触れ合いタイム
「お待たせ。お話しているあいだ、いい子にしていてくれてありがとう」
フィユはすり寄る大きな頭を抱き止めて顎の下を撫で、喉を鳴らして甘えるグライフに半ば埋もれながら褒めた。デューン王子の言った通り、とても賢い個体のようで、主人が会話している最中には決して邪魔をしなかった。
「そういえばあなたがなにを食べるのかとか、聞きそびれてしまったわ。明日も彼とお話出来ると良いのだけれど……」
フィユが何気なく呟くと、グライフは小さく鳴いて翼をはためかせ、先ほどまでお茶をしていたテラスをじっと見つめた。そこではメイドたちが片付けをしており、茶器などがワゴンに手際よく載せられている。
テーブルには装飾のために置かれた果物の籠だけが残っており、グライフの視線はその果物籠に注がれているようだ。
「もしかして、あれ……?」
フィユが訊ねると、グライフは「きゅ、きゅい」と機嫌良く声を上げた。それを聞いたフィユは片付けをしているメイドの傍に寄り、一言声をかけてから籠の果物を一つ取ってグライフの元へ戻った。手の中の果実を丸い瞳で見つめながら、グライフは餌を待つ雛のような高い声で鳴いている。
微笑ましい気持ちになりながら果物を差し出すと、うれしそうに啄んで食べた。
魔獣を初めとする魔法生物は、大気中の魔素を糧に生きることが出来る。食事は娯楽に過ぎず、栄養補給のために好みに合わないものを口にする必要がない。グライフも環境が厳しいエスペランサで育成出来る程度には食事をせずともいられるが、目の前に嗜好品があるのに与えないのも可哀想だ。
「そうだわ。ずっとエスペランサから飛んできたのに、わたしったらお水すらもあなたにあげていなかったわね」
とはいえ水差しの類はテラスにはない。噴水があるのは正面と中庭で、ここには水場が存在しないため、フィユはメイドが城内へ戻ったのを確かめてから両手を掲げて、祈りの言葉を呟いた。
するとフィユの手の中に、頭と同じくらいの大きさの水の塊が現れた。透明な水の塊を見て、グライフが不思議そうに首を傾げている。
「飲みにくいかも知れないけれど……どうぞ」
フィユの言葉を受け、グライフは小さく一声鳴くと水の塊を大きな嘴で挟むようにして食らいついた。ぱしゃんと水の弾ける音がして、グライフが犬のように首を振る。水滴が辺りに飛び散り、フィユもそれを頭から被った。
「ふふ、頭から水を浴びたのなんてどれくらいぶりかしら」
うれしそうにはしゃぐグライフを眺めていると、案内を終えたリヒトが戻ってきた。
「フィユ様、そろそろお部屋にお戻りください」
「そうね……」
名残惜しそうにグライフを見上げ、頬をひと撫で。グライフも引き留めることはせず、最後の挨拶というように頬をすり寄せて小さく鳴いた。
「また会いに来るわ」
フィユの言葉に応え、グライフが翼を広げて高く鳴いた。