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Under the Rose~ヒメゴトは氷の薔薇の許で  作者: 宵宮祀花
序曲✿悪名高き横暴姫
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王女様の退屈な日常

 グランツクリーゼ王城に、陶器が派手に割れる大きな音が鳴り響いた。仕事をしていたメイドたちは何事かと音の元へ向かいかけ、廊下の角でピタリと足を止める。なぜなら、視線の先に城内で最も遭遇したくない人物……グランツクリーゼ王女、シェルフィーユがいたからだ。

 シェルフィーユは長い金の髪をさらりと背後へ流すと、薄青色の瞳を意地悪く細めて、目の前で震えるメイドを見下ろしている。いや、見下している。


「お前、いますぐこの花瓶と花を買い直してきなさい」

「っ、そ……そんな……!」


 絶望を映した瞳で見上げたメイドを、手にしていた扇子で打ち据え、シェルフィーユは仇のように睨み付けた。


「メイド風情が、私に逆らうって言うの!?」

「いっ、いえ!」


 引き攣った声で答えるメイドは、いまにも倒れそうな顔色をしている。周囲を取り囲む使用人たちは、まだ十代半ばにも満たないメイドを憐れむ素振りこそ見せるものの、誰も庇いに行こうとはしない。彼女を庇うということは、王女に楯突くことになるのだから。

 豪奢な装飾が施された広い廊下の中程では、王城を飾るに相応しい立派な花瓶が無残な姿を晒している。大きな音は紛れもなくそれが傍らの台座から落ちたときの音だ。

 一部始終を目撃していた別のメイドは、メイドが花瓶を落としたわけではないと知っている。王女が廊下を通るとき、使用人は端に避けて通り過ぎるまで頭を下げていなければならない。当然件のメイドもそうしていたのだが、王女が突然彼女の前で足を止め、傍にあった花瓶を引き落としたのだ。


「だったら言ったとおりにしなさい。今日中に出来ないならどこにでも失せるがいいわ。メイドなんていくらでもいるんだから、お前一人いなくなった程度で誰も困らないもの」


 シェルフィーユがそう吐き捨てて踵を返すと、メイドは涙を流しながらその場に崩れ、俯いた。破片が膝を傷つけ、零れた水がスカートを侵蝕しているのも構わず、細く呟く。


「そんな……これから私は、どう生きていけば……家族になんて言えばいいの……」


 立ち去りかけた足を止め、シェルフィーユは忌々しげな表情でメイドを睨んだ。両手で顔を覆い、肩を震わせて啜り泣くその姿が、堪らなく苛立たしい。相手の目の前で泣くということは、対象を悪者に見せる行為だ。

 メイドの分際で王女を悪役に仕立て上げようなど、赦せない行いだというのに。平然と被害者面をして見せる図々しさが赦せなかった。


「そう……そんなに家族が心配なら、その家族を連れていらっしゃいな。離れて暮らしているから気になって、仕事も散漫になるんだわ」


 いいことを思いついたと言いたげな顔で、シェルフィーユは楽しげに言う。そして軽い足取りでその場を去ると、慌てて端に避け頭を下げる使用人たちのあいだを悠々と抜けて自室へと戻っていった。


 そんな騒ぎがあった、数日後。

 件のメイドの家族は、王城地下にある罪禍牢に囚われていた。両親とまだ幼い妹が身を寄せあいながら、冷たい石畳に座り込んで、格子の外に立つ王女を見上げている。王女の傍らには、同じく罪人のように両手を背後に拘束されたメイドが、王国騎士の手によって捕らえられている。


「さあ、愚かな家畜共はなぜ囚われたか理解していないようだから、お前がなにをしたか話してやりなさい」

「っ……わ、わたしは……お掃除のときに粗相をして、お城の大事な花瓶を、割って……しまいました……」


 騎士の男がメイドを前に突き出すと、メイドは震える唇を開いて必死に言葉を紡いだ。両親は目を見開き、妹は事態を理解出来ていないなりに姉のつらそうな状態に、不安げにしている。シェルフィーユは愉快そうに高く笑うと、横目でメイドを一瞥してから、その家族へ視線を移した。


