国のために咲く花
「失礼致します」
フィユがグライフと戯れているところへ、メイドが城内から現れて一礼した。
「お食事のご用意が調いました」
「ありがとう。すぐ向かうわ」
メイドは再び静かに一礼し、仕事へと戻っていった。
彼女はまだフィユとは深く関わろうとしないメイドで、用があるときも最低限の内容を告げると早々に立ち去ってしまう。恐らくは彼女も、以前の王女に強く当たられたことがあるのだろう。廊下ですれ違うときも、端に避けて頭を下げてはいるものの、纏う空気がわかりやすく刺々しいのだ。
フィユはグライフをひと撫でするとデューン王子に向き直り、ふわふわの羽に埋もれて乱れたドレスを整えた。
「それじゃあ、案内するわ」
「おう。よろしく頼む」
王子たちと連れ立って、フィユは会食の場に向かった。広く長い廊下は小さな染み一つなく磨き上げられており、所々に飾られた花は常に瑞々しい。
それらを眺めながら、デューン王子は感嘆の息を漏らした。
「わかってはいたけど、この国は、水も花もたくさんあるんだな」
「そうね。いつか……デューン王子の故郷にも行ってみたいわ。実際にこの目で見てこそわかることもあると思うの」
フィユの言葉に、デューン王子はツィンと顔を見合わせた。
エスペランサはここから遙か南の、熱砂に覆われた荒れ地が広がる国だ。馬車と帆船を使って数日かかるほどの距離があり、それだけの苦労をして訪ねてもグランツクリーゼのような豪奢な城もなければ、豊かな水や食事もない。そのことは先の会談で改めて伝えてあるはずなのに、それでもフィユは今後のために訪ねたいという。
反応がないことに不安になったフィユが、足を止めて二人を見た。
「ごめんなさい。わたし、なにかおかしなことを言ってしまったかしら……」
「ああ、いや、そんなことないぜ。ただ……」
一度視線を逸らし、逡巡してから、フィユに視線を戻す。その一連の仕草に彼の王子としての葛藤が見られ、フィユは黙して続きを待った。
「……来ることがあるとしたら、王女様が誰かに嫁いで国が落ち着いたあとか、その……俺との婚約の話が進むときだと思う」
「そう……そうよね。抑々婚約のことだって、国交のためのお話だもの」
王女という立場であるなら当然のことだ。国益のために伴侶を選び、国のために生きることを当然のように求められる。
摘み取られるまではこの場所で咲き続けると決意した以上、その言葉を覆す気はない。フィユは王子たちに「足を止めてしまってごめんなさい」と断って、今度こそ会食の場に案内した。