再会・警戒
「それにしても驚いたな。
けんちゃんがあそこで
即断るとはね」
まあちゃんは嬉しそうに笑っている。
珍しいこともあるもんだ。
昼間から、酒など飲んでいるからだろうか。
ここは、狩人の酒場。
狩人たちの寮の食堂のようなところだ。
2階より上は、狩人の住まいとなっている。
主に、若手の狩人がここに住んでいるらしい。
昼間は食堂もやっているらしく
一般の客にも一応開放しているそうだ。
ただし、夜の酒場には、狩人の関係者以外は
入れなくなっている。
今はお昼時のピークを過ぎているせいか
客は俺たちだけだ。
「いや、ごめん。
俺には、セレイみたいに王都の騎士として
成し遂げたいことがある訳じゃないから・・・。
正直、ゲボリアンさんとの関わりは
なるべく持ちたくないよ。」
「うむ。こう言ってはなんだが、賢明だと思うぞ。
ああ見えて上司としては有能だがな…
冷静な状況判断
部下の才覚を見抜き、伸ばす力もずば抜けている。
しかし・・・
とてもケンジと相性がいいとは思えない。」
「逆に聞きたいんだけど、
むしろどうしてまあちゃんはあの場で
少し迷っていたの?」
「いや、単純に
王都の騎士でいる方が、
安定は確保できると思って」
「お前、そこは、
『セレイちゃんの部下になるのも悪くないな』
とか、そういうセリフをさらっと
言うところだろう」
「いや、本当そういうとこだよ。
『自分大好きセレイちゃん』」
すかさず、横槍を入れてみる。
「おい」
「けんちゃん、その二つ名
広めようぜ」
「やめろ!私の
『ボーボー燃えるよセレイちゃん』
としてのイメージが崩れる・・・」
「どんなイメージだよ」
「アッハハ。楽しそうだねえ。セレイ。
はいよ。ビールね」
突然、豪快なおばさんが
自分の笑い声と重ねてきた。
ヌッと現れたその容姿を見てさらにビビる。
でかい。ゲボリアンチョッパーよりもでかい。
「おお、母ちゃん。
昼間に店番なんて珍しいな」
「いやあ、最近は昼の方に顔だしてるよ。
新しく1人入ってくれたし・・
母ちゃん年のせいか、
夜のシフトは体がキツくてね。」
「よく言う。
聞いたぞ。
こないだも、若手の狩人を
再起不能にしたらしいじゃないか」
「あらやだ。知ってたのかい?
でも、失礼だね。
ちゃんと再起はできるさ。
『いつか』ね」
「『いつか』か」
「プ・・はははは」
二人で大爆笑しているが
話の内容は穏やかではない。
狩人の若手を再起不能って、
このおばちゃんそんなに強いの?
それより何より
「え、あのすいません。
セレイのお母さんなんですか?」
無論、血は繋がっていないだろうが
セレイの育ての親と言われれば納得がいく。
外見で共通しているのは
金髪碧眼というところくらいで
その体格は、どちらかといえば、
ゲボリアンの母ちゃんと言われた方がしっくりくる。
だが、外見以上にどことなく二人の醸し出す
雰囲気は似ていると思った。
「はははは!
やっぱり似てるかい?
よく言われるよ。
でもね、あたしゃ、
狩人みんなの母ちゃんなんだよ。
あんたたちも見たとこ
外の人みたいだけど、狩人志望かい?」
「いえ、狩人になるかどうか
迷っています。
一応マタック村の住民として
登録しているので、
村に戻ることも・・・」
言いながら
何も言わずに飛び出てきた村に
今更帰ることができるのだろうか。
と、不安になった。
それにしても、
元の世界に帰ることが最終的な
目標だったはずなのに
今では、マタック村に帰れるかどうか
心配している。おかしなものだ。
たった1日の滞在だったにも関わらず
リリィやシエラ、そしてあの
カプサでさえ、懐かしく思っていた。
「ずいぶん、
調子がいいこと言ってるじゃない」
階段の上から
聞いたことのある声がした。
この声はカプサだ。
そして、その隣には…
「おお、リリィ
いつから狩人になったんだ?」
まあちゃんは再会に驚くこともなく、
当たり前のように話しかけている。
「マサトシコラァ!!私もいるっつーの!」
カプサが喚く。
「カプサお疲れ。
登場のタイミング伺ってただろ。
さっきのセリフまわし
カッコよかったよ」
カプサがみるみる赤くなり、
今にも飛びかかりそうになる。
「まあまあ、せっかく会えたんだから・・」
と、リリィがカプサをなだめている。
正直、2人の姿が現れた時
少し警戒してしまったが
久々のやりとりを見て
再開の喜びが今頃じわじわと
胸の内に湧き上がるのを感じた。
「ああ、そうか。あんたたちも
マタック村の出身だったけねえ?
こりゃあ、積もる話がありそうだ。
店は、夜の部まで貸切にしといてやるよ。
好きに使っとくれ。」
母ちゃんはそう言って
店を出てしまった。
「あ、母ちゃんありがとう」
リリィも、あのカプサでさえ
表情を緩めてお礼を言っている。
なんか、本当に「母ちゃん」という
呼び名が似合う人だなあ。
金髪、碧眼のマッチョおばさんだけど。
「私たちは、あなたたちが村を出てから
8日後に、狩人になれたわ」
リリィが答える。
え。速すぎない?
