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異世界Good Will Hunting:善意の狩  作者: 寄り目犬
19/34

お買い物

小学校の頃の懐かしい夢を見た。


まあちゃんがうちに来て

俺がドラクエ6をやっているのを横で見ている。


みんながWiiのゼルダをやっている時

当時の俺は、過去の名作と呼ばれる

ゲームに片っ端からのめり込んでいた。


ドラクエもその一つだ。


画面手前から大きな火の玉が飛来して

魔物に炸裂した。


そこで、まあちゃんが不思議そうな

顔をしてこんなことを言っていた。

「なんで、火の玉をぶつけるんだろう?」


「やっつけるためでしょ?」

俺は、目の前の敵を倒すために

最善のコマンドを入力する。


「だったら、最初から敵の体の中に

 火の玉を作ればいい」


「え・・・」

まあちゃんの声がやけに冷たく

近くで響いて聞こえた。


「空中で火の玉を作ってから

 相手に投げつけても、

 大したダメージにならないよ。

 敵の体内に火の玉を出現させた方が

 致命的なダメージになると思う」


「まあ、敵も止まってるわけではないだろうしねえ」

などと、俺はつまらない返事をするのが精一杯だった。


「まあ、魔法の仕組みに関しても

魔物の体の作りに関しても

 分からないことだらけだから

 この仮説は無意味だね」


そういって、まあちゃんは笑った。

俺も多分、なんとなく笑顔を作ったと思う。


正直なところ、まあちゃんが怖かった。




見慣れない天井に一瞬驚くが

昨日の記憶があれこれ蘇ってきた。



死の魔法は存在しない。

襲撃者は、憲兵の警戒網をかいくぐることができる。

元の世界に帰る情報が魔法都市エスタにあるかもしれない。

エスタに行き、情報を得るには、王の紹介状が必要。

王の紹介状は、狩人上位になる必要がある。


そうだ、俺は、俺たちは狩人になったんだ。

光玉に手をかざして…


そう、光玉に関しても色々と知ることができた。

光玉には、大きく固定用と携帯用の二種類に分けられる。

携帯用の光玉は、ほぼスマホと同じだ。

音声伝達、言語化した思い、

画像、動画の共有が可能だ。

情報共有範囲は、発信時にその都度自由に設定できる。


固定用の光玉の機能は、携帯用光玉の機能に加えて主に3つ。


一つは、生活必需品としての光玉。

飲料水、調理用の火、照明、空調。

医療。大抵の病気やケガは治してしまう。重態の場合、薬師の調合した薬で光玉による回復力を高めることができる。

また、支払いも光玉を通して行われる。

王都民の99%は現金を使わず、光玉にお金を飲み込ませて、自分のIDと紐付けているらしい。



次に

マタック村や、王都の外にあった

脅威判定するセキュリティ用の光玉。

非言語の情動を読み取り、悪意や破壊衝動の有無を判定する。


最後は、記憶を読み取る光玉だ。

ただし、記憶の読み取りは極めて限定的にしか使用できない。

一人の人間の人生における記憶を全て読み取ると膨大な情報量が流れ込み、使用者の脳に負荷がかかり、最悪死に至る。


記憶を読む光玉は

憲兵による、事情聴取に用いられ、事件に関連する記憶のみ閲覧できる仕様になっている。


また、対魔獣用の魔導具を売る店舗にも配備されており、魔導具の悪用の履歴の有無を探る。


と、いうわけで、自称魔女との出会いや、

その魔女を守った記憶を読み取られる心配はまず無さそうである。


心配事が一つ減り

久しぶりに昨日は楽しく飲み明かし、

『母ちゃん』に無理を言って部屋を用意してもらったんだ。


明日から、いや今日から俺は狩人か…

実感がない。


ベッドと、掛け布団の感触に身を埋め、夜風の心地よさに身を任せて再び目を閉じてみる。

なんとなく、また目を開いてみる。


視線を窓際にやると


月光に照らされ

カーテンが白銀に輝き

窓からそよぐ風でフワフワ揺れている。

カーテンには人影のシルエットが写って…


その途端、心臓は跳ね上がり、

ガバッとベッドから起き上がる。

