秘匿された命の灯
ヴァルトとの余所余所しさが消えた、翌日のこと。
リヒトは、フィユを部屋から連れ出した。ただついてきてほしいとだけ言われたため、フィユには彼がなにを考えているのか全くわからない。言われるままにエスコートされて歩くしかなく、長い廊下を無言で進んで行く。
「こちらです。お足元にお気をつけくださいませ」
向かった場所は、城の外れにある地下への入口だった。狭い螺旋階段を下っていくと、頑丈な格子がはめられた牢がいくつも並んでいる場所に出た。
「ここは……」
「地下牢でございます。幸い、いまはあまり使われておりませんが」
「…………」
やはり彼の意図が掴めず、沈黙してしまう。いずれここに入ることになるのだといまのうちに知らしめるつもりなのだろうかと過ぎったところで、リヒトが振り向いた。
「フィユ様には無縁の場所ですので、ご心配なく」
まるで心の内を見透かしたかのような言葉に、心臓が跳ねた。
リヒトは綺麗な笑みを作ると重ねて「こちらです」と言い、更に奥へと案内していく。薄暗い地下道を進んで行くと、やがて整備された城内とは思えない空間に出た。
剥き出しの土と埃が目立つ場所で、作業するための道具があちこちに散見している。
「ここは……?」
「地下道へ通じる、整備中の作業場です」
まず広い空間があって、土壁に直接板をはめ込んで扉としている箇所が複数。その先がどうなっているのかわからず、そして、ここにいったいどんな用事があるのかわからずに戸惑っていると、リヒトはそのうちの一室の扉を開いた。
「えっ、リヒト様……っ!?」
どうやら中に人がいたらしく、恐怖に引き攣ったような乾いた声がした。リヒトに続きフィユが部屋に入ると、中にいた人たちが一斉に地に伏せた。
「おっ、王女様……! 何卒、何卒娘の命だけは!!」
あまりにも悲愴な叫びだった。冗談でも演技でもない、胸の奥から魂を絞り出すような懇願をぶつけられ、フィユは立ち尽くすことしか出来なかった。
土の地面に膝と額をつけ、ひれ伏したままで命乞いをする三人の見知らぬ男女。彼らを呆然と眺めてから、フィユはふと、その背後にある寝台に横たわる小さな体に気付いて、顔を青ざめさせた。
「あの、子は……?」
ひれ伏す三人のあいだを抜けて、静かに近付く。背後で悲痛な声が漏れたが、フィユは構わず寝台の傍らに立つとそれを覗き込んだ。明らかに高熱に冒されている顔色に、荒く繰り返される短い呼吸。胸が上下する度苦しそうに顔が歪み、小さくうめき声も漏れる。よく見れば口元やその周囲に、血を吐いたような黒ずんだ染みが見える。
病か怪我かはフィユにはわからないが、ここに放置していてどうにかなるものではないことくらい理解出来る。
「……ねえリヒト、これはどういうこと……?」
「シェルフィーユ様が、粗相を働いたメイドの家族を見せしめにした、その名残です」
「っ……!」
弾かれたように振り向くと、フィユの背後には土埃に塗れたメイド服姿の少女がいた。その傍にいる男女は、年齢からして彼女らの両親だろう。最早なにを言うことも出来ずにただ泣き崩れる母親と、それを支える父親、そして、色をなくした顔で座り込むメイドの少女と、地獄絵図のような光景が足下に広がっている。
メイドの手は背後に回っており、彼女が身動ぎする度に微かな金属音がする。
リヒトは粗相をしたと言った。その言葉をそのまま受け取るなら、大変な狼藉を働いたわけでも、王や王女に刃を向けたわけでもないはずだ。なのに家族諸共投獄して、更には妹を死に瀕した状態のまま劣悪な環境の中に放置するなんて、信じられなかった。




