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異世界Good Will Hunting:善意の狩  作者: 寄り目犬
18/34

魔法おじさんマギカ

狩人のねぐらは、

昼間の静けさは見る影もなく


すごい賑わいだった。


猥雑な立食パーティーと言った印象だ。


カウンターに一人で座って静かに飲んでいる人。

テーブル席に座って仲間と

乾杯しているグループなどもいるが、

座れなかった人もそこいら中で

グラス片手に立ち話している。


また、

店員らしき若い女の子(昼間の母ちゃんではない)が

忙しそうに飲み物や食べ物を運んでいる。

そして、それを手伝う客もいるが

「あれ、ビール出ないよこれ?」

などと、ビールサーバーから

自分のジョッキに注ごうとしている

豪の者もいる。

それに対し、

「ああ、ビールが切れたんだろ。

 奥から持ってきな」

と、客を顎で使う母ちゃんもいる。

さすがだ。


立ち尽くして、

酒場を見回していると

奥の方に見慣れた顔があった


まあちゃんと、リリィと

後ろ姿だがセレイもいる。



「マサトシ!」

カプサとともに

人の間をすり抜けながら席に近づくと


まあちゃんはこちらに

気づきのんびりと

ジョッキを掲げ

開口一番


「出所おめでとう」

と、言ってきた。


あれだけのことがあったのに

落ち着いたもんである。


「足はもういいの?」


「ああ、骨に異常はない」


「ケンジは大丈夫だったの?」

リリィが心配そうに見つめてくるので

必要以上に、「大丈夫さ」を

アピールしてしまう。


「あ、ああ。

 もう全然。

 大丈夫!ほんと。

 それより何も食べてないから

 腹減ったなー」

まあちゃんがニヤニヤとこちらを

みている。やめてくれ。

話を逸らそう。

「で、なんでセレイがここにいるんだ」


「狩人の酒場の前で一悶着あって

 マサトシが負傷したと聞いてな。

 今駆けつけたところだ。

 それに…」

そう言って

豪快にビールを飲みほした後

「夜にでも酒を酌み交わそうと、

 約束しただろう?」

と、どや顔してくる。

カプサは「さすがセレイちゃん!!」と騒ぎ

即座に

「タケさん!こっちにもビール2つ!!」

と、店員らしき子に注文した。



「セレイ、それで話の続きだが

 王都直轄地に誰を派遣するのか

 その采配は、ゲボリアン・チョッパー

 で間違いないのか?」

まあちゃんはすぐに切り替え

真剣な顔でセレイの目を見た。



「あ、ああ。

 ゲボリアン様が、

 全て取り仕切っている」

セレイは、気圧され

しどろもどろになっている。

リリィと、カプサの表情が

鋭く、真剣なものに変わる。


「例えば、キドラントが自ら

 マタック村に派遣されることを

 立候補した…と言う経緯などはないか?」


「流石に、そこまでの事情は知らんが、

 おそらく、たとえ立候補があろうと

 なかろうと、そんなことで

 ゲボリアン様の采配は変わらんよ」

まあちゃんは、そう聞くと、セレイには

分からないように、リリィとカプサに

目配せした。


その仕草を見てようやく俺は

今の会話の意味に気づいた。

昼間リリィとカプサに依頼された

「誰がキドラントを派遣したのか」

その情報収拾を目の前でして見せたのだ。

「契約は果たした」

ということだろう。


そこで、ちょうどビールが到着した


「お、来たな。

 それでは、良き出会いに。

 かんぱ〜い!!」

セレイが音頭をとる。

カプサはジョッキを両手で持って

嬉しそうにセレイと乾杯する。

俺には、片手で、無造作にガンとジョッキを

当てる。ジョッキが傾き、ビールが少し溢れる。

この差はなんだ。


「それにしても、お前もなかなか

 野心家だなあ。

 辺境の村の村長になりたいとはな」

え、そうなの?