「おお、けんちゃん。

悪い。起こしたか」


まあちゃんが窓枠にゆったりと

腰掛けて、スマホをいじっている。


「眠れないの?」


「いや、眠らないんだ」


よく言う。見張りの役目を放り出して寝てたくせに。と、喉元まで出かかったが、

今日1日で、元の世界に戻るための

情報と、自分たちに害なす者の存在を

知ることができた。

彼は頭がいい。

俺以上に色んなことを想定できてしまう。

たがらこそ、不安も大きいはずだ。


恐らく今もスマホで、元に戻るヒントがないか、ネット検索し、今後の脅威や

対処方法など色々と考えていたのだろう。

この世界に来てからも、まあちゃんはスマホとノートを片時も手放さなかった。スマホは元の世界の電波をキャッチしていたが「インターネットが更新されてない」と、言っていた。サイトは見れるし、検索もできるが、ニュースやSNSなど何も更新されていないらしい。

また、カメラは使えないので、まあちゃんは面白いものを見つけると何やらノートにスケッチしたり、メモしていた。

ちなみに、スマホの充電には、キャンプ場から持ってきた自家発電機を活用しているようだった。


「インスタにアップできた」


「え?」


「カメラ使えたんだ」


「すごいじゃん!何を撮ったの?」

これで、何かしら外の世界からアクションがあるかもしれないし、

異世界との交流が可能となれば、それは人類史上においてもきっとすごいことだろう。


「ノートの中身」


「…え。なんで?」

この世界にはそれこそもっとインスタ映えするものが山ほどあるはずだ。


「カメラで撮れるのはノートの中身だけらしい。

しかも、少しでも背景にこの世界のものが写り込むと、撮影しても黒くなるんだ」


何か意図的なものを感じる。


「何か反応はあった?」


「何もないねえ。そもそもフォロワーもまだいないし」


「え?何万人もいるでしょ?」


「いや、別アカつくった」


「なんで?」


「俺のアカウントで

この世界についてのメモ書きなんて載せたら

それこそまた炎上して、ネットニュースが好き勝手書くだろ。

『とうとうイカレタ!?マッドインベスター正俊』とかさ」


「ああ…」

なんか、こうして話してると

まあちゃんは未だに元の世界と繋がってるんだなあ、と思う。

俺は元の世界のことをここ最近忘れていた。


「ちなみに、アカウント名は?」


「marcy_maachan」


「へー。見せて」


「やだ」

まあちゃんは頑なにノートを見せない。

予想されてた返答だ。


「まあいいや、元の世界でスマホ買い直して、勝手に見るから」


「ま、戻れたらね」

その言葉を聞いて大して不安感を

持っていない自分に驚いていた。


しばしの沈黙。



「コードが見えたんだ」


「え?」


「今日俺に蹴りを入れたやつさ。

コードが窓の外から少しだけ見えたんだ」


「それでまあちゃんは魔法を使ってる奴がいることに気づいて、瞬間移動したんだね」

気配察知に長けたリリィやカプサが気づく前に動けた理由はこれだ。


「奴がその場から離脱するときもコードが一瞬見えて

 姿を消したんだ」


「もしかして、そいつは姿を消す魔法を使えるのかな」


「ああ、そうかもしれない。

だが、問題なのは、そいつが外で魔法を使っていたのに、憲兵が駆けつけてこなかったことだ」


「じゃあ、憲兵と今日襲ってきたやつは、グルってこと?」


「それは分からない。俺も魔法を使ったのに捕まっていないしな。

単純に、憲兵が察知できる魔法とそうでない魔法があるのかもしれない。

憲兵がどのように魔法の発動を察知して、現場に来るのか。その辺のシステムについて

セレイもマギカも知らなかった。


あの2人はこの国の上層部に

かなり食い込んでいる

…にも関わらず、だ」


まあちゃんは近くにある

コップに手を伸ばし、水を飲んだ。

薄闇の中、水を飲むときになる喉の音がやけに鮮明に聴こえて、

なんだかきんちょうしてくる。

飲み干して、ふうと息を吐くと、いたずらっぽく笑ってこう言った。


「笑えないか?


