水と花と砂塵の王子
「このあとは、お城を案内してもらえるんだよな」
「ええ。どこか見たいところがあれば案内するわ」
フィユの言葉に、デューン王子は顎に手を当てて少し考えてから、パッと顔を上げた。
「なら、フィユ王女が好きな場所を教えてくれ」
「わたしの……?」
予想外の答えに、フィユは目を丸くして首を傾げた。
「おう。ずっと暮らしてきた城なんて見飽きてるかもしれねえけど、記憶をなくしたいま改めて見たら、見え方が違うこともあるんじゃねえかと思って」
「王子、その言い方は……」
明け透けな物言いを、ツィンが小声で諫める。が、フィユは小さく頷いてから、二人を見上げて「それなら一箇所あるわ」と笑みを見せた。
「リヒト、いまあの場所は……」
「仕事の時間ではありません」
「それなら丁度良かったわ。わたしのお気に入りの場所があるの。ついていらして」
歩き出したフィユの隣をデューン王子が歩き、その後ろをそれぞれの従者がついていく形で、フィユお気に入りの場所を目指す。長い廊下を抜けて城の裏へ回り、賓客の在城で忙しない使用人たちが行き交う気配も遠くなった頃、その場所は見えてきた。
いくつも並ぶアーチ状の柱のあいだを抜けるとその先は丁寧に整えられた中庭だった。色鮮やかな庭薔薇の生け垣が並び、噴水には小鳥たちが水浴びに訪れている。
「ここよ。とても綺麗な場所なのだけれど、お城の外れのほうにあるから昼間でもあまり人がこないの」
「すげぇ……!」
デューン王子は目の前に広がる景色に目を奪われ、やっとそれだけ零した。なにもかも故郷とは違う。潤沢な水に、枯れる心配など知らないかのように咲き誇る花々。正面にも大きな噴水があったが、この国は、この城は、これほどまでに水で満たされているのだと思い知る。
「こんな、綺麗な水がたくさん……」
「……そうね。デューン王子のお話を聞いて、改めて恵まれていると思ったわ。城だけでなく街にもたくさん井戸があって、川も近くにあって……」
「場所が変われば環境も変わるからな。代わりにグランツクリーゼじゃあ、ファールゥは育てにくいだろ」
デューン王子の言葉に、フィユは頷きながら資料で見たファールゥの姿を思い浮かべていた。砂と乾燥が支配する土地に於いて、日よけと砂避けの存在は生死を分ける。彼らのテント生活で重要となるのが、そのファールゥというエスペランサを象徴する獣だ。
蔦草が絡みついた大きな角が頭に二本あり、全体が白い体毛で覆われた四本脚の獣は、不思議なことに毛皮で全身が覆われているときにこそ熱を弾く特性を持っている。毛皮が立派であればあるほど熱を放射する力に優れていて、そんなファールゥの毛で織った布はエスペランサの過酷な環境を行く抜くのに必須の品だ。
エスペランサの民は年に一度、祭のため王城で生活する月があるが、その祭は毛刈りと紡績のための貴重な時間を確保する役割も持っている。毛皮を刈り取られたファールゥは陽光に対して無防備になるため、日の当たらない家畜小屋で丁重に扱われるという。
デューン王子との会談を控えて勉強したこれらの情報を頭の中に巡らせつつ、フィユは王子を誘い並んで噴水に腰掛けた。