狂信の刃
「それなら、証を頂戴。あなたがわたしのものだという印を……」
「はい。フィユ様のお望みのままに」
頬に触れているフィユの手を取り、指先に口づけをする。そしてそのまま頭を下げると両手を床につき、フィユの足の甲にも口づけをした。その足を軽く持ち上げればリヒトの顔が僅かに仰のく。足先に顎を乗せられたリヒトは、熱のこもった恍惚の表情でフィユを見つめた。
「氷の荊で縛り付けて、甘い毒に浸して……いまのわたしは、あなたの望み通りの王女になれているのかしら」
「ええ、フィユ様」
その証を見せようと、リヒトはフィユの足に舌を這わせた。素肌の足首に口づけをし、うっとりと舐め上げる。やわらかなスカートをたくし上げると忠臣の熱い舌は細い脹脛を辿り、やがて太ももへと至った。初めてこの城でリヒトの狂気を目の当たりにしたときと違い、フィユは静かに彼の行いを見守っていた。
白い内腿に、紅い華が散らされる。もしこれが思いを通わせた相手なら愛情表現ということになるのだろうが、彼は違う。暗く滾る執着と狂気の発露でしかない。そして、その狂気を抱くに至った理由は、恐らく欠け落ちている記憶のどこかにあるのだろう。
「……あなたは、本当にこの国を愛しているのね」
自ら散らした華を確かめるように、目を閉じて滑らかな内ももに舌を這わせるリヒトを見下ろしながら、フィユはぽつりと呟いた。
「王家には、浅からぬ思い入れがございますので」
この国は、女性が王位を継ぐ。同性の双子が生まれた場合、外の家に預けて平民として育てられる。王位継承者に何事もなければ、その子供は平民のままなにも知らずに生涯を終える。男兄弟はいざというときの保険として育てられるが、王位を継ぐことはない。
それが、ここに来てから学んだグランツクリーゼ王家の有り様だ。
「ですが、私にとっての王女は、初めからフィユ様ただお一人です」
熱い吐息が脚に触れる。繊細な手が、フィユの太ももを撫で上げていく。背筋が粟立つ感覚に身を捩るが、フィユは抵抗せずにそれを受け入れた。
「王家の血が続けば誰でも良いわけではないのです。フィユ様」
フィユの心臓を射抜く瞳は、火傷しそうなほどにどこまでも鋭く冷たい。フィユの脚を撫でる手は、肌を切り裂かんばかりに優しい。これは、恋しい人の性感を煽る手つきではない。自らが作り上げた人形の出来を確かめる、人形師の手つきだ。
偽りの王女という人形は、本物の王女に成り代わるために彼の手により作られた。彼の望みをはっきりと自覚したいま、他の道は全て塞がれたのだと理解した。
「ここまできて、逃げるつもりはないわ。この国からも……そして、あなたからも」
氷の荊で玉座に飾り付けられるそのとき、フィユは王女として完成する。
断片でもリヒトの思惑を知ったことで、一年後を憂う気持ちが消えるわけではないが、先が見えない不安からは解放された心地だった。