『王都で悪いことをすれば…

魔法を使えば憲兵がくるぞ』


このことだけを王都の民は信じている。


子どもに聞かせる

『悪いことすれば鬼が来る』

そういう類の話を

いい大人が真に受けてるようなもんだ。


どういう仕組みで、どこから憲兵は現れるのか

そして、憲兵にとっての悪はどういうものか。

その善悪の判断は最終的にだれがするのか。

実際のところ、王都の人間は何一つ分かっちゃいないんだ」


そう言ってまあちゃんはまた、鼻で笑った。

全然笑えない。改めて襲撃者と憲兵の存在が不気味に思えてきた。一瞬で意識を奪う魔法を躊躇なくしかける真面目そうな憲兵の顔が思い出された。

弱気になる。


「うわあ…どうすりゃいいんだよ。

俺たちが何したっていうんだよ」

情けない声が出る。


「とりあえず、今日襲撃者が現れたことは

 憲兵に伝えてある。

 後は憲兵がどう動くか、

 セレイやマギカを通して、観察するしかない。


 はっきりしてるのは

 敵は王都で魔法を使い、

 憲兵から逃げることができる。

 ということだ。


 ま、今のところの対策としては、

 『極力一人で行動しない。

  ひとけのないところに行かない』

 くらいかな。


 小学生の頃、夏休みに入る前に

 先生から言われただろ?」


そう言って、まあちゃんは

また笑っている。


俺を安心させようとしているのか

事態をただ、楽しんでいるのか。

恐らく後者だ。


「とりあえず、まあちゃん。

 お互い 無事でよかったよ」


「ああ」

いつのまにか

空が白んできている。

夜明けだ。


陽が差してきて、1日が始まることに

安心して、また眠くなってきた。

布団に潜り込んでウトウトしながら

あれこれ思い出す。


マギカの話によると、

狩人のノルマはひとつだけ。


GWHで、魔獣を一体でも狩れれば

解雇されることはないそうだ。


狩人のランキング上位になるには、日々の魔獣狩の成果、GWHで倒した魔獣の頭数と、王都民の人気投票によって決まる。他の狩人の妨害や、魔獣の狩り方がスマートでなければ、上位に上がることはできない。


