決意のとき
五人の候補者の肖像を前に、フィユは難しい顔をして考え込んでいた。
一年あると思っていた期限はもう半分しかなく、国王はいよいよ目覚めることも滅多になくなってしまった。
本来ならばもっと早い段階でヴォルフラートの錬金術師を招く予定であったが、ロゼの一件などもあって互いの国がそれどころではなくなり、最早あとは王が少しでも安らかに眠れるよう願うことしか出来なくなっていた。
「リヒト」
「はい」
「最後に……お願いがあるの」
「何なりとお申し付けください」
これからフィユがなにを言おうとしているのか、全てわかった上でリヒトは恭しく頭を垂れて言葉を待っている。
「国王陛下に……お父様にお目通りをお願い出来る?」
「はい。フィユ様のご命令とあらば、医師に話を通しておきましょう」
「ありがとう」
王女として、次期女王として、出来ることは全てしておきたい。
フィユが求めるケジメの一つに、病床に伏す国王への謁見があった。以前は、フィユがまだ王女として完成仕切れておらず、また、国王の意識も僅かに残っていたため見舞いも叶わなかった。だがいまなら。
リヒトが許可を出したのがいまだということは、このときしか会えなかったのだろう。そして、このときを逃せば次はもうないのだろう。
後日。
リヒトに連れられて、フィユは国王の寝室を訪ねた。ベッドサイドには医者が待機しており、目覚めたときいつでも与えられるよう薬湯も準備されている。
大きなベッドで眠る国王は、ひどく窶れていた。紙のような顔色で、呼吸も浅い。胸の上で組まれた手指は枝のようで、まるで現実味がなかった。
「お父様……」
フィユは親の顔を知らない。孤児院で養護してくれていた人たちの記憶も火事で焼け、いまはもう随分と遠くへ消えてしまった。自分を構成するものが何だったかも、すっかり思い出せなくなっていた。
グランツクリーゼ王女として、いまにも命の灯が潰えようとしている国王に代わって、全てを背負っていかなければならない。
「……フィユは、覚悟を決めました。必ずやお母様が治めていらしたときのような、良い国にして見せます。それが……わたしの役目だから……」
そう、フィユが呟いたときだった。
「………ぁ………」
国王の唇が微かに震え、枯れた音を紡いだ。
「お父様!」
思わず駆け寄り、胸の上で重ねられていた手を握る。骨の上に薄く皮が乗っただけの、白く頼りない手だった。まるで此処に連れてこられたばかりの、フィユのような。
「――――――――…………」
「……それ、は…………」
顔を寄せたフィユの耳に届いた声は、フィユの心を大きく揺さぶった。
目を見開いて国王を見れば、薄く開かれた薄灰色の瞳がフィユを真っ直ぐ捕えていた。その目はいまにも死神が口づけをしようとしている人の目ではなかった。力強く確固たる意志を持って、フィユを見つめていた。
「…………約束します。必ず……わたしがお父様の跡を継ぎます」
フィユがしっかりと手を握りながらそう言うと、国王は厳格な目元を和らげてゆるりと頷き、そして、目を閉じた。
スウッと息が抜ける音がして、僅かに握り返していた手の力が抜ける。微かに上下していた胸が動かなくなり、温度が緩やかに失われていく。
命が、消える気配がした。
「お医者様……」
フィユが握っていた手を医者が預かり、脈を取る。手首、首元、閉じた瞼を開いて光を当て、反応を見る。どれをとっても何の反応もなければ命の音もしない。
静かに首を横に振り、医者は「残念ですが」と答えた。
「そう……葬儀の手配と、それから……あとはなにが必要かしら……」
「フィユ王女、それは我々が行います。王女はどうか休まれてください」
ふらつきながら立ち上がったフィユをリヒトが支え、医者が制する。
国王の崩御とあっては、国全体に関わる一大事である。そんなときに休んでいるなどと思いながらも、自分で思っていた以上に国王の死にショックを受けたようで、力なく頷くことしか出来なかった。




