過日への散華
――――ある日の朝食時。
「フィユ様。本日のパーティには婚約者候補の方がいらっしゃるそうです」
花茶を淹れながら、リヒトが今日の予定を告げた。
澄んだ緋色のお茶に白い五枚花弁の甘い香りがする花を浮かべ、最後に砕いた宝石にも似た結晶糖を入れて作る花茶は、魔法種族が好んで飲む、魔力調整用のハーブティーだ。人間社会に取り入れられるようになってからの歴史は浅く、魔術師以外には全く無用の、ある種の薬湯であるため存在を知らない人のほうが多い。
「婚約者候補……ヴァルトがそうだという話は聞いたけれど、他にもいるのね」
「ええ、勿論です。主な候補は五人いらっしゃいます。そしてそのうちのお一人が、以前正面入口の広間で会われたカイム公子ですよ、フィユ様」
「えっ……あの方が……」
目を丸くしたフィユを見て、想像通りの反応だったとリヒトが口元に笑みを浮かべる。カイム公子は以前、人前でも構わずフィユに対して嫌悪を露わにした、フロイトシャフト公国の貴族だ。しかし彼の刺々しい態度は、本来の王女が彼に対して行った不敬な態度によるものであり、当然ながらこちらが責められるものではない。
フィユにとっては覚えのないことでも、王女がしたことである以上いまは黙って背負い続けるしかないのだから。
「……もしかして、今日いらっしゃるそのお一人って……」
「気付かれましたか。そのカイム公子です」
「そう……」
あからさまに気が重いと書かれた顔で俯くフィユの傍らに膝をつき、憂いに満ちた目を見つめると、リヒトはフィユの小さな手を取った。
「それから、今日はメア公子もいらっしゃるそうです」
「メア公子……? その方は、前回は同行していなかったのね」
「ええ、メア公子は後継争いから身を退かれましたので、あまり公の場には出てこないのですが、婚約者候補ではありますし、ご挨拶くらいはと今回いらっしゃるそうです」
「そういうことも出来るのね」
ここに来てから学ぶことが多く、新たな知識を得るとそこから更に新たな学びがある。王族や貴族の生活など、噂で聞くことすら殆どなかったフィユにとっては、毎日が勉強の連続だった。
「例えばですが……第一子が病弱で長く生きられないとなった場合、後継者の役割を次に譲ることもあり得ます。貴族や王族にとっては血筋が続くことがなにより大切ですので、長子に拘り過ぎることはないのです」
「それは……言われて見ればそうよね」
「他にも、同性の双子が生まれた場合など、後継争いが起きそうなときは片方を城の外で育てるということもあります」
「王族の子を養子に出してしまうの?」
リヒトは首肯すると、例えばと前置いてから、代々王家に仕える使用人の家庭や子供が居ない貴族の夫婦に預けて、それとなく教育を施すのだという。当然、その子供は自分が王家の子だとは知らないままに育つ。そして、王家に残した子に何の問題も起きなければ知らないまま大人になり、その家の子として死ぬこともあるという。
「王族や貴族に多い金髪が稀に平民にも現れるのは、遠い血筋にそういった者がいるためだという噂もあるようですね」
「それは聞いたことがあるわ。だからわたしも売られるところだったのだもの……でも、それなら……」
フィユが言わんとしたことを察したリヒトが、目を細めて笑みを作る。
「なにも心配いりません。私さえお側に置いて頂ければ、それで良いのです」
指先に口づけがされ、刷り込みのように聞き慣れた言葉が吹き込まれる。その言葉は、まるで呪いのようにフィユの心をとらえて縛り付けていた。