「まあ、村長になるのは

 狩人の支部を村に開くための

 手段に過ぎない。



 魔獣の被害があるたびに

 王都から、騎士団を派遣していたら

 王都は持たないだろう。


 辺境の村々に強力な狩人を

 駐在させた方が効率的だ。


 王都の人間が、辺境の村の村長になれるのなら

 外の人間が、なる方法もあると思ってな」

なるほど。

そういう設定で、セレイから聞き出したのか。


「キドラント村長も、狩人の支部を村に開くと

 長老会で提案したみたいだけど、

 なかなか承認が下りず、やきもきしていたわ」

と、リリィ。


「うむ。王都も今後そういう方針でいくようだぞ。

 マタック村の件といい、魔獣たちに何やら

 良からぬ動きがあることは間違いがないからな。

 王都の防備に騎士団の人員を割きたいのが本音だ」


「良からぬ動きとは、

 魔獣たちが気配を消し、

 襲撃してくることか?」


「知っていたのか?」


「いや、リリィとカプサに聞いた。

 王都はどこまでその件について

 知っている?

 魔獣は気配を消すすべを身につけたのか?」


「いや、未だ調査中で

 ハッキリしたことは言えん。

 ただ、今まで魔獣が人を襲う条件は

 一つだとされていた」


「それは?」


「魔獣が、『人の敵意を察知した時』だ」

なぜだろう、胸がざわつく。


「どういうことだ?」


「うちの村でも、

 『魔獣に矢は向けるな

  魔獣を見たら気配を消せ』

 という、掟があるわ」

リリィが感が深そうに語る。


「ああ、王都の騎士団も

『魔獣を射抜くは、猪狩りの弓使い』

と、教育されるな。


 ある、高名な弓矢の使い手が

 魔獣に矢を放つと、魔獣は矢を交わして

 追いかけてきた。

 しかし、初めて弓矢を手にした

 若者が、猪を狙って放った矢は

 明後日の方に飛んでいったが

 茂みの奥で、呻き声が聞こえた。

 近づいてみると、矢は魔獣の脳天を貫き

 やがて絶命し、魔石となった」


「つまり、魔獣はこちらの敵意や、殺気に

 敏感に反応して、反撃してくる

 というのが今までの常識だったわけだ」

まあちゃんが退屈そうに話をまとめる。


「ああ、ただ魔獣を見かけた人間は

 恐怖から、魔獣に敵意を向けてしまうことが多い。

 街道を魔獣が横切っているのを見た商人が

 舌打ちをしただけで、その魔獣は商人を

 噛み殺したそうだ」


魔獣こええ。不良漫画に出てくる不良達より凶暴だ。


「なるほど。

 『魔獣の存在に気づいていない人間が

  魔獣に襲われる』

 という

 マタック村周辺で起こったことが

 いかに、異常なことか分かるな」

そう言いつつ、「もう十分」と言外に述べたいのか

まあちゃんは淡々とビールを飲んでいる。


「マタック村の件って、

 王都の騎士団にも耳に入っているのですか?」

カプサがビールを飲むのをやめてきく。


「ああ。

 『魔獣たちの群れでの奇襲』

 前村長リーヤ殿の報告書が上がっている。

 我々王都騎士団にとっても

 重要な意味を持つものだ」


そういって、セレイは一気にビールを

飲み干した。


「これから言うことは

 いずれ、王都の民に伝わることだろうが

 今はまだ口外しないでほしい。

 

 先日出陣した魔獣討伐隊の

 隊員たちの遺品と思われるものが

今日見つかった。

 マタック村も、食料提供に協力

 してくれたそうだな。

 王都の騎士の一人として

 その節は感謝する。

 そして、支援に応えられず、すまない」


セレイは両手を組んで、机の上に置き

顔を俯けて

独り言のように喋り続ける。


「壊滅した討伐隊は

訓練を受けた王都の騎士団の精鋭部隊だったが

 彼らは一つだけミスを犯した。

 

