忠義の一族
「レダは、わたしを正しく理解しているのよね」
「はい」
「共に生きるなら、共に死ぬことにもなるかも知れないのよ」
「それこそが、私の望みでございます」
僅かも揺るがない声で、レダは言いきった。
「それが……あなたの覚悟なのね」
フィユは震える手で短剣を受け取ると、そっと胸に抱いた。それを見て、レダは初めてフィユに心からの笑顔を見せた。
「王女様……」
主人の繊細な指に包まれている半身を目にするだけで、恍惚に支配されるようだった。いままさに、己の命が小さな手の中にあるのだと思うと、天上の美酒に酔ったかのような心地になる。
レダの一族は生涯の主を見つけて仕えることを誉れとするごく少数の民族だが、一生に心から魂を捧げられる主に出逢える者は、決して多くない。レダの両親も、とある貴族の夫婦に仕えてはいるが、魂を預ける儀式は行っていないという。
幼少期から髪を伸ばし、無二の主に出逢えたときに髪を切る。ゆえに、髪の長い大人はそれだけで他の仲間から憐れみを向けられるため、一定の年齢を超えると諦めから儀式を行わぬままに髪を切り落としてしまう者もいる。レダの両親がそうであるように。
「王女様がその剣で髪を切れば、私の命もそこで潰えます」
「っ……!」
「ゆえに我が一族の者は、一人の主にのみ仕えて生き、共に死ぬのです」
フィユは短剣をぎゅっと抱きしめ、恐る恐るレダに右手を差し出した。
「ありがたき幸せ……この上なき光栄に存じます。私の魂は、常に王女様のお側に……」
レダはフィユの手を取ると恭しく口づけをし、心からしあわせそうに微笑んだ。
「持ち歩くよりは、お部屋に置いておくべきよね」
「ええ。王女様の手に握られる悦びはこの上ないものではございますが、常に持ち歩いていられるものでもありませんので」
「そうよね……それなら、棚にしまうのも何だか寂しいわ」
そう言いながら、フィユは部屋を見回した。そしてある一点に目を止めると、真っ直ぐそこへ歩み寄っていく。
「……っ!」
半身を受け入れられた以上の悦びはないと思っていたレダの目に、ふと、信じられない光景が飛び込んできた。
「傍に置くなら、ここがいいわ。間違って傷つけてしまう心配も無いし、何だか夢の中にいても守ってもらえそうだもの」
あまりにも無邪気に、フィユはレダの魂を枕の下に隠した。切り落とした他人の髪を、何の躊躇いもなく。
本当はレダの一族について知っているのではと思うような振る舞いに、背筋が震えた。体の中心が熱を帯び始めたことに気付いて、そっと息を吐いて誤魔化す。長いスカートが覆い隠してくれてはいるが、男でも女でもあるこの身はこういうときに不便だと嘆息し、レダは平静を装って立ち上がった。
「レダ、これでいいかしら」
「身に余る光栄でございます、王女様」
今度はメイドの所作でスカートを摘まんで一礼し、熱っぽい声で囁く。
「いかなるときも、お側でお守り致します」
「ええ、レダ……とても心強いわ」
数えるまでもない僅かな味方しかいなかったフィユにとって、思わぬ形で現れた懐刀の存在は、彼女自身が思う以上に心の支えとなるものだった。