彼の国と此の国
エスペランサとの会合が終わってからも、フィユは王女として出来ることをこなす日が続いた。領内の貴族とのパーティや隣国との交流、それらをこなすための学習など。城に来て暫くは療養ということで緩やかだった時間の流れが、路地にいた頃と変わらないほど目まぐるしく過ぎるようになっていた。
隣国とは言うものの、王城同士が比較的近いヴァルトは、他の婚約者候補に比べて多くフィユの元を訪れてくれていて、彼との会話は忙しいフィユの癒しでもあった。
ある日のこと。
次のパーティに備えて各国の要人や貴族たちの名と顔、あげた功績を覚えている最中、ふと疑問が浮かんだ。
「ねえリヒト。婚約者候補は五人と聞いたけれど、これって多いの?」
「王族の婚約者候補としては少ないほうでしょうね。ただ、評判にしては残ったほうではないかと。次々辞退されて五人となりましたが、当初は数十人おりましたので」
「そう……」
そう言われてしまうと、確かに残ったほうだと思った。
「残られた五人の候補の方々は、それぞれ訳あって王家との縁を望んでおられますから」
リヒトの言葉を受けて、フィユはこれまで会った婚約者候補たちを思い出してみた。
ヴァルトは王女の幼馴染みだ。彼はとても優しい性格で、どれほど苛烈に当たられても王女を見捨てることが出来なかった。それに彼自身、いつか心を入れ替えて母親のように穏やかな女性になってくれると信じていたと言っていた。
カイムの考えは、未だ読めずにいる。あれほど激しく軽蔑していたのに婚約者候補から辞退せずにいたのは何故だろうか。話を聞くに、フロイトシャフトは王家に跡取りを一人差し出してまで結びつきを得ずとも、生き抜けるだけの力があるように思う。地方の色が強く、瞳の色だけでフロイトシャフトの民だとわかる特色があるなど、なにかと個性的な領地だが、公子二人が婚約者候補であり続ける理由は見えてこない。
エスペランサのデューンは、あの性格だからこそだろう。国同士が離れており、王女の噂が入りにくかったこともあるのかも知れないが。砂塵の国と、水に満たされたこの国が婚姻を機により強く結びつくなら、元の地力も加わって大国にまでなれるように思う。
「……五人ということは、あとお一人いらっしゃるのよね?」
「はい。別大陸にあります、ヴォルフラート王国領シャグラン家伯爵、ロゼ様です」
「ヴォルフラート王国……」
ヴォルフラート王国とは、数年前に大きな事件があった国だと記憶している。枢機院が二分し、聖教会を名乗る宗教組織を用いて第一王子を傀儡化して、教会派の貴族が王家を乗っ取ろうとした事件だ。結局のところ企みは失敗し、教会は解体。教会派だった貴族も次々民衆の不評を買ってしまい、火消しに奔走する日々が続いたとのことだった。
気候は温暖。グランツクリーゼとエスペランサの中間のような、一年のうち気温の高い日が大半を占めるが、それが原因で砂漠になるほどではない国土。牧畜と商業が盛んで、件の教会騒ぎの中心となった交易都市エヴァルトは王都と地方を結ぶ重要な拠点であると聞いている。
「ヴォルフラート王国って、錬金術で栄えている国よね。この国の噴水や転送鏡もそこの技術で作られていると聞いたわ」
「はい。グランツクリーゼは魔術こそ発展しておりますが、錬金術は未発展……そして、ヴォルフラート王国は近年盛り返してはきたものの、教会の横行により、魔術が衰退してしまっています。ゆえに、互いに縁を望んでいるのです」
こうして話を聞いていると、本当に国や貴族同士が結びつきを求めたがゆえの結婚だとしみじみ思う。候補を選ぶのも、誰が最も国益になるかを厳選しろと言われているようなものだ。