野花は国花に変わる
会談の場は昨日のテラスと違い、仰々しく飾られた部屋だった。
繊細な彫刻が施された柱に、大きな絵画が飾られた壁、天井にも国に伝わる精霊の絵が描かれており、全方位どこを見ても隙がない。
「……昨日も、こんな部屋でお話をするはずだったの?」
「ええ、予定では」
改めて室内を見回してみる。広さは然程ではないが、意匠の凝った調度品や芸術品が、室内を拡張高く魅せている。壁際には互いの国を象徴する国章が掲げられており、ここが正式な会談の場であることを表わしていた。
「これからきっと、こういう場に出る機会も増えるのよね」
「そうですね。体調もよくなられてきたようですし、公務に戻られる日も近いかと」
王女としてここにいるということは、いずれはこの国を背負う立場になるということ。国という大きなものを支えてなお、真っ直ぐ立てるようになるということ。
いまになって、王女が以前言っていたという「自由になりたい」という言葉の意味が、少しだけ理解出来た気がした。
「でも……それは、自分を捨てるということだわ」
「フィユ様……?」
フィユは高く掲げられた国章を見上げながら、静かに呟く。
「……花は根を下ろしたところでしか咲けないのよ。誰かに摘み取られない限りは、ただそこにあることしか出来ないの」
路地裏で、ギラついた目をした見知らぬ男たちに追い回されて。逃げた先で奴隷商人に捕まって。突然身形の良い少女に買われて。そうして……為す術なく王女の身代りとして城に連れてこられた。摘み取られた花は王城に飾られ、偽りの身分を与えられてこうしていま会談の場にいる。
異国の王子と、公的な会話をするために、王女として。
「わたしは、わたしを捨てるわ。少なくとも、咎人としてこの国から追われない限りは」
「フィユ様、それは……」
リヒトを振り向き、フィユは眉を下げて微笑んで見せた。
恐ろしくないと言えば嘘になる。目眩がするほどの重大な責任を負ったことなどないのだから。けれど、なにもかも投げ出してしまいたいとも思えなかった。いままで出会ってきた人たちの心に触れて、フィユの心にも変化が芽生えていた。
「あなたがなにを望んでいるのかは知らないけれど、国のためであることはきっと本当のことなのでしょう……? それなら、誰にも望まれていない孤児の娘が一人消えるくらい損失のうちに入らないはずだわ」
真っ直ぐに背筋を伸ばして静かに宣言するフィユの足下に跪くと、リヒトは恭しく頭を下げた。
「私は常に、フィユ様のためだけにあり続けます」
「ええ、リヒト」
笑みを消して唇を引き結び、扉を見つめる。間もなく時間だ。憐れな孤児の少女を心の檻に閉じ込めて、グランツクリーゼ王女として立つときがきた。




