荊の鎖と玉座に咲く花
爽やかな風が、フィユとデューン王子のあいだをすり抜けていく。背後の噴水では水を飲みに来た小鳥たちが遊び回る音がして、時折遠くで枝葉が揺れる音もする。風が吹けば砂が巻き上がる故郷と全く違う光景に、デューン王子は暫し時を忘れて浸っていた。
「……日が傾いてきたな」
「そうね……」
間もなくデューン王子たちは帰らなければならない時間となる。フィユが隣を見ると、同時にデューン王子もフィユを見て、穏やかに微笑んだ。無骨で大きな手がフィユの頬に触れ、優しく撫でる。その手が心地良くて目を閉じると、小さく笑う気配がした。
「王女様、グライフみたいだな」
「……? わたし、あんなに可愛らしいかしら」
素朴な疑問を口にしながら目を開けてデューン王子を見上げると、目を丸くした王子と視線がぶつかった。彼の表情を言葉にするなら「なにを言っているんだ」だろうか。
「フィユ王女は十分可愛いと思うけど、言われたことないのか?」
「え、ええ……デューン王子も、わたしの評判は聞いているのではないの……?」
「そりゃ、あるけど」
記憶を辿っても、誰かに容姿を褒められたことはなかったはずだ。あるとしたら過日の名をもらったときだが、いまは別人としている以上あれを数えるわけにはいかない。
お互い不思議そうな顔で見つめ合う中、口火を切ったのはデューン王子だった。
「王女様は可愛らしい人だ。周りが何と言おうと俺はそう思う」
真っ直ぐに見つめられながら衒いの無い褒め言葉をかけられ、フィユは自分の頬が熱くなるのを感じた。目を瞠ったまま一瞬で火がついたように赤く染まったフィユの反応に、デューン王子も思わず照れてしまい、絡み合っていた視線が逸らされた。
「わ、悪い。いきなりこんなこと言われても困るよな」
「いえ……そんなふうに言ってもらえてうれしかったわ」
フィユが無価値な石ころだったときも、我儘王女と聞いてきているはずのいまも、彼は変わらず真っ直ぐな心を言葉にしてくれる。デューン王子の故郷にとって、太陽は過酷な試練を与える存在かも知れないが、彼は防ぎようもなく降り注ぐ陽光そのものに思えた。
明るく、眩しく、隔てがない。名残を惜しむように、頬に添えられたまま逃げることを忘れたデューン王子の手にすり寄り、フィユは自らの手をそっと重ねた。
「フィユ様」
それまで、フィユたちから少し離れた位置で見守っていたリヒトが、短く声をかけた。時間が来てしまったのだ。
「……名残惜しいけど、戻んねえとな」
「ええ。……鏡の間に案内するわ」
そっと離れたぬくもりに寂しさを覚えつつ、どうにかそれを胸の奥に押し込めて静かに立ち上がり、スカートを整える。ひと呼吸置いて顔を上げ、寂しさを表に出さないよう、笑顔を作った。
「参りましょう」
背筋を伸ばしてデューン王子を見上げたその顔は、先ほどまでの雛のように甘えていた少女のものではなく、凛とした王女のものだった。
当たり前のことなのに、それがなぜか、デューンは寂しくて仕方がなかった。