「お前たちの命をかき集めても足りないものを、このメイドは壊したのよ。でも私は寛大だから、お前たち三人が進んで処刑されるというなら赦してあげるわ」


 シェルフィーユの言葉に、メイドだけでなく家族の顔にも絶望が張り付く。その表情を面白い見世物を見る目で見下ろしていると、とうとう不安が振り切れた幼い妹が、大声をあげて泣き始めてしまった。

 反射的に母親が胸に強く抱きしめるが、妹は泣き止まない。みるみるシェルフィーユの機嫌が悪くなっていき、そして、苛立ちを抑えきれなくなったシェルフィーユは、傍らの騎士に牢を開けるよう命じた。


「そのうるさい獣を引きずり出しなさい!」

「……はっ」


 騎士は言われるまま牢を開け、母親から幼子を奪い取ると牢の外に連れ出した。


「いやあああ! おかあさあああん!」


 母親と引き離されたことで泣き声は激しさを増し、狭い地下牢に反響する。顔を顰め、騎士を押しのけると、シェルフィーユは泣き叫ぶ小さな体を蹴り転がして踏みつけた。


「ぎゃんっ!」

「ああっ……!」


 断末魔のような短い声を上げて動かなくなった我が子の姿に、母親が夫に縋って小さく嘆く。それすら気に入らないと、シェルフィーユは鼻を鳴らした。


「なにか不満なのかしら?」

「ひっ……いいえ……いいえ……」


 シェルフィーユはひれ伏して呟くメイドの母親と、隣で同様に平伏している父親を暫く睨んでいたかと思うと、途端に興味が失せた様子で顔を背けた。


「お前、このゴミを片付けておきなさい」

「はっ」

「この役立たずは別の牢にでも入れておいて。あとで適当に処分するわ」

「畏まりました」


 騎士にそれだけ命じると、シェルフィーユは薄暗い地下牢をあとにした。

 残された騎士はシェルフィーユが王城まで行ったのを確かめてからそっと息を吐くと、倒れている幼子を抱き上げた。そして牢の中にいる両親とメイドを順に見てから、静かな声で告げる。


「あなた方はこちらへ」

「はい……父さん、母さん……」


 両親は互いに顔を見合わせてから、絶望の表情をそのままに牢を出て、騎士とメイドのあとに続いた。

 騎士がメイドたちを連れて訪れたのは、先の地下牢よりも更に階層が深い地下だった。そこは土壁が剥き出しになっている箇所が多い上に、労働者が寝泊まりするような部屋があり、全体的に埃っぽい。

 そのうちの一室に一家を招いて扉を閉めると、騎士は声を潜めて話し始めた。


「ここには、シェルフィーユ様は絶対にいらっしゃいません。ほとぼりが冷めた頃に外へ逃がしますので、どうか暫くここを動かずにいてください。もしまた見つかれば次は庇うことは出来ません」

「はい……ありがとうございます……っ!」


 両親は騎士に何度も頭を下げ、メイドも安堵の涙を流した。

 母親にベッドの埃を軽く払ってもらうと幼子を寝かせ、騎士は痛ましげに眉を寄せた。死んではいないが、手当もせず放置していい怪我でもない。だがここに医者を呼ぶことは出来ない。

 せめてもと騎士は持っていた鍵でメイドの手枷を解くと、小さな鍵を渡した。


「もし私以外の誰か来たらこれを……つらいだろうが、そのときまで耐えてほしい」

「はい」


 外した鍵は父親に預けた。万一人が来るようであれば、罪人の枷が取れていては都合が悪い、父親はしっかりとした眼差しで受け取り、我が子に枷を嵌める覚悟をした。


「すまない……私には、この子のことまでは、どうしようも……」

「騎士様……どうか我々のことは構わずお戻りください」


 何とかして助けたいとは思うが、簡単なものでも治癒魔法を使えば魔力の動きで家族の居場所が見つかる可能性がある。悔しげに目を伏せてから、騎士はメイド一家に一礼し、地下を去った。

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