 魔獣襲撃に対応する訓練と

 装備を怠ったのだ」

そこでようやく、顔を上げ

リリィとカプサに視線を向ける。


「我々遊撃隊は、マタック村の件をもとに

結成された、魔獣襲撃の対応に特化した新たに

 部隊編成された。

 襲撃されることを前提として訓練を積み

 装備を整えてきたんだ。

 リーヤ殿の報告書がなければ

 ケンジとマサトシが来るまで持ちこたえる

 ことはできなかっただろう。


 リーヤ殿に敬意を表し、献杯したい」


セレイはまっすぐに、リリィとカプサの

目を見ている。

リリィとカプサはなんとも言えない

顔をして、頷いた。


静かにジョッキが掲げられ

「献杯」

と言う、セレイの声が騒々しい

酒場で妙に響いた。

俺たちが座っている

席の周りの空間が切り取られたようだ。


「ところで、

 王都直轄地となる村や町は

 増えているのではないか?」


「ああ、その通りだ。

 どうやら魔獣の被害は、どの村や町でも

 増えているようなのだ。


 以前は頑なに、王都の直轄地になることを

 拒んでいた辺境の村や町も、今では

 王都の庇護下に入ろうと必死らしい。


 ゲボリアン殿もその対応に追われている。

 村や町に送る、薬師や結界師が足りず、

 魔法学校を出たての若者も

 地方に送らざるを得ない状況だ」

セレイは苦々しい顔をして

すまん、ビールを

と、店員に注文した。


「やはりそうか」

まあちゃんが、ボソッと言う。

誰も聞こえてないみたいだ。


「教師の数も足りないから、

 狩人でも、副業で教師をやるものが

 増えていてな。

 そうそう、これから来るー」


その時、

酒場がどよめいた。


「うお!」

「おおお!!」

「来たー!!」

などと、興奮した客たちの声が

聞こえる。


入り口に人影が見えるが

人垣ができてしまって、

よく見えない。

すらっとした長身の女性が

現れたようだ。


「みんな、ありがとう〜!!

 今日は、お友達と飲みに来たの

 そっとしておいてね。


 あ、ビールおねがーい!」

だいぶハスキーな声だ。


「えい!」

入り口に現れた人影は、一気に人垣を

飛び越え、我々の座る席の前に

着地した。



「おおお」

と周囲がまたどよめく。


女性は俺たちの目の前で

「来ちゃったわ♡」とウインクをしてきた。


アメリカのセレブのような

ブロンドのゴージャスな美女が

自信たっぷりに

ポーズを決めていて

絵になる。


俺も心の中で

「おおお」とどよめく。


「紹介しよう。

 彼女が私の『外の人』の友人だ。

 狩人としても優秀だが、

 精霊術の教師としても優秀だ」


「どうも。マサトシです」

まあちゃんは面倒臭そうに挨拶した。


「あらやだ。かっこいい・・・」

まあ、予想通りの反応だ。


とりあえず俺も早く挨拶を済ませてしまおう。

「あ、あの。ケンジです。

 セレイさんにはお世話になって…」


「あらあ!セレイ!

 全然話と違うじゃない!!

 可愛い!!!私、タイプよ!!」

両手をガシッと掴まれる。

ん?予期せぬ展開。

そして、予期せぬ握力。

痛い。


それにしても声が…

思ってたより…

ハスキー

というか、変声期のような

なんも言えない声をしている。


そう、

セレイのお友達は美しい。

女装をした男性であった。


「ははは。気に入られたなケンジ。

 彼女はマギカ。

 二つ名は『魔法少女』」


「え!魔法少女マギカ!!?」

「え!魔法少女マギカ??!」

あれ、自分の声がハモった。

と、思ったら、カプサも驚いて

立ち尽くしている。


「え、知ってるの?」

カプサが、俺たちの世界の

某有名アニメを知っているとは

思えなかった。


「魔法少女マギカって言ったら

 遠距離魔法を使って、

 一撃で魔獣を魔石化する

 狩人の中の狩人よ。

 現役のトップランカー。

 あんたも知ってたから

 驚いたんじゃないの?」


「いや…」

あの有名アニメをもじっているとしか

思えなくて驚いただけだった。


「あら、ありがとう〜

 あなた、綺麗なお顔してるわね。

 お名前は?」


「あ、あのカプサと言います。

 マギカさんみたいに

 魔法で魔獣をやっつけられるように

 頑張ります!!」

セレイと出会ったときといい

カプサは割と、強者に媚びへつらう

タイプなのだろうか。

それとも、本当にセレイと

マギカのファンなのだろうか。


「マギカでいいわ。

 自分にあったスタイルで、

 安全に魔獣をやっつけちゃおうね」

そういって、マギカは優しく微笑む。


「あなたもカプサちゃんと同じ

 マタック村出身の子よね?」


「リリィと言います。

 お会いできて嬉しいです」

そういって、リリィはにっこり微笑んで

マギカと握手した。

マギカは、にこやかに握手しつつ

その目はずっとリリィの瞳を観察している。


「うーん…あなた。

 とても素敵ね。素敵なのが板についてる。

 いつもお姉さん役ばかりしてるでしょ?

