婚約破棄劇場
国賓たちが並ぶホールで、フィユは形式張った口調で挨拶と謝辞を述べた。居並ぶ人の顔をぐるりと見渡せば、誰もが暗い表情で壇上のフィユを見上げている。
まるで、自分の肉親が亡くなったかのような顔をしているヴァルト。険しい表情で弟と肩を並べているカイム。普段のドレス姿ではなく男としての正装をしているメア。泣いた痕が目元に残ったまま、所在なげに正装で佇むデューン。そして、クラウス王子とネルケ王女の陰に、二人の従者のように控えて立つロゼ。
たとえ形式的なものであったとしても、こうして集まって死を悼んでくれる人がいるという事実が、いまのフィユにはとても心強かった。
主賓であるヴァルトの父ツァルトハイト国王の弔辞を受け、最後に一言挨拶をするべく入れ違いに壇上へ向かう。この挨拶を以て、フィユは名実共に次期女王となるのだが。
「待ちなさい!」
突然外から騒がしい声と足音が近付いてきた。何事かと振り向いたフィユを初めとする賓客の目に飛び込んできたのは、派手なドレスに身を包んだ王女そっくりの少女だった。
顔立ちも、やわらかな金色の髪も、空色の瞳も、鏡に映したようによく似ている。だが一つだけ。つり上がった眉と自信に満ちあふれた表情、そして滲み出る魂の品位は全くと言っていいほど似ても似つかなかった。
「その王女は偽物よ! 本物の王女はこの私!」
ざわめきが広がり、賓客たちは乱入者とフィユを交互に見た。同じ顔が二つ並んでいる事実は変わらない。だが、偽の王女とはどういうことか。
まるでダンスパーティにでも来ているかのような薔薇色のドレスに身を包み、華やかな金髪を宝石と花飾りで結い上げ、見栄えのする化粧をした姿でホールの入口に立っているその少女――――シェルフィーユは、周りの視線など意にも介さず大声で宣言する。
「国王がいなくなったいま、其処にいる五人の婚約者候補たち全員との婚約を破棄して、ゼクス・エアガイツとの婚約を宣言するわ!」
その言葉と共に、扉の陰から鮮やかな赤い髪の男が現れてシェルフィーユの肩を抱き、無礼にも婚約者候補たちを指差した。
「そういうことだ。残念だったな、負け犬共!」
言いたいことを全て言い終え、あとは偽物の王女が断罪されるのを待つばかり。
そう信じて期待の目を賓客たちに向けるシェルフィーユだが、誰一人として偽の王女を捕えようとしない。ホールには護衛のための騎士もいるが、偽王女に剣を向けるどころか牢に送る素振りも見せない。
控えている従者やメイドたちも、表情一つ動かさずに背筋を伸ばして凛と佇んでいる。
「な……なによアンタたち! さっさと其処の偽王女を追い出しなさいよ!」
シェルフィーユがヒステリックに叫ぶと、婚約者候補五人がフィユの傍らまで近付いていき、彼女の背後に並び立った。
「ねえフィユ、あの頭のおかしい女は招待客の中にいたの? そのわりには随分浮かれた格好をしているみたいだけれど」
そしてまず、メアがフィユの肩に手を添えて軽く屈みながらフィユに顔を寄せ、横目でシェルフィーユを睨んだ。
「国王陛下の葬儀に巫山戯た格好で乗り込んでくるような輩が、グランツクリーゼ王族であろうはずもないだろう。ましてや、自らが王女だなどと戯言を」
メアの言葉に重ねてカイムが汚物を見る目でシェルフィーユを睨み、嘆息する。
「俺の国もだいぶ文化が違うけどな、だからこそ相手の国でなにが良くないかはしっかり学んで来るもんだぜ」
シェルフィーユの派手な身形を見て、困ったような表情でデューンが呟く。
「フィユ王女……どうかひと匙のお慈悲を、あの者にもお与えください……」
神に祈る信徒のような言葉を零し、ロゼは仮面の下で哀しげに目を伏せる。
「……フィユ。つらいだろうが、いまは君の言葉が必要なんだ。頼めるかな」
そしてヴァルトも、王女に語りかけるべき言葉をフィユに注いだ。
シェルフィーユにとって最も屈辱的だったのは、ヴァルトの言葉だった。姫王子などと揶揄されてもヘラヘラ笑うしか能のなかった弱い男が、自分の意志で意見を述べている。あんなふうに物を言ったことなど、シェルフィーユの知る限りでは一度もなかったのに。
何故、何一つ思い通りにならないのか。
何故、彼らは偽王女をいつまでも囲んでいるのか。
何故、他の貴族や王族たちまで異物を見る目で此方を見ているのか。
「なんでよ……何なのよ! ソイツは偽物だって言って――――」
「控えなさい」
凛とした静かな声が、シェルフィーユの癇癪を遮った。
半年ほど前まではおどおどと俯くばかりの薄汚い孤児の娘から放たれたものだなどとは信じられず、シェルフィーユは思わず息を飲んでしまった。が、すぐに黙らされたことにカッとなり、口を開こうとした。
「王女を名乗るのであれば、証を見せてください」
「はぁ!? なに言ってんのよ! それはアンタに預け……っ」
フィユの問いに、つい反射的に答えてしまったが、それが拙いということくらいは一応理解出来ていたらしく、語尾を濁らせて口を噤んだ。とはいえほぼ言ってしまったようなもので、周りの貴族たちも信じられないものを見る目でシェルフィーユを見ている。