突き刺さる棘
フィユが広間に戻ると中央に空間が出来ていて、それを取り囲むようにして人だかりが出来ていた。そして広間で声を上げている人物は二人いて、そのどちらもが中心部にいるようだった。だが、一方は声を張り上げているのに対し、もう一方は冷静に諭そうとしているため、入口付近では片方の声しか聞こえない。
近付いていくと、フィユに気付いた野次馬が半ば逃げるようにして静かに道をあけた。中心にいたのは、あの貴族の女性とヴァルトだった。
どうも、女性がヴァルトを誘って、ヴァルトはそれを断ろうとしているところらしい。ヴァルトは優しいから、社交の場で女性からの誘いは断り切れないのだろうかと遠巻きに様子を窺っていたフィユの耳に、信じられない会話が飛び込んでくる。
「どうして……! 私のしたことが何だと仰るの!?」
「メイドを肘で突き飛ばしたと、見た者がいるそうだよ。そのあとの言葉も聞いたけど、君の両親が仕えている国に対する言葉ではなかったようだね」
ヴァルトの言葉にも怯むことなく、女性は叫ぶ。
「私は偶然メイドにぶつかっただけですわ! それにお忘れのようですから申し上げますけれど、あの性悪王女のほうが余程卑劣な振る舞いをしてきたではありませんか!」
リヒトの鬼のような事前学習で、フィユも彼女がどの領地の貴族令嬢かを知っている。身分は然程高くはないが、だからこそこういった場によく参加しているということも。
「仮に偶然だとしても、彼女の身を案じたのはフィユであって、貴女ではないでしょう」
「でも……っ」
更に言い募ろうとした女性を、ヴァルトは厳しい目で見つめて制した。
「なにより私には、貴女と二人で抜け出す理由がないんです」
「……っ!!」
そうヴァルトが答えると、女性の顔が一気に赤く染まった。
パーティの場で、大勢の前で恥をかかされることがどれほど屈辱か、ヴァルトは誰より理解しているはずなのに。周りの人々も、気弱で流されやすく、他人の意見に対して反論するどころか嫌な提案すら断ることを知らなかった『姫王子』が、皆の前で自分の意見を口にしたことに驚きを露わにした。
「ッ……あなた……!」
声をかけようにもかけられずに佇んでいたフィユを恥と怒りで涙が滲んだ目で睨むと、女性は早足で真っ直ぐに歩み寄ってきた。
そして―――
「この恥知らず!!」
乾いた音を立てて、フィユの頬を思い切り平手で殴った。
その場に崩れかけたフィユを、傍に控えていたレダとリヒトが支える。殴った女性は、怒りに震えながらフィユを睨みヒステリックな声を上げた。
「貴女なんか、あのまま戻らなければ良かったのよ! 穢らわしい賊の慰み者になって、雑巾のように捨てられるのがお似合いだったのに! よくもぬけぬけと私たちの前に顔を出せたわね!! せっかく邪魔者がいなくなったと思ったのに……目障りなのよ!!」
怒りで赤く染まった顔で、恥辱に涙を滲ませた目でそう吐き捨てると、彼女はドレスを翻して広間を去って行った。