 最近、心から笑えてる?

 ちょっと疲れてない?」


「え・・・」

リリィの瞳が揺らいだように見えた。

笑顔だが、動揺しているのがわかる。



「あ、初対面なのに失礼なこと

 言ってごめんなさいね。

 とにかく!私の前で

 いいお姉さんでいようとしなくていいのよ?

 なんたって、私の方がリリィちゃんなんかより

 ずっといいお姉さんで、いい女なんだから!」

そういってから

「ねえ、ちょっと!タケちゃん!ビールまだあ??」

と、おっきな声で店員に呼びかけている。

たけちゃんと呼ばれた店員も店員で、

「うっさいなあ!今忙しいんだよ!ゴリラ女!」

と言い返した。

マギカは、心底驚いたように目を丸くして

「ねえ今の、ひどくない?」と

俺の顔を見た。俺は曖昧に微笑んだ。


リリィの方を見てみると

少し目を潤ませて、下を向いて

指を組んだり、ほどいたりしている。

そんなリリィの様子をカプサは

優しげに見守っている。

マギカの言葉は今のリリィに必要だった

ものらしい。

思わずこちらの胸にも熱いものがこみ上げる。


マギカとは出会って、

ほんの数分しか経っていない。

どんな人間か知らない。

それでも、確かに不思議な包容力と

優しさのようなものを

彼女から感じた。



だから、俺も

意を決して聞いてみた


「あの、すいません。

『外』の記憶ありますよね??」

絶対ある。

魔法少女マギカなんて、名乗るあたり

確信犯としか思えない。


「はぁーい、お待たせ〜〜

 これは、新人さんたちにサービス!

 セレイちゃん!ついでにマギカも!

 また来てよねー」

ちょうどそこへ

タケちゃんと思しき店員が

ビールと枝豆のような

つまみを持ってきてくれた。



「まあ、とりあえず……」

まあちゃんが神妙な顔で

仕切り直し


「かんぱーい!!」

マギカが高らかにジョッキを掲げ

「かんぱーい!!」と、カプサも

リリィも、なんと、まあちゃんまで

楽しそうに乾杯している。

さっきの献杯は何処へ消えた。


ビールをグビグビ飲みながら

マギカを観察する。


本来、イケメンと思われる

端正な顔立ちに

うっすらと化粧をしている。

ヒゲの跡が見える。

なぜ、がっつり

化粧をしないのだろうか。

仕事上がりだろうか。


半袖のブラウスに

黒のスカートを履いており

魔法少女というにはいささか

地味な印象を受ける。


長身に

引き締まった肉体をしており

ブラウスから覗く二の腕を

まじまじと見ると

やはり、男の体であることを

認識させる。


なんか、いろいろもったいない。

「で、すいません。

マギカさん。

 あの、外の記憶…」


「忘れたわ」

マギカは笑顔で

しかし、遮るように答えた。


「え?」


「私がこの世界で目覚めて

 覚えていたのは、

 自分のマギカという名前。

 あとは、魔法少女として

 魔女と戦うイメージだけ…」


まあちゃんは

「マジか…」と呟いている。


「いや、絶対覚えてるでしょ」

しつこく食い下がったのが間違いだった。


「もーー、だから覚えてないんだってばあ!!」

バチィン!!


未だかつて感じたことのない

衝撃が走った。

どうやら肩を叩かれたらしい。


「………!!!」

激痛に悶える俺を無視して

急にマギカは、

真面目な顔をして

トーンを落として

こう言った。


「あなたたち。

 狩人になりなさい」


「え?」


「あのね。

 街での揉め事は、上位の狩人に

情報共有されるの。

 今日、あなたたち襲われたんでしょ?

