兄弟愛の形
一連のやりとりを少し離れたところで見ていたメアの、ドレスを握り締める手が微かに震えていることに、会場の誰もが気付いていた。敬愛する兄がよりにもよってあの傲慢な王女に陥落したなどと信じたくなくて、これ以上この様を見ていたくなくて、つかつかと二人の傍へ歩み寄っていく。
「お兄さま、いつまでそうしていらっしゃるの」
怒気を孕んだ声にカイムが振り返る。だがその手はフィユを抱いたままで、それが更にメアの怒りを増幅させた。
「王女様も、いったいどんな巧みな嘘を並べたか知りませんけれど、これ以上わたくしのお兄さまを誑かさないでくださるかしら」
忌々しいとはっきり書かれた顔で、メアはフィユを睨み付ける。その目を見てフィユが離れようと足を引くと、その上を行く力で抱き寄せられ、離れることが敵わなかった。
「カイム、あの……」
フィユが名前を呼んだ瞬間、メアはフィユをキッと睨み付けた。
「お兄さまを馴れ馴れしく呼ばないで!」
「俺が許可した。メア、俺の意に反してまでフィユを責めるつもりか」
叫ぶメアに、カイムが冷静に答える。兄の言葉には一つたりとも言い返せないメアは、涙が滲んだ色違いの瞳でフィユを睨み続けるが、それ以上はなにも言わなかった。
「そういえば紹介し忘れていたな。メアは俺に後継を譲り、その証のつもりであのような姿をしている。あれでも間違いなく俺の弟だ」
「そうだったの……お兄さん想いの弟さんなのね」
フィユが答えると、カイムは初めて目を細めて優しく微笑んだ。対してメアはその顔に「あなたなどに褒められてもうれしくない」とありありと書かれていて、顔立ちはとてもよく似ているのに真逆の様相となっている。
「ああ、自慢の弟だ。ああ見えて魔術に秀でていて、錬金術も学んでいる」
「錬金術まで……すごいのね。それにカイムは剣技に優れていると聞いたわ。二人とも、名ばかりの王女であるわたしとは大違いね」
カイムは自嘲の笑みを浮かべて俯きかけたフィユの顎を掬い上げ、強制的に自分と目を合わせた。
「あの誓いが偽りでないのなら、いまからでも遅くはないだろう。貴様に出来ることなどたかが知れているだろうが、だからといってそうして下を向いて惨めに生きるつもりか」
「それは……」
名ばかりの王女だという言葉は真実で、フィユは一年後にはこの場にいない身である。だがカイムの言葉を聞いていると、何故か仮初めでも王女らしくいなければという想いに駆り立てられてしまう。
「あなたの言葉はいつでも一振りの剣のように鋭くて真っ直ぐで……とても優しいのね。あのときだって、ヴァルトを想ってくれていたのよね」
「……好きに解釈しろ」
「ええ、そうするわ」
眉を下げて微笑むフィユの頬に、カイムがそっと手を添える。剣を握り続けた手には、硬く乾いた肉刺のあとが残っている。
その手にフィユの白い手が重ねられると、静かにカイムの顔が近付いて、唇へふわりと口づけが落とされた。それにはメアだけでなくフィユも驚いて目を瞠り、思わず硬直してしまい目を閉じることも出来なかった。