誓いと証
「ふ……正直、以前に貴様の婚約者候補だと言われたときは吐き気すら覚えたが」
正直と前置いているとはいえあまりにも正直過ぎる言葉にも、フィユはあれほど嫌っていたのならそうだろうとしか思えなかった。だがいまの行動はそれとは真逆で、いったい彼の中でどれほどの変化が起こったのか、全く理解が出来なかった。
困惑するフィユの唇を指先でなぞり、暗い紫色の瞳を和らげて見つめる。
「いまの貴様は、俺を選ばせるに相応しくなりつつある。口づけより先を望むのであれば精進することだ。俺もいずれ、貴様と姫王子との仲を越えてみせるのでな」
「え……!?」
「な……ッ!」
カイム公子の宣言に、フィユとメアが、全く同じ反応をした。
どちらも信じられないという思いからだったが、フィユは変化について行けないだけであるのに対し、メアは誰よりも愛する兄が誰よりも気に食わない雌猫に寝取られたとでも言いたげな反応だった。
二人の同じようでいて全く真逆の反応に、カイムは喉を鳴らして可笑しそうに笑うと、漸くフィユを抱いていた腕を離して解放した。
歓談するふりで成り行きを見守っていた周囲の人間は慌てて視線を逸らし、わざと咳をしつつ「そろそろ時間かな」などと言いながら広間の外へと向かい始めた。広間には窓がないためわかりにくいが、外は日が落ちかけている頃だ。
「次の祝祭は都合があって来られないが、また会いに来る」
「ええ、楽しみにしているわ」
「ではな、フィユ。俺は失礼する」
「ご機嫌よう、カイム」
そういって立ち去るカイムの背をメアは一瞬追おうとするが、唇を噛みしめてフィユを振り返ると鋭く睨み付け、敵意を露わに言った。
「わたくしも共に参りますわ。これ以上お兄さまを穢されたくありませんもの」
それに対して、フィユは何故かうれしそうに表情を華やがせた。
「本当? あなたが証人になってくれるなら心強いわ」
「なっ……! なんですって!?」
「だってそうでしょう? 誰よりもカイムのことを大切に思っているあなただもの。彼の不利益になるようなことを見逃すとは思えないわ。だから次もまたカイムと一緒に会いにいらしてほしいの。わたしのためではなく、彼のために」
「……っ! ふん、そうやって余裕でいられるのもいまだけですわ。あの忌々しい最悪な根性が簡単に直るものですか」
捨て台詞のようにそう吐き捨てると、メアは早足でカイムを追いかけていった。
二人と共に、会場を訪れていた人たちもぞろぞろと広間をあとにしていく。去り際に、横目でフィユを見ては意味深な笑みを浮かべて囁きあう人もいたが、最早いつものことと気に留めなかった。
「わたしたちも戻りましょう」
「ええ」
リヒトに声をかけ、歩き出そうとしたとき、足元になにか光るものが落ちていることに気付いた。リヒトが拾ってフィユに見せたそれは、深い紫色の宝石があしらわれた立派なブローチだった。
「これは……メアが胸につけていたものではなかったかしら」
「そうですね、私にも覚えがあります。追ってみて間に合わなければ、次もいらっしゃるそうですし、そのときにお返ししましょう」
「ええ。わたし、行ってくるわ」
早足で広間を出て正面から外へ出るが、フロイトシャフト公国の馬車が遠ざかっていく後ろ姿が見えるだけだった。
「仕方ないわ……次にお会いしたときに返しましょう」
城から見えなくなってしまったということは、メアは気付かなかったということだ。
フィユはブローチを手に踵を返し、城内へと戻った。




