黒ローブの男を追って…
「え」
一同が口を開いてしまった。
煙のようにまあちゃんが消えた。
と、同時に。
ガタン、ドタンとドアの外で音がする。
木刀を握りしめ、ドアを開けてみると
すぐそばで、
まあちゃんが片膝をついてうずくまっており、
周囲に人だかりができていた。
「く…逃した。」
まあちゃんは苦しそうに足を抑えている
「どうした?大丈夫?」
足を見てみると、特に血は滲んでいない。
刺されたりはしていないようで、ホッとする。
「外で…
俺たちの…話を聞いていたようだ。
…足、蹴っ飛ばされた」
「どんなやつだった?どっちに逃げた?」
苦しそうに、通りの向こうを指差しつつ
「黒いローブを着て…仮面をかぶっていた」
と言う。
「あっちの方角だな。
リリィたちは、まあちゃんを頼む!」
そういった瞬間、駆け出していた。
「けんちゃん追うな」
後ろの方から
まあちゃんの声が聞こえた。
心臓がドクドクと鳴っている。
怒り、焦り、不安。自信。
いろんな感情が体を突き動かし
周りの景色は、みるみる
すっ飛んでいく。
しかし、視界はクリアで、
進行方向に現れる人、
建物や障害物を軽々ジャンプして
乗り越える。
「うわっ」
「ひっ」
などと、人々の声を置き去りにして
跳躍する。
ふと下を見ると
いかにも怪しいローブ姿の男が
見えた。
心臓が高鳴るが、必死で
動揺を抑えつつ、前に回り込んで着地
すると
「うわぁ!な、なに?」
と、痩せた中年男性がその場で腰を抜かす。
なんだか、
いかにもRPGの世界にいそうな
魔法使いっぽい格好をしている。
が、威厳はなく、弱そうだ。
「あ、あの!すみません!
さっき、狩人の酒場の前に
いませんでしたか??」
「え、私はそこの魔道具屋で
このローブを買ってたんだけど…」
と、言って
ハリーポッターに出てきそうな
ローブを見せつける。
おニューだったんかい。
そこで、カッと魔法発動の光が
背後に光る。
「おい、君」
振り返ると、上下ビシッと決めた
20代後半くらいのお兄さんが
何やら警棒のようなものを
こちらに向けて立っている。
軍服のようだが、
ゲボリアンのようなものよりは
無骨さはない。
どちらかというと、この制服は…
「魔法行使の現行犯で逮捕する」
バシュン
警棒が光ったかと思うと
体が痺れ、意識がどろりと
溶け落ちていく。
ああ、かっこいいな。
この制服は多分警官だな・・・
俺もいい加減、ジーパンとTシャツよれてきたから
この世界の服を整えないと・・・
薄れゆく意識の中でそんなことを
考えて
プツリと途切れた。
床が冷たく、硬い…
不快さに身悶えすると
意識がはっきりしてくる。
目を開くと、そこには
飾り気のない、白いタイルが見えた。
どこだ?
ああ、警察官っぽい人に
捕まって、連れてこられたんだったな。
ということは、ここは留置所・・?
左右、後ろは石の壁、
目の前には…
カプサだ!
「ケンジ!大丈夫?」
心配そうにして、立っている。
「びっくりして、目が覚めた。
大丈夫」
ようやく脳みそが動き出してくる。
カプサが立っているところは
廊下だろうか。
ここは、石造りの建造物の
廊下の窪地のような
スペースなのだろうか。
留置所にしては、オープンで
廊下側にいるカプサと、
窪地にいる俺との間には、何もない。
ふと、見ると
四隅にCDくらいの円盤がある。
中央に魔石?赤く輝く鉱石がある。
見るからに怪しいのでいじらない。
人気はない。
お迎えが来ているから
出てもいいのだろうか。
「まあちゃんは大丈夫?」
と、言いながら立ち上がり
カプサが立っている廊下側に行こうとする
「だめ!止まって!!」
「え?」
「この部屋には、結界が張られていて、
中からは絶対に出られなくなってる。
中から外に手を出したら手がなくなるよ」
一瞬で手に汗をかき、
そろりそろりと後退する。
「え、俺もう出られないの?」
「大丈夫、
一応私が身元引き受け人になって
手続きは済ませたから、この後
取り調べを受けて、何もなければ
帰れるよ。係の人呼んでくるね!」
そう言って、呼びに行ってしまった。
物騒な結界が張られてあることを
聞いてしまったので、居心地が悪かった。
壁にもたれかかるのも危険なような気がしたので
部屋の中心であぐらをかいて座ってみた。
尻が冷える。
しばらくすると
カツカツと足音がなり、
制服姿の警官が立っていた。
俺を捕まえた人だ。
いかにも、真面目そうな
公務員っぽい顔立ちだ。
その顔立ちは、異世界感ゼロだが
例の警棒っぽい何かと、
なんと、光玉を握りしめている。
その人がまた、
警棒のようなものをこちらに向けると
4隅のCDっぽいものが
赤く光った。
「それでは、これから取り調べを行わせていただきます。
この部屋で魔法や、嘘を複数回感知すると
即座に命を失うことになります。
お気をつけください」
淡々と説明されて
「はあ・・・」と答えたが
実はとんでもない自体に陥っていることに気づき
スロースターターな感じで
心臓がドッドッドッドと、右肩上がりで
鼓動を強めていく。
気がつくと、額から汗が顎まで
ツーっと垂れた。
知らない間に
嫌な汗をかいていた。
「それでは、始めます。
まず、あなたは魔法を行使したことを認めますか」
「はい」
警官は、いつの間にか警棒をしまっており、
左手に持った光玉に右手を当てながら
微妙に指を動かしている。
タイピング?
