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Under the Rose~ヒメゴトは氷の薔薇の許で  作者: 宵宮祀花
六幕✿精巧なる偽造国花
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砂塵の国と水の国

「どうぞ」

「おう」


 両開きの扉をメイドが開け、フィユがデューン王子を中へと導く。

 会食のために整えられた部屋は会談の場に並ぶほど格調高く、形式張った雰囲気をした内装になっていた。壁の中央には互いの国章が掲げられ、その左右を大きな花瓶に活けたそれぞれの国をイメージした花が彩っている。

 頭上には錬金機構を使用した豪奢なシャンデリアが輝き、テーブルの上にも花や燭台が飾られている。テーブルクロスは今し方店から仕入れたばかりのように皺も染みもなく、椅子の背もたれには稀少な鉱石が惜しげも無く使われている。

 国同士の交渉の場では国力を見せつけることが間々あるとリヒトから聞いてはいたが、こうして形として目の当たりにするとフィユのほうが気後れしてしまう。

 デューン王子が奥の席に着いたのを見て、教わったとおりの手順でフィユも席に着く。その緊張した所作を見て、デューンは優しく笑いかけた。


「フィユ王女、戻ってから初めての会食か」

「ええ……実はそうなの」

「そっか。なら、練習の気持ちでいるといいぜ。さすがのツィンも王女様まで叱ったりはしないだろうしな」


 デューン王子の傍に控えているツィンが僅かに眉を寄せたが、口を開くことなく暢気な王子の後頭部を睨むだけに留めた。気さくな王子と真面目な従者のやりとりを見ていると彼らの関係性や、故郷での様子まで目に浮かぶようで、フィユは緊張で強ばっていた体が僅かにほぐれるのを感じた。

 無名の孤児に名を与えたときから、彼は変わっていない。優しくて他者を護ろうとする心の強い、いずれ国を背負っていくに相応しい青年だ。


「ありがとう」


 やわらかく微笑み、姿勢を正す。もう、部屋に入ったときのような気負いは感じない。本当に練習のつもりでいるわけではないけれど、デューン王子の優しさはフィユの重圧を吹き消してくれた。


 食事が運び込まれ、会食が始まる。食器が擦れる微かな音だけが支配する静かな空間の中で、フィユはこれまで自室でリヒトに叩き込まれた所作で食事を進めていく。

 順調に食事が進み、最後にデザートのケーキが運び込まれたとき、フィユは僅かに目を輝かせた。深い緋色のベリーは、フィユの好物だ。会食の席ではしゃぐわけにはいかず、静かに平静を装ってスプーンを口に運ぶ。甘酸っぱいゼリー部分ととろりとしたムースが舌の上で交じり合い、華やかな香りを残して喉へと消えて行く。


(このケーキも、グランツクリーゼだからこそ作れるのよね……)


 ガーネットベリーはローズベリーという名の果実の苗を他国から輸入し、この国で育成するうちに変異した新種で、この国の特産品でもある。広大なベリー畑は、花の時期には白い花畑に、収穫の時季には赤い果実畑になる。加工した果実は他国に売ることもあり、温暖な気候の土地でしか育たない性質ゆえ、特に寒冷地や乾燥地には高く売れるという。

 グランツクリーゼは温暖な気候と広大な土地を誇る穏やかな国だ。交易が盛んで、港に交易船が来る度城下の市が大層賑わうと聞く。デューン王子の故郷とも交易をしており、エスペランサからは先の会談でも継続の意思を伝えた、上質な毛織物を仕入れている。

 フィユの手のひらにも収まりそうな小さなケーキが、エスペランサでは上等な織物にも並ぶ価値を持っているのだという話も、会合で彼の口から聞いたばかりだ。それを思うとやはりこの国は他国に比べて恵まれていると思う。少なくとも、明日の水の心配をせずにやわらかな寝台で眠りにつくことが出来るのだから。


「王女様、ぼんやりしてどうした?」

「……! い、いえ……」


 食事が終わり、退室しようという頃になっても席を立たなかったことを不思議に思い、デューンが声をかけた。フィユは慌てて取り繕い、笑顔で「何でもないの」と答えると、二人に続いて部屋を出た。

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