棘を纏う花の移ろい
どうにかドレスを汚さず食事を終えたところへ、控えめに扉を叩く音が割って入った。今日は特に来客の予定はなかったはずで、フィユは訝しみながらも扉へ向けて答える。
「どなた?」
「メア=フロイトシャフトですわ」
「えっ」
まさか手紙を出す前に本人が現れるとは思わず驚いているところへ外から扉が開かれ、言葉通りの人物が部屋に入ってきた。黒いドレスに、ふわりとした白いパニエを穿いて、所々に暗い紫が差し色に使われているその格好は、いつぞや見たドレスによく似ていた。
黒地に紫はフロイトシャフト公国を表わす色で、公的な場などでは必ずこの色を纏うと以前リヒトに教わったことを思い出した。突然の訪問ではあるが、最低限の礼節を衣服に表わしている辺りに育ちの良さが窺える。
「失礼致しますわ。……手紙も出さずに訪問した非礼はお詫び致しますわ。ですけれど、どうしても公的な訪問を待たずに此方へ伺う必要がありましたの」
メアは二人を交互に見るとまずフィユに視線を定め、真っ直ぐ歩み寄ってきて正面から見下ろす形で立ち止まると口を開いた。
「先日こちらに忘れ物をしてしまいましたの。それを返して頂けますかしら」
呆気にとられていたフィユだったが、その言葉でハッとしてリヒトを見た。思い当たるものは一つしかない。
「確か……あのブローチよね。……リヒト」
「畏まりました。どうぞ、お確かめください」
傍らのリヒトに声をかけると、リヒトはキャビネットの中からやわらかい布に包まれたブローチを取り出し、メアに差し出した。メアは傷もなく無事戻ったことを確かめると、ホッと安堵の息をつく。その一瞬の表情から、それがとても大切なものなのだろうことが窺えて、フィユも内心安堵していた。
「それから……立ち聞きするつもりはなかったのですけれど」
そう前置きながらブローチを胸につけ、そしてどこか愉悦を帯びた眼差しで、フィユを見据えて言った。
「一年後に本人が戻ってくるって、どういうことですの?」
「……っ!」
目を瞠るフィユの反応で確信したのか、メアが口元に笑みを引く。その歪んだ表情には忌々しい相手を陥れる弱みを手に入れたことへの喜びが、はっきりと浮かんでいた。
「どこのどなたかは存じませんけれど、あなた本当は王女でも何でもないのでしょう? そのことが周りに知られたら、どうなってしまうのかしら」
愉快そうに笑って言うメアを見上げながら、フィユはどう言えばいいのか、どうすれば繕えるのか逡巡していた。だが先の会話を聞かれていて、偽物であることが真実であると自ら認めたような反応をしておいて、今更なにが覆るというのか。
勝ち誇った顔をしているメアを見つめたまま、フィユはなにも言えずにいた。