「魔法を行使したのは、友人が
不審者に負傷させられ、
その不審者を
捕まえるためですか?」
「はい…」
と答えたものの、
不審者を追いかけて、捕まえることまで
考えていたか、不明だった。
嘘を感知した場合・・・
さっきのセリフが頭の中でこだまする。
「あ、でも…
正直、あの時は、追いかけてその後
どうしようかまで、考えていませんでした。」
「なるほど・・・」
自分で言っていて、
これもなんだか嘘くさい。
しっくりこない。
追いかけた時、
何かしら明確な意思と自信があった。
なんの自信だ?どんな意思だ?
何がしたかったんだろう。
なんで追いかけたんだろう。
不意に、
夕暮れ時の原っぱで
まあちゃんを自転車で追いかけている
光景が思い浮かんだ。
まあちゃんは中古の
補助なし自転車を、
団地のお兄ちゃんに貰いたてで
俺は、半年くらい前に新品を買ってもらって
毎日乗り回していた。
それでも結局、「自転車鬼ごっこ」では、
一度も追いつけなかったんだっけ。
走り出した時
あの時の感覚と一緒だった。
あの頃はまだ
自分だったら追いつける
という自信があったんだ。
俺が今日
本当に追いかけていたのは
「もしかしたら……
友人を倒した男を捕まえて
その友人に『すごいだろ』って
自分の力を
誇りたかったのかもしれません…」
まあちゃんだったんだ。
まあちゃんに、勝ちたかった。
見直されたかったんだ。
そんな気持ちはとっくに
無くなっていたと思っていたのに。
かたや億万長者の有名人で
こっちは大学休学中の引きこもり。
比較対象にすらならないはずなのに
自分の中で、まだ
まあちゃんに張り合おうとする
並んで歩こうとする気持ちが
あったことに驚いていた。
警官の手の動きが止まる。
「…なるほど。
…
取り調べに関しては問題ありません。
しかし、本来
王都内での魔法の行使は、
テロ行為に当たります。
個人的には、
このまま重罪に処すべきかと思いますが・・・」
「あなたは、先頃セレイ隊を
救ってくださっている」
そういってニコッと笑いかけてきた。
「今回に限り、釈放します。
王都は初めてだそうですね。
王都ザピンにようこそ」
そういうと、
部屋の四隅のCDが青く光った
「それでは、お気をつけてお帰りください。
もう、ここから安全に出られますよ」
カツカツと、足音を響かせながら
警官は踵を返していった。
恐る恐る指先を廊下側に出してみる。
大丈夫だ…。
疲れたーーーーーー。
「よかったね!ケンジ!
アタシも相当、ケンジのことを
いい感じに言っといたんだから!
今度、おごりね!」
こういう時は、カプサの明るさと
図々しさが助かる。
いや、彼女なりに気を遣ってくれているのかもしれない。
「ああ、ありがとう」
ホッとして、
一気に疲れがどっと出た。
恐ろしく長い1日だった。
早く寝たい。
あ!
「そうだ、今日泊まるところ決めてない。
まあちゃんは今どこ?
体は大丈夫?」
「ああ、そうだった。
マサトシは全然問題なし。
宿も決まってる。
送るよ」
普通、逆じゃなかろうか…と思いつつ
男前なカプサさんの後をついていこうと決める。
そう言って、外に出ると
外は、日が落ちていた。
しかし、街灯は灯り、
そこかしこで、淡い暖色が
暖かく輝いていた。美しい。
「やっぱり都会よねー。
もう8時なのに、
こんなに街が明るいなんて」
「もう8時か!?腹減ったー」
3時間ほど、意識を失っていたようだ。
「さ、乗ろう!」
カプサがタクシーっぽいものを
呼んでくれていた。
「金あるの?」
「あるわ!」
そんなことを言いつつ、
車は静かに走り出す。
浮遊しているのに
本当に静かだ。
カプサが窓の外を見て
黙っている。
いつも騒がしくて、
落ち着きのないやつが
急に黙ると、なんだか落ち着かない。
こちらの心中を察したのか
カプサは窓の外を見ながら口を開いた。
「ケンジはさ、マサトシに勝ちたいの?」
別人の声かと思うほど
落ち着いて、静かな声だったが
心を妙にざわつかせた。
「あ、ああ、いや!
