明朗な少女の面影
「ふっ……ふふ、そっか。じゃあ、楽しみにしとく」
先に表情を崩したのは、ネルケ王女だった。子供のように無邪気な表情でそう言うと、手にしていたグラスを揺らして覗き込み、一口含んだ。
「あの花は、フィユ王女が選んで用意したの?」
「いえ……ネルケ王女にお詫びの品としてお花を贈りたいと、レダ……ええと、メイドにお願いして、城下で整えてもらったのです」
フィユの言葉に、ネルケはまたもや意外そうな顔をした。なにかおかしなことを言ってしまっただろうかと不安になるフィユに、ネルケ王女は優しい笑みを見せた。
「メイドのこと、名前で呼んでるんだね」
「はい。誰よりも身近にいて、一番お世話になる人たちですから」
「そう……言われてみれば、そうよね。あたしも故郷で暮らしてたときは名前で呼んでたはずなのに、いつの間にかそんなことも忘れてたわ」
ネルケ王女は目を伏せ、グラスに揺れる赤い果実酒を見つめて呟く。
「ヴィンデさんもクレアも、お転婆でどうしようもなかったあたしを支えてくれてたの。それと同じくらい、お城のメイドたちにもお世話になってるのにね」
「お転婆……」
自嘲するネルケ王女が零した言葉の中に、意外なものがあり、フィユは思わず口にしていた。ネルケ王女はまさかそこに触れられるとは思わず、きょとんとして問い返す。
「そんなに意外?」
「え、ええ……」
「わりといまもそうじゃないって言われるけど……」
フィユの目には全くそうは見えなかったので、何と答えれば良いか迷ってしまった。
「とても堂々としていて品もあって、クラウス王子と並ぶととても絵になっていたので、わたしにはそうは見えませんでした」
「……そんな褒めても、なにも出ないわよ」
ほんのりと赤く染まった頬を隠すようにフィユから顔を背けると、ネルケ王女は会場に目を向けた。多くは歓談しているが、一部はなにを話しているのかとこちらをチラチラと窺っている者もいる。
「そろそろ戻ろっか」
「はい」
歩き出し、フィユがついてきたところで、ネルケ王女はふと足を止めた。
「そうだ。フィユ王女は、まだ国の外には出られないんだっけ?」
「ええ……でも、もう少ししたら各国へ訪問することになると聞いています」
「それなら、うちに来るときはエヴァルトも案内するわ」
「良いのですか……?」
言外に、王女の侮辱的な発言のことを潜ませて訊ねると、ネルケ王女は不敵に笑って、
「たまには田舎でゆっくりするのも悪くないでしょ」
そう言うと、軽い足取りでホールへ戻っていくのだった。