全ては国のため
翌日、ロゼは護送馬車に乗せられて故郷へと帰っていった。
処分を受けるまでは罪人扱いとなるので、見送りは出来ないと言われてしまったため、三階にあるバルコニーから去って行く馬車を見つめるフィユ。馬車が遙か遠くへ行ってもなお立ち尽くしているフィユの傍に、リヒトが寄り添う。
「フィユ様、そろそろお戻りください」
「……ええ」
名残惜しい気持ちを押して踵を返し、城内へと戻る。
自室に帰ると、フィユは小さく溜息を吐いた。
「これからわたしは、どうすればいいのかしら……」
「間もなく半年が経ちますので、婚約者候補を絞る段階かと」
フィユの零した呟きに、リヒトは淡々と答えた。
彼の言葉は尤もで、いつまでも候補の人たちを宙に浮かせたままではいられないことはフィユも理解している。都合に任せて関係の確保だけして置くのは、あまりにも失礼だ。
頭ではわかっていても、国というあまりにも大きなものを共に背負っていく相手を己の意思で決めるというのは、なかなかに大仕事である。
「少し、考えさせて頂戴」
「ええ。大切なことで御座いますから、ごゆっくりお選びください」
失礼致します、と折り目正しくお辞儀をして退室していくリヒトをぼんやり見送ると、フィユは再び溜息を吐いた。
フィユの元に残った、五人の婚約者候補。誰もがそれぞれ事情を抱えており、フィユと婚約することで国にも益があるものばかりだ。
ヴァルトとは国が隣同士な上に城も近く、結びつきが強くなればより結束が強固となることは明白。フィユには知る由もないことだが、幼馴染同士という他にはない絆もある。ヴァルトと王女にしかない思い出もあるのだろうと思うと心苦しいが、其処を思えば他の候補者とて同じこと。
先日会ったデューンは、他の誰よりも国交目的での婚約を求めている人物だった。が、顔を合わせて会話した結果、少なくとも交易のためだけという乾いた関係ではなくなったように思う。
ロゼは、シャグラン家が犯した度重なる失態の罰として婚約を押しつけられた人物だ。あの性悪王女に嫁いで生涯国のために苦しみ続けろと、民衆に押し出されて此処へ来た。それが更なる失態の上塗りになろうなど、本人は夢にも思っていなかったようだが。
カイムは元の王女よりもフィユのほうに心を開いているように思える候補者だ。本人が自覚しているかどうかは別として、国同士の思惑と当人の心の持つバランスが最も優れている人物でもある。
メアは自分がフィユの婚約者になることよりも、カイムが悪女に誑かされないよう常に監視できる立場を維持するため、婚約者候補という立場にあり続けた人物だ。パーティの帰り際に放った言葉が彼の思惑の全てだろう。
「……そういえば、色々あって返しそびれてしまっていたわ。すぐにでもお手紙を出したほうがいいかしら」
メアと初めて会ったパーティの日。彼が落としていったブローチは、未だフィユの元にある。良く磨かれた大粒の宝石が使われたもので、決して軽く扱っていいものではないとフィユの目でもわかる繊細な作りをしていた。
次に来たとき直接返そうと思っていたが、お互い立場があって忙しい身。いつかは、と言い続けて月日だけが流れることは充分にありえる。
候補を絞る話より先に、この憂いだけは晴らして置いたほうが良いだろう。
フィユがリヒトを呼ぼうとしたところへノックがされ、いままさに呼ぶところであったリヒトがお茶の用意と共に現れた。相変わらず、思考や行動を読まれていると感じるが、今更だと思い直してテーブルに着いた。
「リヒト。明日はお茶の前にメア公子にブローチの件でお手紙を出そうと思うの。ずっとわたしが持ったままでは申し訳ないもの」
「畏まりました。ご用意致します」
にこりと微笑むリヒトの表情は、フィユには全く読めない。