけど、貴族や王族相手だとそうもいかないのよね。仮にフィユ王女が偽の王女なら、王女と呼ばれて石が起動するはずないのよ」

「ああ、言われてみればそうだな。仮にフィユ王女が偽物だったなら、偽王女とか影武者フィユと呼ばなければ反応しなかったはずだ」


 フィユと王家の慈悲でこの場に来られている罪人貴族ロゼのみならず、ヴォルフラート王女と第二王子の証言まで重なった。賓客の中には幻光石の特徴を知っている者も幾人かいるようで、ざわめきの中で王女たちの言葉を肯定している。

 此処まで来れば、最早言うに及ばず。


「その者を地下牢へ」

「はっ!」

「いやあぁっ! 離しなさい! この無礼者! 私は王女なのよ!? なんでアンタたち誰も言うこと聞かないのよ! こんなはずじゃ……いやああぁぁっ!!」


 リヒトの命を受け、身を捩り暴れるシェルフィーユを引きずって、騎士たちがホールを去って行く。


「お前ら、俺の女になにしやがる!」


 残されたゼクスが腰の剣に手をかけるが、それより先に騎士が動き、瞬く間に拘束して床に引き倒した。


「この者は如何致しましょう」

「……別の地下牢に捕えておいてください」

「畏まりました」


 シェルフィーユに引き続き、ゼクスも地下へと引きずられていった。

 数十分ぶりに静けさを取り戻したホールで、フィユは小さく溜息を吐いた。それから、賓客たちを見回して一礼し、謝辞を述べる。


「このようなときに大変失礼を致しました。ささやかながら晩餐の席を設けております。どうぞ父を偲び、ご歓談くださいませ」


 グランツクリーゼ式の葬儀は星送りの儀とも呼ばれ、喪主が挨拶をして、主賓が弔辞を述べたあとは晩餐会を開いて賑やかに故人を送る習わしとなっている。

 涙に暮れて沈みきった空気のまま送ると、死者が星になれずに彷徨ってしまうとされており、星送りの夜は衣装こそ葬儀に則したものだが、その空気は普段の晩餐会と大差ない賑やかさとなる。

 晩餐会会場に移ると、フィユは一山超えたことに人知れず安堵の息を零した。

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