自由の在処
グランツクリーゼ国王崩御の報せは、瞬く間に各国へと届けられた。
それに伴い、フィユが間もなく女王として即位することも世界中が知るところとなる。王族貴族のあいだで話題になれば、何れは市井にも広く知れ渡ることとなり、市井の噂は彼の人物の耳にも触れることになる。
「……なんだ、案外早かったのね。もうちょっと粘るかと思って一年って言ったのに」
国の外れにある貴族、エアガイツ家の屋敷にて。
グランツクリーゼ王女シェルフィーユは、父の死を報せる手紙をつまみ上げ、ひらりと投げ捨てた。まるで、つまらない紙切れを扱うかのように。
王城を飛び出して逃げた先は、自国と隣国の境にある子爵家だった。あまりにも身分が低く浮名の絶えない人物であったため婚約者候補に上がらなかったが、シェルフィーユは近隣貴族の中でもエアガイツの長男ゼクスを誰よりも気に入っていた。
燃えるような赤い髪も、野性味溢れる風貌も、獣の如き鋭い金色の瞳も、婚約者候補の誰一人として持ち合わせていないものだ。
元より暴君の素質があったゼクスだが、シェルフィーユを迎えるや否や、気に入らない従者やメイドをクビにし、忠言を繰り返してきた教育係に至っては拷問の末に国外追放とした。更に自身の地位を脅かしかねない兄弟を追い出し、いまや怯えて従順に言うことを聞く若いメイドのみを侍らせて生活している。
「それにしても、半年経っても見抜けないなんて、ぼんくらにもほどがあるわ。戻ったら役立たずの盲共を全員解雇したほうがいいわね」
シェルフィーユの振る舞いを見ていた屋敷の主ゼクスは、ソファにふんぞり返りながら長い足をテーブルに上げ、細い肩を抱き寄せた。
「どうするんだ? 即位式までやられちまったら、さすがに戻れねえだろ」
「面倒だけど、葬儀のときに返してもらうわ。もうちょっと遊んでいたかったのに、全く役に立たないんだから、あの死に損ない」
「もうくたばっただろ」
そうだったわ、と言って笑い、シェルフィーユは長い髪をかき上げた。
娼婦のような丈の短いドレスから覗く脚をゼクスの脚に絡め、胸に頬を寄せる。気分を良くしたゼクスが太腿を撫で上げてスカートの中に手を差し入れると、シェルフィーユは可笑しそうに笑ってゼクスの頬に手を添えた。
「こんなところで始めるつもり?」
「どこだっていいだろ。俺に意見するヤツなんざ誰もいやしねえんだ」
「そうね。私が女王になったらもっと全てが思い通りになるわ。こんな田舎の外れで細々暮らすなんて、あなたには似合わないもの」
シェルフィーユの目的は、ゼクスと共に国の頂点に立つことにある。
情けない姫王子や悪魔の髪と目を持つ蛮族上がりの貴族、辺境の芋王子や、落ちぶれた傷物の貴族モドキなどではなく、自分で選んだ相手と自分の望む形で即位する。
国で一番偉い人間になるのが王女なら、周りが選んだつまらない人間なんかではなく、自分でなにもかもを選びたかった。誰かの言いなりで人生が決まるなど、冗談じゃない。一番偉い人間に対して、命令出来る人間がいてはならないのだから。
「アイツら驚くでしょうね。王女だと思っていたのがただの孤児だったんだもの。偽物は役立たず共のついでに処刑しようかしら。きっといい見世物になるわ」
「婚約者候補共も集まってるんだろ? 騙されたと知ったら切りかかるんじゃねえか?」
「それならそれでいいじゃない。処分の命令をする手間が省けるわ」
膝に跨がり、口づけを交わす。
足下に落ちた父親の死を報せる手紙には目もくれず。
葬儀に着ていくドレスの話をしながら睦み合い、未来を思って笑い合った。