GWHで魔獣を仕留めるのは想像以上に難しいらしい。

魔獣を見つけたと思ったらすぐに他の狩人が狩ってしまう。

また、狩人同士の妨害も認められており

毎回熾烈な争いが繰り広げられる。

しかし、あまりにも卑劣な妨害や、他の狩人を怪我させてしまうと

ランキングを落とすことになる。



故に、狩人として、いち早く魔獣を見つけ

迅速に狩る技術を磨く必要がある。

また、日々の狩の成果もランキングに影響するため、どの狩人も自主的に日々魔獣狩りに精を出すようだ。

ランキング上位者は、セキュリティのしっかりとしたマンションに住み、収入も上がる。

代わりに王都の準戦力として軍部と情報共有し、出動命令に応じる義務が生まれる。

さらにランキングを上げ、トップランカーに仲間入りすると、月一度の国王の晩餐会に呼ばれるようになる。


狩人として、ランクを上げていくことが

結局、身を守ることになり、

元の世界に帰ることに一歩近づく。


狩人加入後の新人には、GWHの参加を一回見送る権利が与えられる。

それはつまり、最低1ヶ月で、一人前になれ。と言うことだ。


セレイにも指摘されたが、今の俺たちの実力では、装備(ジーパン、Tシャツ)をなんとかしないとGWHでの活躍は難しいとのことだ。


まあ、今着ている服は、ヘビロテしてヨレヨレだし、

襲撃に備える意味でも、

今日は王都に狩人っぽい服や装備を整えに行く。

何より、買い物にはリリィが付き合ってくれる。




昨日の様子だと、昼間の

王都の商業地区は、人通りも多いし

危険はないだろうが、木刀は持って行こう。


流石に、木刀なら

憲兵に捕まることはないだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



眩しい日差しに起こされる。

既にまあちゃんはいない。


え、もしかして

先にリリィと二人で

買い物に行ってしまったのだろうか。


急に心細くなり、ヤキモキし

忙しなく身支度を整えて

部屋を出て階段を降りる。


一階の酒場には、まばらに人がいた。

昨夜と打って変わって

食堂と化しており、

ちゃっかりまあちゃんは

その一角に陣取って

悠々と朝食をとっている。

ホッとする。


階段を降りるとこちらに気づき

手を振ってくる。


「何食べてんの?」


「モーニング」


近づいて見ると、トーストにサラダ。

ベーコンエッグ、コーヒー

美味そうだ。


これが毎朝ただで食べられるだけでも

狩人になった価値はあるかもしれない。


店員さんにお願いすると

ビックリするくらいはやく

出てきた。


今まさに魔法を使って

無から現れたのだろうか。

どうやって調理しているのだろうか。

とりあえず

急いでかきこんで、

木刀をもって外に出る。


ゲボリアンからもらったお金は

まあちゃんと半分して

光玉を通して電子マネー化した。


個人の登録データにお金を

直接紐づけられるので便利だ。



通りには既に多くの人が出歩いていた。

それもそのはず

太陽は、かなり高いところまで

昇っていた。

お昼前くらいだろうか。


ファンタジックな中世ヨーロッパ風の服装の人もいるし

この暑いのにビシッとスーツを着込んでいる

人もいる。

そうかと思えば、どこかで見たことあるような民族衣装っぽい服装の人。

軽装の鎧を着用している人。重装備の人もいる。

狩人だろうか。


ただ、やはり武器を携帯している人はおらず

木刀を持ち出したのが不安になってきた。

今にも憲兵が飛んできそうだ。


突然、後ろから声をかけられてビクつく。

「ケンジ、マサトシ。二日酔いは大丈夫?」

リリィが微笑んで立っている。

休日用の服だろうか。

ワンピースと帽子がよく似合う。


「では、最強の武器・防具屋に案内するわね」

そう言って先導してくれる。



昨夜、飲みながら

みんなが口々に装備品の重要性について

語っていたことを思い出す。

「既製品はダメ。必ずオーダーメイドにしなさい。ていうか、ロンべさんのお店に行きなさい」

と、マギカ。

「うむ。私も随分、いろんな店で装備品に散財してしまったが、結局最後に行き着いたのはロンべ殿の店だ」

「私とカプサは、最初のお買い物で運良くそのお店にたどり着けたの」

と、リリィが微笑む。まるで、「美味しいお店見つけたの」というような穏やかなトーンで、思わず和んでしまう。

「ちょっとリリィ!たまたまじゃなくて、私がお店のディスプレーに気づいて、入ったんじゃない!」と、カプサが噛み付く。

「ディスプレー?」

