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Under the Rose~ヒメゴトは氷の薔薇の許で  作者: 宵宮祀花
三幕✿野の花に舞う蜂
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野の花の戴冠式

「あなたは……」


 そこにいたのは、あの日高熱で苦しんでいたメイドの妹リディだった。リディは両手を後ろに隠しており、どこか恥ずかしそうにもじもじしながらも、フィユを見上げて懸命に言葉を紡いだ。


「おうじょさま、リディをたすけてくれて、ありがとうございました」

「え……?」

「リディに、王女様が医師を手配し、薬を与え、家族の泊まる宿を用意してくださったと教えました」


 フィユが驚きに目を見開き、思わずメイドを見ると、メイドは表情一つ変えないままで真っ直ぐにフィユを見つめて言った。確かにそれは事実だ。だがそれだけでないことは、彼女が一番知っていることではないのか。


「でも、わたしは……」

「リディは熱の影響で、一部ではありますが記憶をなくしています。家族のことや高熱で寝込んでいたことは覚えています。ただ、嫌な記憶だけ、都合良く消えたようです」

「っ、……それ、は……」


 メイドの言葉の裏には「まるであなたのように」と隠れているようで、フィユはなにも言い返せなかった。力強い彼女の視線から逃れて俯くと、いつの間にやら傍まで来ていたリディが、心配そうに見上げていた。

 お城の中まで入ってはいけないと言われているのを忠実に守ろうと、扉のギリギリまでつま先を寄せて背伸びをしているのがいじらしい。


「おうじょさまも、どこかいたいのですか?」

「え……い、いえ、大丈夫よ。ずっとリディのことが心配だったのだけれど、元気な姿が見られて安心したわ」


 そう言って微笑むと、リディも満面の笑みを見せた。そして、ずっと後ろに隠していた手を前に突き出し、隠し持っていたものを両手で掲げた。


「おうじょさまに、おれいですっ」


 リディが持っていたのは、野の花で編んだ花冠だった。小さな手で懸命に編んだのだとわかる、所々不格好な可愛らしい白い花冠だ。

 フィユがリディの前にしゃがむと、リディはうれしそうにフィユの頭に花冠を載せた。


「ありがとう、リディ。とても素敵な贈り物だわ」


 リディの小さな体を抱きしめると、耳元に擽ったそうな笑い声が掠める。

 その様子を、メイドは少し離れたところで黙ったまま見つめていた。無邪気に懐く妹の頭を、フィユの手が優しく撫でている。大半が石畳で舗装されているとはいえ、裾の長いドレス姿で湿った土の上に躊躇いなくしゃがみ込んでいる。どこから摘んできたものかも知れない野の花の冠を、迷いなく髪に飾っている。

 あれは、やはり『あの』王女などではない。確信したが、メイドはおくびにも出さず、じっと見守り続けた。


「リディ、ほんもののたいかんしきも、きっとみにきます!」


 きらきらと目を輝かせて、リディは元気に宣言した。目を丸くするフィユの手を取り、王城に仕える姉に教わったばかりなのだろう不慣れな作法でお辞儀をすると、真っ直ぐにフィユを見つめる。その目は姉と同じ紫色だが、幼さゆえか光に透かすと赤紫にも見え、まるで宝石のように煌めいている。


「本物の……」

「はいっ! おうじょさまがじょおうさまになるときのこと、リディもみたいです」


 あまりにも純真な願いに、フィユは暫くなにも言えなかった。けれど黙っていては見に来てほしくないのだと取られてしまうと思い、震える声を叱咤して答えた。


「そう……ありがとう。リディが見に来て良かったって思えるような……素敵な戴冠式になれたらいいわね」

「はいっ」


 フィユの逃げるような物言いに気付く様子もなく、リディはにこにこしている。

 いつか、女王となる戴冠式が行われるときが来る。国王が病に臥せっている現状、元の王女が戻ろうが戻るまいが、それは必ず訪れることだ。そのとき、国の頂点であることを示す冠を戴くのが、本当に自分になってしまって良いのだろうか。

 一年は、長いようで短い。その短い期間で、フィユは生き方を決めなければならない。

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