罪人の枷
数日後。
ヴォルフラートより早馬が届き、手紙が早駆けの使者からリヒトを経由して、フィユの手に渡された。上質な紙を艶のある金のリボンで纏めた、巻物状の手紙だ。
フィユがリボンをほどくと、リボンに刻まれていた白糸の刺繍がとけるように消えた。重要な手紙に施される、未開封であることを証明する魔術の一種だ。
「……子爵への降格と、領地の一部没収。それと……」
手紙には、シャグラン家へ与えられた処分が記されていた。領地の三割が王家に没収。その土地を新たに統治する貴族の選択はのちの議会で決定するとあり、更に土地が減ったことにより爵位も降格することとなったとある。そしてシャグラン家が子爵として領地を持ち続けるための条件として、ロゼの義眼をテオドール師の元で直ちに作り替えることが記されている。
それから、ロゼの兄は数度に渡る他国への侵略行為により処刑が決定したことも併せて記載されていた。
もしもフィユの身に取り返しのつかないことが起こっていたら、ただでさえ緊張状態にあったヴォルフラートとグランツクリーゼ間の関係は、修正困難なところまで行っていただろうことは想像に難くない。それゆえの厳しい処分だった。
「帰国の日時と一緒に、このことも、伝えなければならないわね」
「お供致します」
「ええ」
立ち上がりドレスの裾を翻したフィユの手を、リヒトが恭しく支える。部屋を出ると、リヒトにエスコートされながら真っ直ぐにロゼのいる部屋を目指した。
道中の二人に会話はない。思うことは多々あれど、語るべきはなにもない。
「此方です」
部屋の前に立ち、フィユは一つ深呼吸をする。
「ロゼ。いま宜しいかしら」
「……はい、どうぞ……」
扉を軽く叩いてから声をかけると、中から覇気のない声で応答があった。警護兵が扉を引き開け、黙したまま一礼する。
部屋に入れば、ロゼは窓際の椅子に腰掛け、なにを見るでもなく窓の外を眺めていた。その所在なげな姿が此処を訪れたばかりの自分と重なり、フィユは胸が軋んだ。
「ヴォルフラートから、手紙が届いたわ」
「陛下は、何と……?」
フィユは苦しげに眉を寄せてから、静かに手紙の内容を読み上げた。中でも兄のことに関して述べるときは、真っ直ぐにロゼを見ることも出来なかった。
全てを伝え終え、室内を沈黙が満たす。顔を上げることが出来ずにいると、ふとロゼが立ち上がり、フィユの正面に立った。
「どうか……そのように、フィユ様が苦しまれないでください……」
そう言うと、ロゼは出逢ったときのように跪いてフィユを見上げた。幻惑を引き起こす義眼は兵によって取り外されているらしく、長い前髪が顔の右半分を隠している。
「覚悟は、出来ておりました。兄は昔から、野心の強い人でした……のし上がるためには親でさえも利用しようと画策するほどに……ならば私も、こうして利用されることを想定しているべきだったのです」
フィユを見上げるロゼの表情は、寂しげでありながらも何処か優しい。いま一番苦しい状況にあるのは彼自身だというのに、ロゼはフィユを気遣って笑みを浮かべていた。
「……帰還の許可が下り次第、私はフィユ王女の前を去りましょう。一目だけでもお目に掛かることが出来て幸福でした」
力なく微笑むロゼに、フィユはなにも言葉をかけることが出来なかった。どんな言葉も気休めにすらならないと思うと、喉で閊えてしまう。
リヒトに促されて部屋を去るときも、ロゼは泣きそうな微笑でフィユを見つめていた。