 犯人が捕まっていない以上、

 ここで寝泊まりするのが一番安全よ。

 なんたって、狩人たちのねぐらだから」


「そうする」


「え?」


「ケンちゃん、狩人になろう」

なんだか「一緒の部活入ろう」

というようなノリで言ってきたので

いいよ、と答えそうになる。


「身の安全を第一に考えるなら

 狩人になるのが一番いい」

そう、付け加えた。


正直、まあちゃんがなぜ

即決したのか理解できないでいた。

どう考えても、狩人になって

魔獣を狩る毎日の方がリスキーに思えた。


「あの・・・俺、狩人として

 やっていけるか

 自信がないんですけど・・・」


「ダイジョーブ!

 セレイから話聞いてるわよー。

 ものすごいスピードとパワーの持ち主。

 木刀で、魔獣を斬り裂ける。

 そんな狩人、なかなかいないわ。

 あなたは、やっていける。

 私が保証する」


出会ったばかりの人間に

「あなたはやっていける。

私が保証する」

そう言われて、不覚にも嬉しかった。


調子のいいことを言っているのかもしれない。

と、以前の俺なら疑っていたが

目の前のマギカの目は真剣で

暖かく、優しく、とても誠実に見えた。


「それにね・・・」

マギカはさらにトーンを落とす。

そろそろ地の男声に達しそうだ。


「今日、狩人の酒場にいる犯人は

 マサトシに一撃食らわせて

 まんまと逃げおおせているわけよね・・」


少しの沈黙が走る。

「ああ、それがどうかしたのか?」

まあちゃんが珍しく素直に聞いている。


「どうやって逃げきったわけ?」


「え?」


「魔法を使って逃げたのなら、

 ケンジよりも先に、犯人が憲兵に

 捕まえられているはずよ。

ケンジは体感済みだろうけど

 王都の憲兵は

 そう甘くないからね」

たしかに。

俺の魔法発動からわずか1分足らずで、憲兵たちは駆けつけてきた。


「でも、そいつは、憲兵の追跡は

もちろん、ケンジの追跡も

そして

カプサちゃんの追跡からも逃げた」

え、そうだったのか…

カプサの方を見ると居心地悪そうに

モジモジしていた。


「カプサちゃん。あなたマタック村の出身で、気配探知が得意よね?」


「え、ええ。一応…。

でも、どうして…」

「新人さんの情報はしっかり把握しておかないと、いざという時、守れないから」

そう言ってカプサを真正面から見つめる

マギカは、なんというか、こう。

カッコ良くみえた。


「マーシーを倒した相手の

気配って感じた?」


「それが…憲兵にも話したんですけど

私たちが狩人の酒場のドアの外に出た時

気配は既にありませんでした…

だからとりあえず、マーシーが指差した方面をしらみつぶしに探しました」

俺が意識をなくしていた時、

そこまでしてくれていたんだ。


「ありがとう。リリィちゃんも

同じ感想かな?」


「そうですね…

 マーシーが相手と戦っている時に、

 一瞬気配がしたと思って、外に出たら

気配の残り香…余韻さえも感じられませんでした」


「でも、それならなんでマーシーは

酒場の前で聞き耳立ててる奴に気づけたの?」

カプサが不思議そうにまあちゃんを見つめている。


「……」

まあちゃんは、表情を崩さない。


マギカはニコッとリリィとカプサに微笑みを向ける。

「マーシーがあなたたちとは違った

気配感知の力をもっているのかもね。

まあ、本人言いたくないみたいだし、

そっとしておきましょう」


「姿を消す魔法ってのはないのか?