「そうよ。外から見えるところに、あのクロフォード様が、駆け出しの頃に使っていた剣が無造作に置かれているのを見かけたの!」

「その、クロフォードさん、って…確かセレイも言ってたよね。どんな人?」

「王都から姿を消した狩人永遠のナンバーワン。そして、セレイのお師匠様よ」

と、マギカが焼き鳥をつまみながら答えてくれる。口に手を当てながら答えるあたり、マギカの女子力の高さが伺える。

「なんか、セレイのお師匠様って聞くと、すごいのか、なんなのかよく分かんないな」

と、まあちゃんが率直に感想を述べた。

「ちょっとマサトシ!あんた、本気のセレイちゃんの戦い見たことあるの?」

そう言って、カプサが携帯光玉を机に置いて、手をかざす。


すると、机の上に立体映像が映し出される。

強大な魔獣と相対するセレイ。

傍らには瀕死の狩人たちが、倒れていた。

彼らを庇い、鼓舞しつつ剣と炎を振り回し、奮闘するセレイの姿はかっこよかった。

常識離れした身のこなしと、剣さばき、そして高火力の炎で、徐々に魔獣を圧倒していく。

相手の魔獣も自分たちが戦ってきた魔獣と比べて桁外れに速く、強い。前脚の一振りで、地面が大きく抉れた。


「ああ、この時は燃えたな…」

と、セレイは自分の闘いぶりに熱い視線をおくっている。

「この魔獣の強さはどのくらい?」

まあちゃんが飄々と尋ねる、

「王都近辺で最強の一角に数えられる魔獣よ。

大丈夫、なかなかお目にかかれない種だから、まず出くわさないわ」と、マギカは先生らしくニコッと笑う。


ビビリの俺は立体映像を見つつ、心に誓った。

「装備を整えよう。極力手厚く」


さあ、そんな風に真剣に装備を整えることに

意欲を燃やした俺だったが、

今やそれはどうでも良くなりつつある。

リリィと一緒に王都をめぐる。

それだけで、天にも昇る思いであった。

リリィは雑踏の中でもよく目立つ。

すれ違う人のほとんどが、リリィを二度見している。

凄まじい優越感を感じつつ、胸を張って歩く。


そんな視線に戸惑うことなく、

リリィの足取りには迷いがない。

大通りから一本入って、少し進むと

年季の入った防具屋が立ち並ぶ。


その一角にこのエリアにしては珍しく

木造の建物が目に入った。


看板にでかでかと

『最強の武器・防具屋』

とある。

その下には

「勇者の剣、あります!」

「最強を目指す全ての狩人へ」

などと、クドクド店の謳い文句が

書かれており、非常に胡散臭い。

店主のセンスを疑う。


と、思っていたらなんと

リリィは躊躇いなくその店に入っていく。

最強の武器・防具屋に案内する

というのは、比喩ではなかったらしい。


リリィとまあちゃんの後に続いて

店に入ると、皮や鉄の匂いが

一斉に襲ってきたが、

不思議と不快ではなかった。

「ごめんくださーい」リリィは店の奥に声をかける。


すると、店の奥から

背が低く、筋骨隆々、

白髪混じりの

気難しそうな年配の男性が現れた。


リリィを見ると

「おお、リリィか」

と、相好を崩した。


「ロンべさんこんにちわ。

この2人の防具を見繕って

欲しいんですけど…」


「新入りか?」

そう言いつつ

視線を遠慮なくこちらに向けて

ジロジロと見られる。

落ち着かない気持ちになりつつ。

「よろしくお願いします」

などと、お辞儀する。


「魔獣を狩った経験は?」


「あ、一応あります」


「よし。じゃあ、光玉に手をかざせ。

お前さん方の魔獣との戦いっぷりを見せてもらうぜ」

そういって懐から差し出された光玉にたじろぐ俺を尻目に、まあちゃんは一歩前に踏み出し、あっさりと手をかざしている。

俺は、記憶をなくしている時、魔女を庇って魔獣と戦ったらしい。その記憶まで共有されるのではないかと今更思い至り、冷や汗をかいていた。

まあちゃんを見ると、俺の目を見て頷いてくる。

そうか、そのことにまあちゃんが気づいてないわけがない。「魔女の件まで記憶を共有されない」という何かしらの確信があるのだ。俺は、安心して手をかざしてみる。


光玉は一瞬光を放ち

ロンべさんは光玉を懐にすっとしまう。

俺とまあちゃんの目を交互に見てきた。


「うーん・・・そっちの木刀使いの兄ちゃんは、

土属性の身体物質強化ってところか・・・?

接近戦で一匹ずつ確実に仕留める戦い方が向いてそうだな。


耐摩耗性と伸縮性の高いアンダースーツを下に着て、首などの急所を守る必要最低限の防具だけでいいんじゃないか?

んで、青白い顔した眼鏡のお前さんは…」


「こりゃあ…魔法の無効化か?