やっぱり、同い年で幼馴染で
まあちゃんはなんでもできて
俺は、いつも後をついて行くだけだったからさ。
まあ、勝ちたいってほどじゃないけど、
なんというか、意識しているというか」
情けないほど、動揺し、早口で話してしまう。
何か、後ろめたいことを指摘されたような
気になる。
「男って、やっぱそうなのかな…」
「え?」
「レーヤとリーヤが仲違いしたのは
どっちが強いか
どっちが勝つか
試したからだよ。
仲良く楽しく暮らすのには
どっちが勝ちかなんて
そんなのどうだっていいのに…
もし、レーヤが村にいて
一緒に暮らしていれば
リーヤは死ななかったかもしれない」
窓の外を見ながら
ほとんど独り言のように呟いている。
俺は、会った事もない
二人のことを想像する。
レーヤは今、どこで
何をしているのだろうか。
綺麗どころに心配されやがって。
早く出てこい!
「レーヤさんって、どんな人だった?」
「うーん・・・。
まあ、マイペース…
っていうか自由だったよねえ。
村長決定戦で負けても、
ケロッとしてるかと思ったけど…。
拗ねて、家を出るとか。
どんだけ負けず嫌いなんだよって」
そういってから、少し寂しそうに
「知らない一面はあるもんだね」
と、言って笑う。
なぜか、その一言が
とても胸の中で響いた。
知らない一面。
俺にもある。
まあちゃんに謎のアドバイスを残し
魔女を助ける自分。
戦いの中で化け物になる自分。
大学のサークルで、
友人を傷つけてしまう自分。
「あ、そうだ。レーヤのやつ未だに
光玉に住民登録してないから
まだマタック村の村人でもないんだよ。
ケンジたちの方が先輩じゃん」
そう言って、カラカラ笑う。
だんだん、いつものカプサに戻ってきた。
…と、思いきや沈黙。
外の景色を眺める。
まだまだ、人通りは多く
スーツ姿の商人たちが、居酒屋へと
入っていく。
うーむ、異世界っぽくない。
「ケンジたちは、『外の世界』に帰りたいんだよね。」
「え…」
「『外の世界』の記憶はないんでしょ?
怖くないの?」
「あ、ああ…。
まあ、どっちにいても
怖いかな。
こっちも分からないことだらけだし…
だったらまだ、元いた場所の方が…
ほら、行けば思い出すかもしれないしさ」
行けば思い出すなどと、嘘をつくのがなんとなく、心苦しい。
「そっか……
もしさ…
もしね、元の世界が
この世界より、怖い所だったら
どうする?」
カプサは真剣に聞いてくる。
本気で心配してくれているのが伝わって
なんだか申し訳ない。
俺たちの世界は
魔法なんてないし
トイレは水洗だし
怖いところじゃないよ
と、喉まで出かかった。
でも、そんな平和な世界なのに
俺は、元の世界に帰るのが怖い。
また、あの生活に戻るのが怖かった。
「まあ…なんとか
怖くないところにしていくよ」
笑って言い返すつもりだったが
うまくいかない。なんだか
この上なく重々しく、決意を込めた
宣言のようになってしまった。
自問する声が頭の中で鳴り響く
どっちを「怖くないところ」にしていく?
元の世界を?
それとも、この世界?
「そっか……。そうだね。
私もそうする…」
そう言って、めいいっぱい笑顔を向けてきた。
カプサも
今この世界で、
自分の身の回りで起きていることが
怖いに違いない。
幼馴染が死に、もう一人は失踪中。
俺なんかよりよっぽど深刻だ。
だから尚更
カプサの笑顔が切なく見える。
思わず視線を再び外に向けた。
外は、美しい魔法の光で満ち溢れていて
平和そのものだ。
飲食店に、客足は絶えないようで
どこも活気がある。
歩く人々はみんな、平凡に見えるが
魔法を使えるのであろう。
そして、魔法使いでありながら
穏やかでそれなりに楽しい毎日を
送っているのだろう。
でも。
こんな…
魔法も使える
なんでもありの異世界でも
いや、なんでもありの世界だからこそ
不安や悩みは尽きないのかもしれない。
そんなことを考えながら
あることに気づいて
思わず声が出た
「あれ」
なんだか、見慣れた通りに戻ってきている気がする。
暗くなって、町の雰囲気も変わったが
間違いない。
見慣れた看板が見えてきた。
「『狩人のねぐら』・・・
もしかして、まあちゃんの
泊まっている所って…」
「そう、ここ!」
カプサはこちらを振り返って
ニカッと笑う。