村から王都まで、迂回しながらきたとはいえ
俺たちは14日もかけたのに・・・
「どう?狩人の暮らしは?」
「まだまだ弱っちい魔獣しか
倒せないけどね。まあまあよ。」
カプサが答える。
「それにしても二人とも焼けたわね」
リリィがおっとりとそんなことを言う。
「いやあ、王都に着くまで基本
馬車だったけど、
結構狩りとかやって、
屋外で活動してたからね」
「まあね」の一言で済むところを
つい、リリィにアピールしつつ
話をしてしまったが、これがよくなかった。
「ああ。確かにケンジ殿は、
頻繁に屋外での活動に
勤しんでいたな」
セレイがにやけながら
たっぷり含みを持たせて言う。
クソー。クソだけに・・・
「あれ?
え・・・
ちょっとまさか・・・
あなたは、あの
『ボーボー燃えるよセレイちゃん』??
なんでここに??」
カプサが慌てふためく。
そんなに有名なのか。
「ああ、バレてしまったか。
たまにこうして昼間の食堂に
食べに来るんだ」
セレイは嬉しそうだ。
「そうなんですね!!
私大ファンなんです!!
狩人になってから、セレイさんのバトルログ
全部見ました!
これからは、私、お昼はここで食べます!!」
カプサが目をキラキラさせる。
「変なことされませんでしたか?
ケンジはむっつりすけべなので・・・」
「ああ、大丈夫だ。
むっつりスケベな者ほど、
気が小さいからな。
手を出す度胸もない。
もし手を出してきたら・・・」
セレイは、少しのタメを作った後
「ボーボー燃やしてやるさ!」
と、キメ顔をする。
「きゃー!!出たー!!
セレイちゃーん!!!」
なんだこのファンイベント。
「それにしても
驚いたわね。
二人が来るのは
分かっていたけど
まさかセレイさんも一緒なんて」
リリィがマイペースに感想を述べるが
聞き捨てならない。
二人が来るのは分かっていた??
「やっぱり本物は素敵ね。
セレイさん、ケンジ、マサトシ。
もし時間があれば、これまでのお話
聞かせてもらえない?」
どうして村を出たのか
あえて触れないあたりは
リリィの優しさだ。
リリィさん。あなたの方が数倍も素敵です。
「あいにく、私はこの後
練兵場に行かなくてはならなくてな。
また、夜にでも美味い酒を
酌み交わそうではないか」
「そうですね!!ケンジ抜きで!!」
「そういう約束は本人がいないところでしてくれ」
カプサは相変わらずだ。
1ヶ月以上会わなかったとは
思えない。
「ふふふ。それでは私はこれで」
残されたマタック村の
面々は、当たり前のように
同席してきた。
早速疑問を口にしてみる。
「俺たちがここに来ることを
知っていたって言ってたけど、なんで?」
「あなたたちの気配はもう覚えていたから…
王都に来た時点で、分かったわ。
その気配がこっちに近づいて来てたし…
それに、村ではマサトシが王都の方角や
道なんかを散々聞いてきたからね」
そう言って、いたずらっぽく
リリィは笑った。
「ふーん…」
今ひとつ釈然としない。
「それと、
マタック村に登録した人間は
マタック村の光玉で
だいたいの居場所がわかる?」
まあちゃんが当たり前のように
予想を口にした。
「知ってたの?」
「いや、
可能性としては
あると思ってた」
リリィは口に手を当てて
目を大きく見開いている。
驚きを隠せないようだ。
「俺たちが突然いなくなって、
村長はどんな感じ?怒ってる?」
このままでは、俺は会話に入れなさそうだ。
慌てて気になっていることを
聞いてみる。
「いいえ、
『まあ、いずれは戻ってくるでしょう』
なんて、おっしゃっていたわ」
そんなもんかね。
もっと、村社会的な
閉鎖的な感じかと思っていたが…
あっさり村から出てもいいもんなのか。
「そう言えば、二人が所属してる
村のチームは、大丈夫なの?」
カプサがビールの瓶を山ほど抱えてきて
机の上にガシャガシャと置いた。
「だーいジョーブだって!
私のところはシエラがいるし。
リリィのところは、みんな手練れだしね」
カプサは素早くビール瓶のふたを開けて、
もうラッパ飲みしている。
「それよりさ!2人の話、聞かせてよ!」
俺たちは、魔女と出会ったことは除いて
これまでの経緯を話した。
魔獣に王都の騎士団が襲われていた
話をした時、
2人の目は一瞬鋭くなり、集中して話を聞いているようだった。さすが、狩人と言ったところだろうか。
しかし、その後、まあちゃんが俺に
「疾風銀杏」と言う
不名誉な二つ名が
ついた経緯をさらっと説明すると
カプサがその二つ名を大いに気に入り、
場を荒らしに荒らした。
俺が何か言おうものなら
「あ、銀杏の旋風が吹き荒れている・・・」
などと、茶々を入れるので
もう、まあちゃんに任せることにして
黙って飲むことにした。
リリィが
困ったように微笑んで
ビールを注いでくれた。
我ながら単純だが
機嫌が一瞬で直った。
まあちゃんが
ほとんど全て話し終え、今度は攻守交代だ。
リリィ、カプサの2人が
なぜ、ここにいるのか。
なぜ、狩人になったのか。
その経緯についても、
村の現状についても
俺たちは知ることができた。