国色の差違
ヴォルフラートからの沙汰を待つあいだ、ただ漫然と日々を過ごすわけにはいかない。だからといってなにができるのかを考えても、哀しいほどになにも浮かばない。
フィユは窓の外に投げ出していた視線を室内へと呼び戻し、リヒトを見た。
「ねえ、ネルケ王女はクラウス王子に嫁がれた方なのよね? それなら王子妃と呼ばれるはずではないの?」
グランツクリーゼでは代々女王が国を治め、外から婿を取る形で世を継いでいる。婿は国王ではなく殿下と呼ばれ、女王に万一のことがない限りは国王にはならない。
ツァルトハイトは王制で、王子が跡を継ぐ。王子の妃はそのまま王子妃で、国を継いだあとは王妃と呼ばれると聞いている。しかし、ヴォルフラートの王子に嫁いだネルケは、王女と呼ばれている。
「一言で言えば、文化の違いです」
素朴な疑問を口にしたフィユにそう答えると、リヒトは書棚から教本を一つ取り出してフィユの前に跪き、開いて見せた。
「ヴォルフラートでは婚儀の際、王家へ忠誠を誓います。この辺りは他国でも同様かとは思いますが。しかしヴォルフラートの場合、その瞬間から、婚約者は王子妃でなく王家の人間になるのです」
「王家の……嫁いだ人ではなく、王家の人に、ということ?」
「はい」
教本に目を落とすと、国ごとの国王、女王、王子、王子妃の呼び方が載っている。
ヴォルフラートの項目を見ると、彼の国では嫁いだ瞬間王女となり、王子が国を継いだときにやっと見慣れた王妃の呼び方になるようだ。しかしこの王妃という呼び方も他国のそれとは少し意味合いが違うらしい。
何とも不思議な風習に思わず見入っていると、リヒトが解説を添えた。
「他国での王妃はその名の通り王の妃という意味ですが、ヴォルフラートの王妃は国王に次ぐ、或いは並ぶ女性という意味となっています」
「そう……ヴォルフラートの王女は王子と殆ど対等に、国に仕える立場になるのね」
「ええ、そういうことです。そして王女の家系はそれまでどの階級であったかに関わらず婚儀と同時に公爵家となります。なので、ヴォルフラート王家に嫁がせようと躍起になる貴族は、いまも昔も多いようです」
国と貴族の有り様はどこも似たようなものなのだと、フィユは一抹の寂しさを覚えた。家と国のための婚姻。血と名前を繋いで行くための縁。それが当たり前の世界で、王族や貴族は今日まで生きて来たのだ。
もしフィユがただの町娘であったなら、もしかしたら誰か好きな人が出来て、その人と将来を約束する夢でも見たかもしれない。だがフィユは、そんな甘い夢とはほど遠い孤児だった。まともに人と触れ合い、会話をすることさえ考えられない世界に生きていた。
それだけは、ある意味救いだった。