マタック村の村長
村に行くまでもなかった。
ここは、日本ではない。多分地球ですらない。いや、地球が存在する世界ではないのかもしれない。
河原から、急坂を登りながら、異変に気付いた。
本来コンクリートで固められた道があるはずだが
獣道に毛が生えたような山道を黙々と歩く。
自生する植物も若干違う気もする。
当然、途中キャンプ場の受付があって然るべきだが、
一向に現れる気配はない。
「なんだこりゃ…」
代わりに現れたのは
鉛筆のように尖らせた無骨な丸太の柵と、門
そして、弓を携える見張り台の男。
奥多摩駅周辺にはそんなものはないはずだ。
「ここが、マタックの村です」
異世界であることは覚悟していた。
ただ、よそ者をあっさりと村に案内するあたり
なんか、もっと牧歌的な村を想像していた。
しかしマタック村の警戒レベルは高く、要塞に近い。よそ者である自分たちを受け入れてもらえるか心配だ。
先導するリリィが振り返って
笑いかけてくる。
素敵な笑顔だ。しかし、その視線の先にはまあちゃんしか映っていない。
が、そんなまあちゃんの視線は彼女のさらに前方。目の前に現れた村の門に注がれている。
スマホを取り出して、撮影しようとしている。
「やっぱりダメだ」
と言って、スマホをしまい、今度はノートを取り出して、何やらメモしている。
つられて賢治もまあちゃんの視線の先を追いかけると非現実的な光景に打ちのめされ、呆然と立ち尽くした。
門が光り輝き、静かに上方に上がっている。巨大な生き物があくびをしているかのようだ。
「これは?」
普段の様子からは考えられないほど朗らかな声でまあちゃんが尋ねている
「村長の魔法です。この柵も門も村長が魔法であっという間に作ってしまいました」
「へー、お見事ですね。村長は、都でも名の知れた魔法の使い手なのですか?」
「はい。元々都で、騎士たちに魔法の指導をされていたそうです」
立ち尽くす賢治とは違い、まあちゃんは既にこの世界でうまいこと立ち回っている。
自分たちが異世界人であることを隠し、しれっとこの世界に馴染んでいる。結局どこへ行ってもうまくいく人はうまくいくし、うまくいかない人はうまくいかないようにできてるんだろうなあ…
そんなことを考えていると、
門の間近まできていた。
見張り台の男がチラッとこちらを見て
「どうぞお通りください」
と、事務的に声をかけてくる。
「うーむ、村の警備はそれでいいのか。」
思わず声に出ていた。
「この門は、脅威判定もできるんですよ」
リリィの話によると、
「村を襲撃する」「盗みを働く」などの
邪悪な意思を持っている人間や魔獣が近づくと
決して門は開かず、柵が侵入者の精気を吸い取るという。
恐ろしいセキュリティだ。
「この辺には、どんな魔獣が出ますか?」
「そうですね、特にここ最近、
狼のような姿をした魔獣が増えています」
「狼?」
まあちゃんと思わず顔を見合わせた。
昨日のやつか。
「ええ、魔獣の中でも特に凶悪で、一年くらい前から、山仕事をする村人や、狩りをする村人を襲い始めたのです。
当時の村長が指揮をとり、戦える村人たちは、魔獣を退治しに行きましたが、一人しか帰ってくることができませんでした…。私の父はその時に…」
前村長は、かなりの武闘派だったようだ。
「そうでしたか…すみません。」
まあちゃんがそれらしい神妙な顔をする。
「あ、いえ。いいんです!こうして、都から村長代理が派遣されて、魔力を使ってむらを守ってくださるようになったんです。父の死も無駄ではなかったかな、って…」
気がついたら目前に一際大きな屋敷が迫っていた。
現村長の自宅、兼、事務所、兼、集会所だそうだ。
しばらく話に夢中になり、村の様子にさほど注意を払っていなかったが、だいぶ高台まで歩いており、村の様子を一望できた。
上から眺めてみると、改めて小綺麗に整えられた村だなあ、と思う。
村の広場には、美しいクリスタルでできたマンホールのようなものが
光り輝いている。
通りには石畳がしかれ、木造の家々はキャンプ場のコテージなんかより、整備が行き届き、清潔そうだ。ちょっとした別荘地に来たようで気持ちがいい。
リリィが村長屋敷の門前にある野球ボールくらいの
半透明の球体に触れた。
「リリィです。定時報告にあがりました」
球体は呼吸するかのように淡い光を放ち、その直後、門が開いた。
門から、玄関口まで歩いている途中で村長宅の扉が開き、中からひょっこりと人の良さそうな初老の小男が現れた。
「どうもどうも」
