真逆の国の真逆の継承者
フィユのドレスは、レンという植物の葉を加工して作った糸で出来ている。やわらかく加工しやすい繊維の植物で、他の植物の染液につけるとその色に染まる性質を持つ。以前パーティの場で果実酒を零されたとき、奥まで染みてしまっていたのは、ドレスの素材である繊維が抑々染まりやすい性質だったためだ。
更にレンの繊維は加工しやすい反面、損傷にも弱い。防具どころか労働階級が普段着として身につけるのにも不向きな素材であるため、レンのドレスは全く激しい動きをしない上流階級の女性のみが身につける特別な繊維であるとも言われている。
その一方で、ファールゥの糸は真逆の性質を持っている。下手なナイフ使いなら傷にもならず、熱も防ぎ、砂塵も弾く。代わりにこの糸でフィユが着ているデザインのドレスを縫おうとすれば、あまりの重量に身動きが取れなくなるだろう。
「それにしても不思議な獣よね。暑い土地じゃないと毛皮が全く育たないなんて。殆どの獣は、防寒のために毛皮が発達すると聞いたのだけれど」
「アイツはエスペランサで生きるために進化した種だからなあ」
そう言って、デューン王子は腰に巻いている布を指で摘まんで見せた。エスペランサの伝統的な模様が織り込まれた布は、彼の褐色肌に良く映えている。
「この布もファールゥの毛皮で織ったやつなんだ。毛織物はともかく、ファールゥ自体は交易品にはならねえんだよな。寒冷地なんか特に、贈った日に死んじまう」
ファールゥは体毛の一本一本から熱を放射し、角に絡みついた蔦状の部位から大気中の魔素と水分を吸収する。過酷な土地で生きるために進化した獣は、過酷な土地でしか命を繋ぐことが出来ない。同じ祖先を持つ獣が寒冷地のとある国に生息しているが、そちらもやはりエスペランサに送ったその日に死んでしまうことだろう。
「だからあの大陸にしか生息していないのね」
「ああ。だからこそ、アイツはうちの象徴なんだ」
エスペランサの国章には、ファールゥが描かれている。中心にクロスした直剣があり、左右に後ろ足で立ち上がったファールゥが向かい合い、そして頂点を王冠が飾っている。勇壮なエスペランサの民族性を現した、勇ましさが窺える国章だ。
グランツクリーゼの国章は、白い石造りめいた柱が左右を固め、中心に庭薔薇を抱いた王城が佇み、その上に女王が戴冠式で頂くティアラが輝いているというものだ。
グランツクリーゼは代々女王が治める国で、王女が幼いうちに女王が亡くなるなどした場合のみ国王が代わりに国の頂点に立つこととなる。なにがあろうとも、必ず男性のみが跡を継ぐ首長国エスペランサとは真逆といえるほど異なる制度だ。
「お互いの国のことを話すだけでも、世界の広さを痛感するわ」
「まあな。だからこそ俺の国では、後継者候補は満十歳になったら世界を旅する決まりがあるんだと思う」
「そう……厳しい決まりだと思っていたけれど、必要なことなのね」
「それすら乗り切れないようじゃ、あの国は治められねえからな」
前を向いて言い切るデューン王子の横顔を見つめ、フィユは胸が軋む心地がした。日に焼けて傷跡が白く浮いている手を取り、小さな両手で包む。
「……フィユ王女?」
「今日、あなたに会えて本当に良かった……」
困惑するデューン王子に微笑みかけ、フィユは心からの言葉を伝えた。
これから先、知らないままではいられないことが、きっと多くのし掛かってくる。その一歩として、砂塵の民の現状を知れたことはフィユにとって大切な収穫となった。




