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Under the Rose~ヒメゴトは氷の薔薇の許で  作者: 宵宮祀花
五幕✿奇跡を謳う花
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異郷の詩と神慮の花

 賊に攫われた王女が記憶喪失で戻ったという報せは、思いの外早く他国へと広まった。普段から国交の盛んなツァルトハイトや、逆隣に位置するフロイトシャフトは勿論、海を渡った先にある小さな島国にまで、その噂は届いていた。元々良からぬ意味で有名だったグランツクリーゼ王女が記憶を失ったことでどんな変化を齎したのか、或いは記憶喪失のストレスで更に悪化しているのか、口さがない市民は特に、好き勝手吹聴していた。


 いくらか遅れて、遙か南方の国エスペランサにも、その噂は届いた。


「デューン王子、グランツクリーゼから報せが届いております」

「はいはい、ありがとさん」


 ゆったりとした動作で、デューンと呼ばれた褐色肌の青年が質の良い紙で出来た手紙を受け取る。

 件のパーティは、開催が比較的急だったため、別大陸の国や遠い島国にまで招待を送ることが出来なかった。その非礼を詫びると共に改めて挨拶をさせてほしいといった内容を記した文書が、エスペランサ首長国へ届けられたのだ。

 この国は、グランツクリーゼがある大陸から南下したところにある別大陸全土を占める大国だが、国土の大半が砂漠と荒野に覆われているという過酷な国だ。一応王城とされるものはあるが、国の象徴であって、首長の住居として使われることは殆どない。城は年に一度の紡ぎの祝祭がある月と、他国の賓客を招くときなど、特別なことがある場合にのみ開かれる。

 では、首長とその一族はどこで暮らしているのかというと、臣民と共に移動式テントで暮らしている。一族の長であることがわかるように立派な作りではあるが、他国の王城と比べるべくもない。

 一番大きなテントの中で、デューンは自国にはない上等で肌触りの良い紙を撫でながら手紙に目を通していた。青紫のインクも、グランツクリーゼ王国を象徴する立派な印も、ペン先で紙を引っ掻いたあとが全く見られない流麗な筆致も、なにもかもが彼の国が名実共に大国であることを示している。


「王女様の帰還祝いかぁ、俺も行きたかったな……グランツクリーゼほどの大国なら良い酒とかたくさん出ただろうに」


 王子の欲望に塗れた言葉に、側近らしき男は隠しもせず嘆息した。


「往復するだけでどれだけ時間がかかると思っておいでです。それに、グランツクリーゼ王女と言えば、横暴令嬢として悪名高い方……このような辺境の国の王子など、本心では歯牙にもかけていないでしょう」

「辺境王子言うなよ……真実だけど」


 拗ねた口調で言いながら、王子は再び手紙に目を通す。

 上品な筆致で書かれたその手紙は、グランツクリーゼ語を発祥とする、世界交易用語で書かれている。紙は二枚あり、二枚目には公用語と同じ内容がエスペランサ語で書かれていた。文末には、エスペランサとも交流を深めたく言語を学んだが、もし不勉強で失礼な間違いがあったら申し訳ないと拙い文語で添えられている。

 恐らく王女ではなく秘書や適当な人物に書かせたのだろうが、こういった気遣いをする人間が、果たして噂通りの我儘王女なのだろうかと、デューンは疑問に思った。


「うん……? なあフェルス。帰りは国の転送鏡使わせてくれるって。これなら行ってもいいだろ」

「は……? そんな貴重なものを、あの国が、ですか?」

「そう書いてある。そんで、不安ならこの文書持って来いって。正式なサインがついてる文書だから、反故には出来ないってさ」


 フェルスと呼ばれた男は暫し考え込む風にしてから、深く深く溜息を吐いた。


「畏まりました。お供にツィンをお付けすることを条件に、許可致しましょう」

「フェルスは来ないのか?」

「私まで国を留守にしてしまうわけには参りませんので」

「そうか、じゃあ仕方ないな。ツィンと行ってくる」


 デューンが答えると、フェルスは持っていた杖で一つ地面を叩いた。すると、テントの幕がめくり上げられ、一人の青年が入ってきてフェルスの傍らについた。青年は、王子やフェルスと同様濃い金色の髪を持ち、暗い蒼灰色の瞳をした褐色肌の美丈夫だ。理知的なフェルスや荒々しい印象の王子と並ぶと、その中間のような印象を抱く。


「ツィン、道中頼みましたよ」

「心得ました」


 短いやりとりののち、フェルスはテントをあとにした。

 残されたツィンは両手を胸の前で合わせながら、王子に向かって一礼する。


「今回もお供させて頂きます、デューン王子」

「おう、頼んだ」


 その日のうちに返事の鳥を飛ばすと、翌朝、王子とその供である青年ツィンは、国への土産である大きなグリフィンを伴って国を出立した。

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