 俺を蹴っ飛ばして、雑踏に紛れ込んで

 文字通り姿を消した。

 そんな風に見えたんだ」

ようやくまあちゃんが口を開く。


「私が知る限り、ないわね。

 それに、魔法を使えばその痕跡を

 憲兵が見逃すはずないわ。

 でも・・・」

そういってマギカは何かに

気づいたような顔をした。


「闇術なら王都で使用しても

 感知されないかもしれない」


「闇術?」


「古のダークエルフだけが扱えた

 秘術よ。

 確かなことは何一つわからない。

 ただ、

 『闇に溶け

  闇より姿を現し

  全てを闇の中に帰す』

 そんな文献が残っているから

 おそらく、亜空間を生成し、

 身を潜めたり、

 ブラックホールのような超質量を

 自在に操ったと考えられているわ」


なんて、厨二心くすぐる

魔法だろう、と思いつつ。

この世界にそういう不穏なもの

が本当に実在していたら

怖すぎる。


しばらく

沈黙となった。


「まあ、私も憲兵がどうやって

 魔法の発動を感知しているのか、

 魔法の痕跡を見つけているのか

 知らないから、なんとも言えないわ。

 ただ、ここ数百年、闇術の使用は

 確認されていない。公にはね」


間髪入れずにまあちゃんは口を開く。

「なあマギカ。

魔法って要するになんなんだ?」


マギカは少し考え込んでいる。

「…難しい質問ね。

何人もの魔学者や哲学者が、その難問に挑んでいるけど、誰も明確な答えを出せていないわ。


魔法によって引き起こされる現象のほとんどは、精霊が司る四元素を行使しているということで、一応の説明がなされているけど。


それは、この世界がどうしてあるのか?と言う質問とほとんど同じことよ」


「なるほどね。

それで、マギカの見解は?」


「……。


「マギカ?」

セレイがマギカの顔を覗き込んでいる。


「魔法は私達の内なる魔獣…」


「え、なに厨二病?」

まあちゃんが真顔で聞き返している。


「…なんてね。

私にとって

魔法は自己表現かな」

マギカが笑顔を作る。


セレイはフッと笑い

「まあ、確かに。

マギカはアイデンティティ

丸ごと魔法に注ぎ込んでいるな」


「それは、あなたもでしょ。

『ボーボー燃えるよセレイちゃん』」


「ちょっとケンジ!セレイちゃんに失礼よ!」

カプサが睨んでくる。


「だって、セレイが1番重症な厨二病患者だよ。

 詠唱とか唱えてたもん」


「え、セレイちゃん、病気なの?」

リリィが普通に心配している。


まあちゃんは一人で呟くように口を開く。


「まあでも…

『思いを具現化することができる力』

と、定義されたものを受け入れてる時点で

俺も厨二病なんだろうな。

ていうか、この世界の人類皆、厨二病だ。

この世界を『厨二ワールド』と名付けよう」


なんというパワーワード。

人類皆、厨二病って…


「何勝手に名付けてんのよ!

この世界には、『ワルプルギスの夜』

という素敵な名前があるのよ」

カプサが鼻息荒く反論するが

最早ネタとしか思えない。


「もう、決まりじゃん。

厨二ワールド全開やで。

…あ、ビール」

まあちゃんの目がトロンとしている。

だいぶ酔ってる気がする。


対照的に

マギカは表情を引き締める。

「とにかく、

あなたたち、用心した方がいい。

何か嫌な予感がするのよ」

そういって、マギカは

こちらに向き直った。


「ケンジ、迷ってるようだけど

あなたに選択の余地はないわ。

 今すぐ、狩人の登録をして

 このねぐらに泊まる権利を

 手に入れなさい。

後のことはそれから考えればいいから」

そうか。狩人になってからのことは

狩人になってから考えればいいか。


マギカはおもむろに光玉を差し出して

こう言った。

「狩人のことなら

 私が手取り足とり、何とり

 教えちゃうから」


ようやく狩人になる決心がつきかけていたが

マギカのセリフに不穏なものを感じ

決心が揺らぐ。


「これでいいのか?」

まあちゃんは、あっさりと

光玉に手をかざしていた。

光玉が青白く光る。

「OKよ」


「はい」

マギカは笑顔で光玉を差し出してくる。

俺も、しぶしぶ光玉に手をかざす。


「私の推薦で、狩人になった以上

 しっかりね!」


「よろしくね」

リリィが微笑んで、ジョッキを

掲げてくる。

「あ、よろしく」

俺もジョッキを当てて

軽く乾杯する。


「おい、ケンジ、先輩である

 私の言うことは絶対だからな」

カプサの目が座っている。

「ちょっとお。この子

酔っ払ってるわよ?まだ宵の口でしょうに…」

マギカは心配そうにカプサを覗き込む。


「今ので狩人の登録は終わりか?

