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Under the Rose~ヒメゴトは氷の薔薇の許で  作者: 宵宮祀花
一幕✿野に咲く花と天上の薔薇
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野に咲く花

 街の路地を、一人の見すぼらしい少女が手枷に繋がれて歩いている。少女を連れている男は、街外れのテントで『商品』を売っている旅商人だ。

 旅人や商人、様々な人で行き交う明るく賑やかな街にも、陰はある。表向きは差別などないとしていても、盗みやゴミ漁りで生活する孤児や身元が判然としない奴隷に、人々は心の内で壁を作る。

 憐れで不運な少女を見かけても、チラリと一瞥をくれるだけで、そそくさと去って行く者ばかり。


 少女は、物心ついたときから孤児だった。兄弟たちと共に孤児院にいたのだが、突然の火事で養母や兄弟たちと散り散りになってしまった。しかも火事のショックで兄弟の顔や名前、それ以前の出来事に関する記憶を断片的だが失ってしまい、探そうにも探すことが出来ずにいた。為す術なく薄暗い路地の片隅に隠れていて、その末路がこの有様だ。

 無名の石ころとして、ずっと誰に気をかけられることもなく生きて来た。何年も路地で過ごして、どうやって生きていけばいいのか思い悩んでいたところだった。


 だが、最早その必要はなくなった。

 孤児の少女は、商人に見つかった不運を嘆きながら、無抵抗に歩いていた。


「待ちなさい!」


 やがてテントのある街外れまで来ると、別の道から飛び出してきた人影が商人と少女の前に立ち塞がった。人影は小柄で、大きなフード付きのマントを目深に被っているため、顔かたちはわからない。ただ、裾から覗く足の細さから子供であることは窺えた。


「誰だお前は」

「そこの商人、それを私に売りなさい」


 商人の問いには答えずに、ビシッと指をさしながらそう言ったかと思うと、マント姿の人物は商人に向かって金貨を投げた。あまりにも無礼な態度に商人は怒りそうになるが、投げ渡された金貨は紛れもなく本物だった。

 何処の馬の骨とも知れないながら羽振りは良さそうだと瞬時に判断し、声を上げるのを堪えた。代わりに、商人は「これだけじゃ足りねえな」と言い、少女の鎖を乱暴に引いて前に進み出させた。


「金髪は珍しいんだ。しかも水の加護を持っている。そこらの娘とは訳が違う」


 バランスを崩して膝をついた少女を、マントが僅かに傾いで見下ろした。

 少女は煤と埃にまみれてだいぶ汚れてはいるが、綺麗に磨けば光りそうな金の長い髪を持っている。瞳は澄んだ淡い水色で、煤汚れさえなければ白い肌をしているだろうことがわかる。金髪は高貴な身分の特徴だ。なぜ孤児がこれほど見事な金髪なのかは不明だが、大凡没落した貴族辺りの捨て子だろうと商人は踏んでいる。


「そう……なら、卑しい商人にはもったいないほどの金貨をくれてやるわ」


 その言葉と共に、金貨が三枚、今度は遠くへばらまかれた。それを商人が目で追うと、マントの奥から軽蔑したような乾いた笑いが漏れた。


「ぼんやりしていていいのかしら?」

「チッ……ほらよ!」


 商人は少女の手枷から伸びる鎖を雑に手放すと、小さな鍵を放り投げた。商人が金貨へ駆け寄るのを見、マントの人物は鍵を拾うかと思いきや踵を返した。


「ついてきなさい」


 少女は慌てて目の前に落ちている小さな鍵を拾うと、走ってあとを追いかけた。


 テントから離れた路地の奥で少女を買った謎の人物は待っていた。少女が追いつくと、もったいつけた動作でフードを外し、隠れていた顔を露わにした。

 フードの下から現れた顔は、十代半ばほどの少女のものだった。年齢だけを見るならば孤児の少女と然程変わらないが、圧倒的な育ちの格差が窺える。マントの隙間から僅かに覗く衣服や装飾品、そしてなにより長く美しい金の髪は新品の金貨より輝いて見える。

 思わず見入っていると、マント姿の少女は右手で拳を作り、前に差し出した。


「……?」

「早く受け取りなさい!」


 なにをしているのかわからずきょとんとしていると、マント姿の少女は差し出した手を更に突き出した。慌てて両手を器のようにして揃えると、そこになにか落とされた。


「これでいいわ。あいつら馬鹿ばっかりだから、指輪があればこんな見すぼらしい娘でも間違えて連れ帰るでしょ」


 手の中に落とされたものへ、怖々と視線を移す。

 それは、少女が百年働いてもとてもお目にかかれないような大粒の宝石がついた指輪を繊細な金の鎖に通して、ペンダント状にしたものだった。その宝石はとろりと濡れた深い緋色をしており、新鮮な血を固めて作ったと言われても信じてしまいそうな不思議な艶を帯びている。


「一年経ったら戻るから、適当に記憶喪失だとでも言って誤魔化しなさい。指輪は絶対になくすんじゃないわよ! お前の命なんか山ほど集めても釣り合わないんだから!」


 矢継ぎ早に、一方的に言うと、再びフードを被り直して路地を駆け去っていった。


 残された少女はというと、自分の身になにが起きたのか、一切理解出来ずにいた。ただ呆然と遠ざかっていくマントの後ろ姿を見送るしかなく、押しつけられた宝石がどういうものかもわからず、かといって手放すわけにもいかず、立ち尽くすしかなかった。


「……わたしが盗んだみたい……どうしよう……」


 そんな少女の耳に、遠くから駆け寄ってくる複数人の足音が届いた。思わず身を竦め、足音のしたほうを見る。背後の路地は商人がいて、残る二方向の路地から足音が聞こえてくる。逃げ場のない少女は、ただ呆然とその場で佇んでいた。

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