気軽に会釈してくる男は、村長というより、コンビニの店長のようだ。とても都で名のある魔法使いには見えない。
「ようこそ。外の人。
村長のキドラントです」
「外の人」という言い方に、賢治はどきっとした。
まあちゃんの目も鋭さを増している。
どうやら村長は彼の警戒網に引っかかったらしい。
ただ、それも一瞬のことで、すぐさま切り替え、
愛想よく、穏やかに挨拶をする。
「お世話になります。
この村で少しの間、滞在させていただきたく、
ご挨拶に参りました。
私は正俊。こちらは賢治
我々は、村から村へ渡り歩いて商人をしております。」
会釈しながら、村長の表情を見ると
張り付いたような笑顔があるだけで、何も読み取れない。
「まあ、ここではなんですので、どうぞ中へ」
村長の秘書か、世話係か分からないが、
女性に応接室に案内され、お茶を出してもらう。
リリィが手短に「定時報告」とやらを済ませる。
魔獣の気配や、活動の痕跡は周囲に見られなかったこと。
洗濯の際、賢治とまあちゃんと出会ったこと。
賢治とまあちゃんは、旅をしながら商いをしているとのこと。
「はい、ありがとう。ご苦労様です。
この頃は、魔獣も影を潜めているようで、何より、何より」
鷹揚に報告を聞いて、労う村長とは対照的に
リリィは軍人のように、ビシッと姿勢を正している。
「あ、そうだリリィさん。
実は昨夜レーヤさんがまた村を出たようなのですが
いまだに帰っていないようなのですよ。
一応、リリィさんのチームの皆さんにも
情報共有しておいてください。」
妙に心がざわついた。
レーヤ…なぜかこの名前が引っかかる。
「また、レーヤのやつ・・・」
「まあ、彼は単独で夜狩りをして、
翌日の夕方帰ってくる、ということが
前々からありましたからねえ。
一応、夜間遠くまで狩に出るときは
事前に申請するように
徹底していきましょう」
「はい。」
「申し訳ない。助かります。
皆さんの習性は
よく知っているつもりなのですが・・・
このご時世ですからね。」
リリィは会釈して
「それでは、失礼します。
また後ほど・・・」
と、村長宅を出ていってしまった。
賢治は完全に、空気になっていることに気づき、
「いやー、美味しいお茶ですね」
などと、どうでもいいことを口走る。
村長は、その様子をニコニコと眺めて頷きつつ
正面に座るまあちゃんに向き直り、切り出した。
「それで、外のお人。
とりあえず、商人としてやっていく
おつもりですか?」
「外の人・・・というのは、この場合
どういった意味で使っていらっしゃるのでしょう?」
「そのまんま。『この世界の外から来た人』という意味ですよ。」
あっさりと、異世界人であることを看破されていてあやうくお茶を吹き出しそうになった。
まあちゃんは表情を変えず、相手を推し量るかのようにして、村長の目を見ている。
すると、笑い混じりに村長が続ける
「ああ、そんなに怖い目をしないでください。
異世界からの訪問者があることは王都の上層部も公認のことでしてね。
『外の人』貴重な人材として、住民権を得て、
それぞれ仕事をされています。
商人の半数は外の人ですね。
中には王都の騎士になる方もいらっしゃいます。
”狩人”に至っては、7割方は、異世界の方ですよ。」
異世界人を国のトップが受け入れている。
賢治は、この事実に少なからず安堵を隠せず
ふーと息を吐いてしまった。
まあちゃんはいまだに
弛緩した様子は見えない。
「失礼。何しろ、流れ者ゆえ、この国のことをまるで知らず・・・
異世界人を貴重な人材として受け入れているとのことですが
それには、何か理由がおありですか?」
村長は、隙を見せようとせず、
あくまで、異世界人であることを
認めようとしないまあちゃんに好感を持ったようで
先程までの張り付いた笑顔から、好奇心が抑えきれない
子どものような生き生きとした表情に変わった。
「なるほど・・・。
いや、もっともな疑問です。
王都の歴史から見ても、外の人はやはり
迫害されていた時期もあるようですね。
しかし、外の人の持つ知識、技術、また
その異能が無視できないものとして
理解されるのに、そう時間はかかりませんでした。」
「異能?」
「ええ。
我々の国では強大な魔力を持つもの。
亜人と呼ばれる獣以上の身体能力をもつ、異形の人種など、様々な人種が、それぞれの力を生かして暮らしています。
その中で、異世界から来た方の力は
我々の持つ魔力や、亜人の身体能力を超える力を持つことが多々あるのです。」
うおお。安定の異世界設定来た!
