大きな雛
会談のための部屋を出たあとは、デューン王子の希望でグライフのいる庭へ出ることになり、フィユとデューン王子、そしてリヒトとツィンはグライフの元を訊ねた。翼を畳み丸くなって寝ていたグライフだが、フィユたちの足音を捕えると体を起こし、甘えた声で鳴きながらすり寄ってきた。
「おはよう。起こしてしまったかしら」
大きな頭を抱き止めながらフィユが話しかけると、グライフはまるでそれに答えるかのように声を上げて翼を広げる。
「そうだわ。会談が終わったら、デューン王子に訊きたいことがあったの」
「なんだ?」
「この子の名前とか、どんなものを食べるのかとか、色々と……」
「ああ、そういや何にも説明してなかったな」
くるくると喉を鳴らして会話に参加しているグライフを見上げながら、デューン王子が「うちでは普通に飼われてるペットだから、うっかりしてたな」と笑って言う。その様を呆れた様子で見守っていたツィンが、デューン王子を潜めた声で呼んだ。
「こちらを」
「うん?……いつの間に用意したんだ、これ」
「昨晩。こちらのメイドに紙とペンを用意して頂きました」
そのやりとりをフィユがグライフに埋もれながら眺めていると、デューン王子が数枚の紙束をフィユに差し出した。目をやればグライフの飼育方法が記されているようで、手に取って見ると主な嗜好食から性質、不調の際の見分け方まで書かれていた。
「これは……」
「口頭での説明には限界がありますので、僭越ながらご用意致しました」
「ありがとう。とても助かるわ」
丁寧な公用語で書かれたとてもわかりやすい文章で、付け焼刃の学しかないと自覚しているフィユにも辞書などに頼らず読める内容だった。フィユがさっと目を通していると、デューン王子も寄ってきて一つ一つ指をさしながら補足説明を添えていく。そんな二人の様子に加わっているつもりなのか、グライフも上から覗き込んできた。
「で、最後に名前だけど、実はまだコイツには付けてないんだ」
「そうだったの? でも、こんなに大きくなるまで名前がないのは不便じゃ……」
「いやあ、デカく見えるけど、コイツまだ一歳だからな」
「えっ」
笑顔で言うデューン王子の言葉に驚き、反射的にグライフを見上げる。くるくると喉を鳴らしてすり寄る理由は、生来の甘えん坊な性格もあるが、抑々子供だからだったのだ。
「献上品だから、俺たちが名付けちまうわけにはいかねえんだ」
「そう……なら、わたしが名付ければいいのかしら」
「おう、そうしてやってくれ」
眩しいほどの笑顔で頷かれ、フィユは思考を巡らせた。無名の石ころだった自分が他のなにかに名前を与える日が来るなど、思いもしなかったことだ。