婚姻という名の刑罰
「……その、シャグラン家の方はどちらだったの?」
フィユは、ヴォルフラート王国と領内の貴族の名を思い出しながら、リヒトに問うた。リヒトは顔色一つ変えずに「熱心な教会派でした」と言うと、フィユが開いていた資料のページを、一言断りを入れてからめくった。
「一昨年、当時のシャグラン家当主……ロゼ様のご両親が領民たちの革命運動により処刑されました。その後、王家はロゼ様の兄君にお父上の跡を継いで領地を治めるよう命じ、現在は兄君が現当主となっております」
「では、ロゼ様はグランツクリーゼ王家とヴォルフラート王国が間接的に縁を得るため、婚約者候補として残っているのね」
「ええ。革命派の強い後押しもあって、辞退出来ずにいるようです」
「それって、何だか……」
まるで、王女と婚姻関係になることがロゼに与えられた罰だと言われているようだ。
言葉を濁したフィユの想いを、リヒトは否定しなかった。恐らくそれだけではないとはいえ、償いの意味も十分含まれているのだろう。
貴族社会の仄暗い部分を垣間見た気がして、フィユは目を伏せた。
ロゼの事情はともかく、ヴォルフラートとの国交はしっかり抑えておきたいところだ。エスペランサとは別方向で互いに支え合える国である上、彼の国の錬金術は他国の追随を許さない高度な技術力を誇っている。更にいまは国をあげて錬金術学校を建設しているという。子供が国立の学校で錬金術を学ぶことになれば、将来的には更に発展するはずだ。
――……と、そこまで考えて、当たり前のように他国に対して国益があるか否かという目線で見ていることに気付き、フィユは少しだけ落ち込んだ。
「間もなくヴォルフラート王国領も落ち着かれる頃でしょう。お招きするには良い頃合いですし、次回はロゼ様もお呼び致しましょうか」
「そうね……残ってくださっている五名の方は全員しっかりお会いしておきたいわ」
「では、そのように手配致しましょう」
次回は、ヴォルフラート領の貴族を招いたパーティになりそうだ。フィユは改めて彼の王国の歴史や文化、それから貴族の名前などを頭に叩き込んでいった。
記憶喪失を言い訳に失礼を働いては、これまで王女が築き上げてきた悪評を更に強固なものにしてしまう。それでは、フィユが身代りとしてここにいる意味がないのだ。
狂信の従者が求めているのは、国を背負い、良き方向へと導く存在と生まれ変わった、誰もが認める気高き王女。路地裏を這いずり回る薄汚い鼠だった少女を一人殺してでも、高潔な魂を持った王女に生まれ変わらなければならない。
「そうだわ。解消した婚約を、もう一度結び直すことってあるの?」
「滅多にあることではありませんが、あり得ないとも言えません」
例えばと前置いてから、リヒトは結婚に反対した親が一方的に解消するも、その両親が急逝したことで再度婚約者として縁を繋ぐこともあるという。或いは、家にあらぬ風説が流れた際、一時的に婚約解消をし、噂を流した元をあぶり出すこともあるのだとか。
たとえ話にしては随分と具体的だったが、フィユは触れずにおくことにした。
「そう……でも、わたしはそういうこともなさそうだから、いま残ってくれている五人の方から選べばいいわよね」
「……そうですね。互いに承諾した上でのことならまだしも、一方的に解消しておいて、再度縁をというのは、相手にとって侮辱になることもございますので」
「わたしの場合は、仕方ないと思うわ」
一方的な婚約解消も手紙のみで交流を断たれることも、やむなしであると思う。そして再度結ばれることはないだろうことも、これまでの周りの反応で痛感するのだった。