と、一瞬心踊ったが
すぐに昨日、狼の魔獣と戦った時のことを思い出し、げんなりした。
どうせなら煌びやかな魔法使いになりたかった。
「なるほど。それで、先程の話に出た“狩人”というのは?」
「ははは。外の人であることを隠すのであれば
その質問はここ以外でしないことですな」
狩人というのは、この世界においてそれほど共通認識があるのか。
村長は、笑いながら嬉しそうに説明を続ける。
まあちゃんは表情を変えな・・いや、若干怒っている。
「簡単に言えば、魔獣狩のプロですね。」
「それは…魔獣が…」
珍しく言い淀むまあちゃんに、村長は笑顔で聞き返す。
「はい?」
「いえ…ここでは、魔獣は害獣という認識なのでしょうか?」
「そうですね、害獣程度の魔獣もおりますし、人を襲う通り魔のようなもの、あるいは災厄のように甚大な被害をもたらすもの。魔獣によって様々です。
あと魔獣を狩るというのは、資源発掘の側面をもちあわせていましてね」
「資源発掘?」
「魔獣は死ぬと魔石になります。
その魔石が王都やこの村のライフラインを
支えているのです。一つお見せしましょう。」
突然村長は上方へ手をかざした。
「光よ、この部屋を照らせ」
すると、天井付近に光の玉が現れ
部屋を明るく照らした。
「おお」
俺は思わず上を見上げ、口をポカンと
開けたままそんな声を出してしまった。
アホ丸出しだ。
「魔力は、大なり小なり、みんな持っています。
魔力が大きいほど、より思いを具象化することが可能です。
光玉は、微量の魔力にも反応し、
思いを具象化する補助的な役割を担います。
そして、その際の
魔力の不足分を魔石の内在魔力で補っているのです。」
村長はさらっと
「思いを具象化する」といった。
確かにファンタジーの世界で
魔法というものは、使い手の意思に呼応して
何らかの現象が起きる描写がされている。
火が出たり、ほうきに乗って空を飛んだり。
しかし、そこには長ったらしい詠唱だの、
面倒な術式だの、何らかの制約があって
成り立っているもののように思っていた。
しかし、
長老の話によると
魔力が高ければ高いほど
「思ったことが現実になる」
と言うのであれば、
魔力が高い者が、人に対して
「死ね」と思えば死んでしまう
こともあるのではないか?
改めてとんでもない世界に来てしまった。
と怖気づいてしまう。
「なるほど・・・」とまあちゃんも
何やら考え込んでいる。
「ちなみに、この村の住人は300人程度。
そのすべての日常生活を成り立たせている魔石は
拳一つ分の大きさです。
広場の水晶体をご覧になりましたか?あの中に
魔石が封じ込められております。
弱い魔獣1体分の魔石量で、半永久的にこの村の生活は
成り立つのです。」
ほえー。なんてエネルギー効率。
そう言えば、昨夜の魔獣はあの後
魔石になったのだろうか。
「…。今までお話を伺ってきて
村長は、我々に狩人になることをお望みのようにお見受けしました。なぜです?」
え?そうなの?
「・・・。
あなたはお若いが
どうやら大変、賢いお方のようだ。
誘導するような真似をして
申し訳ない。
最初から素直にお願いすればよかったなあ・・・」
村長は、子どもがいたずらを咎められた時のように
頭をかいている。
「そうですね。確かに
私は、あなたがたに狩人になってほしい。
『外の人』を保護し、狩人に紹介すれば
王都から莫大な補助金が出ますから」
腹をくくって白状して、すっきりした顔をする
そんな村長とは対照的に、
まあちゃんの目はさらに鋭くなる。
「あ、もちろんあなたがたが
異世界人であることは、村人には
伝えません。何日でも滞在して構いません。
ただ、もし狩人になるつもりなら
私も王都には顔が利く。
むしろ異世界人であることと、ご自分の能力を明かした方が
良い条件で、王都にご紹介できると思いますので、また、ご相談ください。」
「ありがとうございます。」
村長に笑顔で見送られ、
屋敷を出た。
探り探りのやりとりを
側で聞いているだけで肩が凝った。
思わず、門を出て、伸びをする。
その横をまあちゃんは
「食えない村長だ・・・」
低い声で吐き捨てるように呟きながら
通り過ぎていった。