砂塵に咲く一輪の花
エスペランサからの客人が間もなく到着するとの報せを受け、フィユは出迎えのためにエントランス前まで来た。だが一向に馬車の姿が見えず、傍らのリヒトを見上げる。
「ねえリヒト、馬車が見えないけれど、お客様はどちらからいらっしゃるの?」
「あちらを」
リヒトはそれだけ言うと、視線を前方の空へと向けた。
不思議に思いつつもリヒトが見てる先を追うと、巨大な鳥のような影が見えた。やがてその影が大きくなり、姿が確認出来る距離まで来ると、ふわりと城門前に降り立った。
城門からフィユたちの待つエントランスまで、大きな鳥のような生き物を引き連れて、人影が二つ近づいてくる。
鳥かと思われたその生き物は、四つ足の大鷲獣―――グランツクリーゼではグライフと呼ばれている魔獣だった。まるで愛玩動物のような首輪に繋がれたその魔獣を引き連れてフィユの前まで来ると、客人は胸の前で手のひらと拳を合わせて一礼した。
「お招き、感謝します」
「遠いところ、ようこそお越しくださいました」
フィユがスカートを小さく摘まんでお辞儀をすると、客人の背後でグライフが高い声で一つ鳴いた。顔を上げればつぶらな瞳が真っ直ぐに見下ろしていて、フィユは胸の奥から湧き上がる不思議な感情に突き動かされるようにしてグライフの前に進み出ていた。
「あっ、待て! ソイツは……」
突然グライフに近付いた王女を見て早速地が出てしまった王子を横目で見つつ、従者が嘆息する。しかし王女自ら近付いたとはいえ、自分たちが持ち込んだ魔獣が原因で怪我をしようものなら国際問題だ。大怪我されるよりは咄嗟の非礼のほうがマシだろうと瞬時に判断し、王子を止めることはしなかった。
「あなたも、長旅ご苦労様。エスペランサからずっと飛んできたのかしら?」
―――が、手を上げて声をかける王女に、グライフは目を閉じてすり寄り、幼獣が母に甘える際に出すような声で、くるくると鳴いた。遠目には固そうに見えた羽毛も、触れてみるとふわふわとしていてやわらかい。異国の太陽と風の匂いを感じ、フィユも思い切り胸の羽毛に埋もれて抱きしめた。
「あの、王女様?」
「……! ご、ごめんなさい! わたし、お客様のものを勝手に……」
ハッとして顔を上げ振り返ると、王子と従者が呆気にとられた顔でフィユを見ていた。客人を放置して魔獣に夢中になるなど、客人の目の前で土産のお菓子に食らいつくようで恥ずかしかった。
「あー……いや、それはいいんだが、グライフが頭を下げたのが意外でな」
「王子、言葉遣い」
「う……」
小さく窘められ、王子は喉に閊えたような声を漏らした。しかしフィユは王子の言葉を咎めることはなく、それよりも彼が口走った内容が気になったようで、不思議そうな顔で首を傾げている。
「グライフは魔獣の中でもプライドが高い生き物で、主人以外には決して触れさせないし近付かせないんだ……です」
「えっ、わたし、この子はとても人懐っこい子だと思っていたわ。ごめんなさい、勝手に触れられるのはいやだったのね」
前半は王子に向けて、後半はグライフを見上げながら言い、触れていた手を離して傍を離れようとすると、グライフがまた一つ高く鳴いてフィユに一歩近付いた。そして、再び頭をすり寄せて甘えた声で鳴き始める。
「あの……デューン王子……わたしはどうすれば……?」
半ばグライフに埋もれながらフィユが言うと、それまで黙って見守っていたリヒトが、くつくつと笑いながら進言した。
「畏れながら申し上げます。どうにも離れがたいようですので、茶会の場を東側テラスにするのは如何でございましょう? そちらでしたら元の広間に近いですし、これから場を移すにも然程の手間はございませんので」
「そ、そうね……準備をしてくれた皆には申し訳ないのだけれど、お話をしているあいだ外からこの子の鳴き声がし続けたら、わたしは集中出来る自信がないわ。デューン王子はどうかしら?」
「お、おう。俺もきらきらした広間よりは外のほうがいいから問題ないぜ、……です」
不慣れな公用敬語に苦戦しながらも同意してくれた王子に甘えて、茶会の場を広間からテラスに移すことにした。賓客を迎えた茶会であるというのに随分と気安い形になったと申し訳なく思いつつ、しかしフィユは甘えてくるグライフを突き放せずにいた。
暫くグライフに埋もれるフィユと、それを見守る王子、そしてそんな王子に言葉遣いを窘める従者というほのぼのとした光景が広がっていた。




