花に添う一振りの蜂
「完了致しました。こちらは私が後ほど洗濯場に運んでおきます」
「ありがとう」
着替えが終わり、歩き回っても部屋を汚さずに済む姿となったところで、フィユは早速気になっていたことを訊ねることにした。
「ねえレダ、それは……?」
フィユが訊ねると、レダは布を解いて見せた。中にあったのは、黒い糸のようなものを束ねて作った紐を結びつけた、不思議な短剣だった。王女の私室に単身武器を隠し持ってくるなど本来なら真っ先に騎士を呼ぶべき案件だが、フィユは声を上げずにレダをじっと見つめていた。
「王女様。まずは数々の見苦しい振る舞いをお詫び申し上げます」
レダはメイドがする所作ではなく、騎士が行う作法で片膝をつき、頭を垂れた。唐突な謝罪に、いったいなにを謝られることがあるだろうかと記憶を辿るが、全く覚えがない。
困惑している様子のフィユを見上げ、レダは眉を下げた。
「咎無き王女様を責めたこと、決して赦される罪ではないと存じております」
「あれは……だって、仕方がないことだわ」
その言葉で漸く地下でのことを言っているのだと理解したフィユは、慌てて首を振ってレダに答えた。彼女の言葉は真実のはず。偽りを言えばリヒトが黙っていないのだから。
少なくとも王女が家出をする前にあの場所へ隠されて、フィユが城に来てから数日間が経っていた。レダや両親はもちろん、リディはとても苦しかったはずだ。血を吐いた跡が痛々しく、ただ見守るだけでなにも出来ない両親の心境を思うだけで、心が引き裂かれる思いに襲われる。
「あなたやリディたちの受けた仕打ちを思えば、あれくらい罪になんて……リディはあの場所で、ずっと……っ、苦しんで、いたのに……」
思わず大粒の涙が頬を転がるようにして落ち、フィユは慌てて涙を拭った。
レダの前では泣かないと決めていたのに、それすら出来ないなんて情けない。どうにか泣き止もうと意識すればするほど溢れてきて、フィユは悔しいやら情けないやらで、心がかき回される心地だった。
「ごめんなさい……わたしが涙を流す資格なんてないのに……」
「……やはり、王女様はお優しいお方でいらっしゃるのですね」
小さく呟いてから短剣を胸に構えると、真下からフィユを見上げて静かに宣言した。
「王女様……私の魂を、王女様に捧げます。何卒、私をお使いください」
「え……?」
突然のことに、なにを言われたのか理解出来なかった。涙に濡れた目で、ぽかんとした間抜け面を晒してしまったが、幸か不幸かあれだけしつこく溢れてきていた涙はすっかり止まっていた。
「私はずっと、あなた様のような主を求めておりました。身も心もお美しく、しなやかでいらっしゃる、王女様のような主を……」
レダの言葉は、リヒトが普段口にする狂信的な願いのようだった。真っ直ぐな眼差しは彼女が胸に抱いている短剣にとてもよく似ていて、フィユは金縛りにあったかのように、暫く息をすることも忘れて見入ってしまった。