罪科の痕
主催であるフィユが倒れたことで、パーティは早めに切り上げることになり、フィユはリヒトに支えられながら来客たちを一人ずつ見送った。
幸いと言えるかは難しいところであるが、ヴォルフラートの貴族たちはシャグラン家がどういう家系か良く知っており、ロゼが利用されたことも、フィユに落ち度がないことも一定の理解を示していた。
遠方から招いたにも拘わらず早々に帰してしまうことを心苦しく思っていると、帰り際ネルケ王女がフィユの肩に触れ、優しく「別にあなたが気にすることじゃないわ。今度はフィユ王女がうちに遊びにいらっしゃい」と言ってくれた。
ロゼは調査のためグランツクリーゼに残ることとなり、現在は、城の敷地にある別棟の一室にいる。地上三階、窓は一つ。そして出入り口には、見張りの騎士が二人。ゲストを守っているようでいて、その実はロゼを軟禁している状態である。
自室のベッドに腰掛け、フィユは溜息を吐いた。
ただでさえ緊張する相手とのパーティだったのに、シャグラン家がなにか企んでいたと思われる事態になったのだ。なにも知らされず、ただ家のために利用されたロゼの心境も気に掛かる。
「ねえ、リヒト。ロゼは、どうなるのかしら……」
「……ヴォルフラートの判断に委ねられますので、私からは何とも申し上げられません」
「そう……」
いまのロゼは人質のようなものだ。シャグラン家の取り調べが済むまで、証拠を隠して逃げられないようグランツクリーゼで抑えておき、そのあいだにヴォルフラートと合同で調査をする。
数日かかる調査のあいだ、彼はこの国で籠の鳥のように過ごさなければならない。
「ロゼがいまいるのって、以前リヒトが近付いてはいけないと言っていた、西の宮よね。あそこはどういう場所なの?」
「基本的には、来客をお泊めする場所です。今回のようなことにも使われますが、特別に忌まわしい建物ではありませんよ。ただ……」
言葉を濁したリヒトを見つめ、先を促すと、リヒトは窓の外に視線を逃がして続ける。
「西の宮の先にある尖塔……あそこが、罪牢宮となっております」
フィユの部屋は東側に面しているため、直接その塔を目にすることは出来ない。だが、東側には騎士団詰所のある塔が二つ並んで見えるので、代わりにその塔を眺めた。
「レダの家族を隠していた場所は、罪牢宮の更に地下にあります。雑物を纏め置くために拡張していたところで、彼らは作業員に匿われていました。水や食事も、作業員たちから分けてもらって繋いでいたようです」
「そう……」
なにも聞かされないままリヒトに地下へ連れて行かれたあの日。あの場所で見た光景はいまもフィユの目に焼き付いている。罪牢宮とは、罪を犯した者の階級によって囚われる部屋が異なる場所である。貴族や王族であれば、ロゼのいる客室に近い部屋。役人なども相応の待遇が約束された部屋が用意される。
だが、庶民の出である使用人ともなると、一気に部屋の階級が落ちる。その作りは殆ど地下牢と同様で、寝台と排泄用の壷があるだけだという。レダたち一家がいたのはそんな罪牢宮ですらない、作業場の一角だった。
「……レダたちは間に合ったけれど、間に合わなかった人たちもいたのよね……?」
フィユの縋るような眼差しに、リヒトは偽りで繕うことなく頷いた。
犯してもいない罪を償わされることが、どれほど無念であるか。ロゼも同様に、きっと我が身に起きたことを理解出来ないままあの場にいるのだろうと思うと胸が痛い。
フィユは愁いを帯びた目で窓の外を眺め、ひっそりと祈った。