とんでもねえな。

発動条件や効果範囲は?」

まあちゃんは表情一つ変えず、無言でいる。


「…まあいい。

風属性の使い手としても

とんでもない力を持っていそうだな」

こちらの世界の超能力的な物体を動かす能力は、風属性の魔法らしい。戦闘に使えるレベルでの物体操作は扱いが難しく、なかなか使い手はいないらしい。


この世界の魔法と呼ばれるものは基本的に、火、水、風、土の元素を扱う精霊術が元になっていることが多いらしい。が、それらの四元素を扱って魔法を使っている意識を持つものは少ないらしい。

「え、そんなことある??」と、疑問をもらすとまあちゃんは鼻で笑った。

「元の世界でも飛行機がなぜ空を飛ぶのか、その原理を完璧に理解していない人間も飛行機に命を預けて当たり前のように利用している。魔法も案外そんなもんかもよ」

飛行機の原理を理解していない俺は

「なるほど」と答えるのが精一杯だった。


さて、話を戻す。

精霊術で扱われる四元素はそれぞれ性質が異なるが、それらの配分を組み替えることで様々な事象を具現化することができる。どの元素の配分が多いかで、魔法の属性は決まるらしい。


「今光玉を通して、何をみたんだ?」


「んん?お前さんたちが魔獣と戦ってるところだよ」


「俺たちが戦っている時の視界や、思考、感情などがそのまま共有されるのか?」


「ああ、使い手次第で、解像度は変わるがな。

俺は魔獣との戦いにしか興味がねえ

だから、戦っている映像だけは、はっきりと見えるぜ。

だが、その時、お前さんたちがどんなこと考えてるのかまでは分からねえ。

ま、そっちの木刀振り回す兄ちゃんがテンパってんのは分かったがな」

顔が赤くなる。リリィの前で言わないでくれ。


「なるほど…」

魔女との関わりなどについて追求されない。

やはり光玉の記憶の共有はかなり限定的なようだ。


「で、俺の装備は?」


「ああ。

いずれにしても

最前線で魔獣と殴り合う趣味はないのだろう?


ジェットブーツと3TBローブがありゃあ、まあまず死ぬことはないだろう」


ジェットブーツという、昭和感溢れる

ダサい防具のネーミングに

胸熱になりつつ疑問を口にする。


「3TB?」


「ああ、3 Times Barrier

事前に魔力をチャージしておくと

3回オートバリアが発動するようになる。

並の物理攻撃や魔法による攻撃の一切を

遮断できる。ソフィのお墨付きだ。


ローブには

ジェットブーツによる急速な加速に

対応して姿勢制御をアシストする

機能がついてる。


お互い視認できる距離で、

ある程度の間合いを必要とする。

中距離戦闘型の狩人たちに好まれるスタイルだな」


「なるほど。ちなみにそうした機能は王都内で使用可能か?」

と、まあちゃん。


「もちろん可能だぜ。むしろ3TBは時と場合を選んでくれるようなもんじゃねえからな。身の危険を察知すれば、どこでも作動するぜ。貴族連中や有力な騎士の家系の連中は、みんな身につけてるぜ。


だがジェットブーツなんかは、使った途端、憲兵が飛んでくるだろうけどな」

そう言ってロンべは豪快に笑う。


「そうか。ちなみに、ステルス機能をもった魔道具なんてのはあるか?」


「ステ……、あん?なんだって?」


「要は、姿や気配を消す魔道具だ」


「さすがにそんな便利なもんは、ねえな。

ソフィが開発中って話も聞かねえ。

だいたい、そんなもんおそらく魔獣には通用しねえぜ?