 試験とかないのか?」

まあちゃんにしては本当に珍しく

素直に人にものを訪ねているな、

と思う。

どうやら、マギカに対してまあちゃんの

警報は鳴っていないようだ。


「大丈夫。私は、狩人のスカウト権限を

 持っているから」


そんなのがあるのか。



「それで?私に聞きたいことがあるんでしょう?」


「ああ。

次元転移について、

 この世界で、研究されているか?」

ダイレクトに元の世界に戻る方法を尋ねないのが用心深いまあちゃんらしい。

ここからは、まあちゃんのターンだ。

 

「ええ、魔法都市エスタで、

 次元転移の研究は、古くから行われているはずよ」

 

「魔法都市エスタ…」


「 魔導具の開発、光玉の原理

魔獣や魔石

魔法に関する、あらゆるものの最先端の研究が

なされている学術都市よ」


「そこに行くには?」

と、まあちゃん。


「王都から西へ2週間ほど馬で

 行くと海岸沿いに見えてくるはずだ。

 ただし、魔法都市に行くには、

 西の魔女の塔を横切る形になる。

 十中八九、魔獣たちは襲撃してくるだろうな。

 塔の近くの魔獣たちの強さは、

 この前の魔獣なんかとは比べ物にならん。

 ケンジとマサトシと言えど、

 無事に突破するのは難しいだろう」


「私は、あなたたちの力を

 この目で見ていないけど

 セレイがそう言うなら、

 そうなのかもね」

マギカが合いの手を入れる。


「そんな危なっかしい陸路しかないの?」

俺は、げっそりして言った。


「ああ、飛空挺も戦艦も、

 王都が保有しているのだが

 有事の際を除いて使用不可能だ。

 海と空の魔獣に襲われた時のリスクと、

 飛空挺や戦艦を1台作成するコストを天秤にかけると、

 空路や海路はまだまだ高くつくのでな。」


「そもそも、そんな危険地帯にある都市と

 国交があるのか?」


「ええ。

魔法都市と王都は蜜月の関係で、

魔法都市からは技術提供。

 王都からは、手練れの狩人や騎士達で隊を組んで、食料の運搬や、周辺地域の警備に当たらせているのよ。

 あ、ビールお願いできる?」

マギカは近くを通った店員にすかさず、ビールを頼む。


「下っ端の狩人にはまず回ってこない仕事ね。

 あ、こっちもビールよろしく!」

カプサが少しふてくされつつ言う。


「マギカは、魔法都市には、たびたび足を運んで

魔法の勉強に行っているのだよ。

こう見えて王都の魔法指南役でな」

なぜか、セレイが胸を張る。


「私も何度か視察に行っているけど

エスタの研究施設の数は膨大よ。

しかも、そのどれも王都からの紹介状がなければ

 部外者は入れないようになっていたわ。

 今の2人がもしエスタにたどり着いても門前払いでしょうね。」


「エスタで行われた研究に関する

 論文などは

 一般公開されてないのか?」


「ええ、エスタの研究施設の光玉からしかアクセスできないわ」


「なるほど。つまり最短で情報にアクセスするには…」


「狩人として、実績をあげて王都から信頼を得ることだな。

 毎月やってるGWHで、上位に入賞すれば、

 王の晩餐会に呼ばれる。

 私も、王に謁見し、騎士団の入団をその場で嘆願し、即座に入団が認められたわ。

 魔法都市エスタに見聞を広めに行く狩人は少なくない。

 紹介状くらい書いてもらえるかもしれんぞ」


そうなのか。そんなにひょいひょい

王様が狩人の言うことを聞いてくれるもんなのか。

セレイは、少し楽観的すぎやしないか。

それよりも、聞き慣れない単語が気にかかる。


「GWHってなに?」


「毎月、狩人たちが

 一斉に魔獣狩を行う様子が

 光玉を通して、

 王都民にヴィジョンが共有されるのよ。

 制限時間内に、より強力な魔獣を

 何頭狩ったかを競うの。


 今じゃ単なるエンタメだけど

 元々は

 古くから狩人たちの間で行われている

 『善意の狩』という儀式なの。

 古い言葉でGood Will Hunting。

 その略称がGWHよ」


「Good Will Hunting!!?」