奴等、敵意には敏感だからな。全く魔獣てやつは……

思春期のガキかっつーの」

そう言って、ロンべは不愉快そうに鼻で笑う。


俺も気になることを聞いてみた。

「あのー。俺の武器に関しても、何かアドバイスないですかね?」


「ああ?なんだ。戦闘スタイル変えるつもりか?」

下から睨みつけられる。身長は低いが物凄い威圧感だ。


「い、いえ、いつまでも武器が木刀っていうのも、なんか心細くて…」

ロンべは、奇妙なものを見るように顔をしかめ、俺を見る。

怖い。何か怒らせたのだろうか。

ああ、早く帰りたい。

ロンべは一転して

笑いつつ、穏やかに語りかけてくる。


「はっ!よく言うぜ。

その木刀はお前さんの拠り所だろうがよ。

『外』からわざわざ持ってきたんだろう?」



「その木刀より強力な武器は、当店には置いてありやせんなあ」

と、少しおどけた調子で言ってくる。

どういうことだろう。ふざけているのだろうか。

店内を見渡すと、見るからに鋭い剣や槍などが所狭しと置かれている。

それらの武器よりも、小学6年生の修学旅行で買った木刀が頼りになるとは、到底思えない。


「本当にこんな木刀で大丈夫ですかね?」

「おい、それ以上言うと、その木刀。

 本当に使い物にならなくなるぜ」

と、ロンべが鋭く忠告する。その目は真剣だ。

緊張感を帯びた場の空気を弛緩させるように

「ま、うちは儲かるからいいけどよ」

と、付け加える。


まあちゃんとリリィは、そんなやりとりを何やら興味深そうに眺めている。


「ロンべさん、俺の武器は?」

まあちゃんが好奇心に目を輝かせて口を開く。

この世界に来てから、まあちゃんの表情は豊かになったなあ。

などと考えつつロンべを見ると、また、顔をしかめている。怒っているのか、なんなのか、その間はやめてくれ。


「おいおい、年寄り試すなよ、兄ちゃん。

お前さん、他人が作った武器に頼るようなタマかよ」

そう言われて、まあちゃんはハッとしたような顔をして、少し視線を落とした。


しばらく、沈黙となり、

なんとなくら気まずい雰囲気に

リリィは少しオロオロとしている。それ以上に俺はオロオロしている。

ロンべだけは、どっしり構えてまあちゃんを眺めている。その瞳は穏やかだ。


「まあ、なんつーか…

俺からすりゃあ、お前さんたち二人は

張り合いのない客だけどよ。

とりあえず、これにサインしてくれ」

そう言って、なんと、色紙を取り出してきた。



「お前さん達が名を挙げたら飾ってやらあ」

そう、ぶっきらぼうに言って、店内の一角を親指で示した。

そこには、ビッシリとサイン色紙が飾ってあった。

クロフォード、スティーブ、マギカ、ソフィ、ルーシー…

知らない名前もたくさんあるが。

なんとセレイの名前もある。

リリィが嬉しそうにこちらを見て頷いている。

これは、「見込まれた」ということなのだろうか。


ふつうに、俺は賢治と書いた。

まあちゃんは、有名人らしく本名を崩したサインを書いてる。慣れたものだ。


「木刀のヘタレが賢治で、こっちのサイキッカーのメガネが正俊…と」

ロンべのこちらへの態度が大分失礼になってきているが、何やらまあちゃんは嬉しそうにツッコミを入れている。

「もう少しマシな覚え方ないのかよ」

「ねーよ、メガネ」

もう、完全にお客様扱いしていない。


「ロンべじいさん、色々魔導具見せてくれよ」

なぜか、まあちゃんが懐いている。


「ああ?見たらちゃんと買えよ」

「やだよ。あ、でもさっき勧めてくれたのは買うよ」

「しょうがねえなあ」


「あ、あの!」

そこで、慌てて声をかけると2人が振り返る。


「俺も3TBの装備が欲しいなあ、なんて。

 なんだったら

 100TBくらいの装備ないですかね?」

そう言うと、2人とも笑った。


「けんちゃん弱気だな」

「情けねえなあ。100回も死ぬ気かよ」

口々に言う。リリィもクスクス笑っている。


ああ、まただ。

この世界に来ても俺は笑い者だ。

でも、こんな風にして笑われるのは、悪くない。

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