俺と、まあちゃんの声がハモった。


「うおお!急にどうしたんだよ!」

こちらのあまりの大きな声に

カプサが驚いて、ビールをこぼしている。


あの名作映画の題名と同じではないか。

英語で直訳すると確かに

『善意の狩』と訳せなくもないが……

映画のタイトルの意味合いとまるで違う。


それにしても

マギカは魔法指南役だけあって

人への説明慣れしている。


見た目はアレだが

学校の先生っぽい

落ち着いた空気感を持っている。


「今月のGWHから、私たちも

 参加するのよ」

と、リリィが穏やかに言い

カプサは

「絶対、上位に食い込んでやる」

とビールを一気に飲み干した。


「あらあ、二人は今月デビュー?

頑張ってね」


リリィが狩をしている姿は

マタック村で見ていない。

まして、魔獣を狩るところなど

まるで想像できないのだが、大丈夫だろうか。


「へー、そうなんだ。

 その…危険はないの?」


「なにー、ケンジ心配してくれてるの?」

カプサがゲップをしながら

聞いてくる。

お前じゃない。


「無論狩に危険はつきものだが

 むしろ通常の狩よりも安全だ。

 何しろ、そこら中に

 狩人が魔獣を狙って潜んでいるわけだからな。

 あ、こっちビール追加!」

ふーん、そんなもんかね。

でもそうなったら…

思いついた疑問を口にしてみる


「でもさ、他の狩人が

 魔獣を狩るふりして

 狙ってきたりしない?」


その途端、

セレイ、マギカ、リリィ、カプサの

表情が凍りついた。

怖いものを覗き見るように

こちらを見ている。

やばい。俺なにしでかしたんだろう。

心臓が高鳴る。沈黙が痛い。


「ケンジよく聞いて…」

マギカのこの上なく優しい声が

沈黙を破った。


「この世界に、

 死の魔法は

 存在しないわ。

 

 もちろん、炎の魔法が人の近くで炸裂すれば

 火傷することもあるかもしれない。

 でも、念じただけで…

 魔法の力でいきなり

 人の体が燃え上がるような

 そんな恐ろしい魔法は存在しない。

 

 だってそうでしょ?

 そんなことができるのは人間ではないわ。

 そんな恐ろしいことができるのは…」

そこで、マギカは

一気にビールを飲み干して

吐き捨てるように言った。


「魔女だけよ」

その眼光は恐ろしく鋭かった。

あまりの気迫に


「あ、ああ。そうなんですね」

としか言えず…

俺もジョッキの底に

残ったビールを飲み干したが

味はしない。


「へー。

 思いが現実となる

 魔法が存在するのに

 死の魔法は存在しないんだ…

 お優しい世界ですこと」

まあちゃんがつまらなそうに呟いた。


その発言に

まどかはハッとしたような

顔をした。

しかし、まあちゃんはのんびりと

ジョッキを傾けてちびちびと飲んでいる。


しかしすぐに

いつものにこやかで

朗らかなトーンで

俺に向き直り、まくし立ててくる。


「でも、分かるわあ。

 この世界に来たばかりですもの!

 怖い想像しちゃうわよね!

 でもね、魔法って

 もっと素敵で、美しくって、

 楽しいものよ!

 『魔法少女』の私が言うんだから!

 間違いない!


 あ、そうだ!私がケンジに

 特別レッスンしてあげましょうか?

 手取り足取り、ナニ取り…」


そういって、近づいてきたので

「あ、あのー、トイレ!!」

と、言って逃げた。


店内は相変わらず

ガヤガヤうるさくて

人の熱気でムンムンしているはずなのに

頭の芯は妙に静かで冷えていて、心は乾いていた。


俺の考え方は

この世界では、絶対的なタブーなのだろう。

魔法の力で成り立っているこの世界において

誰かが念じただけで、自分を殺せるかもしれない

と言う可能性を考え出したら

安心して夜も眠れない。


マギカが俺に語ってくれていたことは、

きっと

マギカ自身の祈りだ。



そんなことを考えながら

俺は、底なしの闇の穴に用を足した。

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