魔女との出会い。『旅』立ち。
「けんちゃん起きろ」
近くで声が響き、反射的に体を起こす。
ランタンの光は消えている。
明け方だろうか、月明かりだろうか…。
シエラの家は、かろうじてどこに何があるか、輪郭を捉えることができた。
テーブルを囲むようにして、みんな床に寝ている。豪快なイビキが聞こえる。イビキの発信源は辿って見てみると、腹を出して寝て、お尻をボリボリとかいているカプサに行きついた。
はあ…
思わずため息が出る。
「とりあえず移動するぞ」
そう言って、まあちゃんが手を肩に当てると、
そこはもうキャンプ場だった。
「うおっ!」
突然の環境の変化に驚く。
川の音が聞こえ、冷たい空気を感じ
ようやく、事態を把握する。
「これが瞬間移動…」
「起こして悪い」
「……」
突然起きて、未知の体験をして
言葉を失ってしまう。
まあちゃんは、焚き火の薪をそこら中から集めた。
空中に突然現れた炎が
組まれてある薪に着火された。
時間にして3秒ほどだ。
全て魔法でやっていた。
「なんかもう手馴れてるね」
「ああ、あれから色々試したからな」
「あのさ…。
まあちゃんの能力って実際のところなんなの?」
ずっと疑問に思っていた。
というより、脅威に感じていた。
まさしく魔法とでも
言わんばかりになんでもありに見えた。
まあちゃんなら死の魔法でさえも
簡単に使いこなしてしまうのではないか
と、恐れているのだ。
「…正直まだ、よく分からない。
ただ、コードが見えるんだ」
「コードって、プログラミングとかの?」
「そう。
村長は思いを具象化すると言っていたな。
今日、村長が家に明かりをつけた時も、けんちゃんがものすごいスピードでダッシュした時も、昨日の時もけんちゃんの体の周りにコードが見えた。
どうやら頭の中で考えたこと、イメージしたことをコードに変えて打ち込むことで、この世界の事物や、現象に干渉しているようだ。そして、そのコードへの
変換力こそが、この世界でいう魔力なんだと思う。」
「え、いやちょっとまってよ。俺コードなんて打ち込んでないし、第1コードなんて見えてないよ」
「やっぱり、けんちゃんもか…。
実は、今日あの3人娘にそれとなく聞いたんだ。そしたら
『魔法は、念じて口に出すことで、発動する』
なんてこと言ってたよ。ザックリし過ぎだっての」
そう言って、乾いた笑いをこぼしながら続けた。
「今日、ローストチキンを作るときに、あの3人に同時に火を起こしてもらった。そしたら、おんなじコードが見えたよ。で、そのコードを打ち込んでみたらやっぱり火が起きたらしい」
えーーー、最強すぎるだろ。
人の魔法を見れば見るほど、コードを覚えて
再現できる。
汎用性が高いとかいうレベルではなくて、もうこのキャラ1人いればいいよね。というチートキャラだ。
「なあ、けんちゃん。
今ここに何が見えてる?」
まあちゃんは
自分の魔法で生み出した火の玉を
人魂のようにくるくると
弄んだ。
「え、人魂?なに?怖い話?」
「近くまで来て、火にあたってみて」
よく分からないが、
言われるがまま火に手をかざしてみた。
「どう?あったかい?」
「え、そりゃあったかいけど…
なんなの一体?」
「俺には、ここにコードしか見えていない。
火なんて見えない。
暖かくもないんだ。」
そう言ってまあちゃんは、
自分で生み出した炎の真っ只中に
手を突っ込んでいる
「おいおいおい!やめろって!火傷するって!」
それでも、まあちゃんはずっと手をそのままにして、涼しい顔をしている。
「ほら」
火の中に突っ込んでいた手を見せてきた。
「え…」
なんともなっていない。あれだけ火の中に手を入れていれば、焼けただれて、見るも無残な手になっているはずだ。
「どういうことだ…」
「今分かっている俺の力は4つ
①物体に干渉するサイコキネシスっぽい力。
②瞬間移動。
③魔法による事象をコードとして見て再現でき
④自分自身は魔法による干渉を受けない。
俺にとって魔法は、ただのコードだからね」
ひええ。
自分には魔法が無効だけど、魔法をコピーして使い放題ってこと?
反則すぎる。
「俺にとって魔法は、ただのコードだからね」
なんだそれ。かっこ良すぎるだろ!
そこで、はたと気付く。
「昨日の俺の見た目は本当にいつも通りだったってこと?」
「ああ、それ。昨日も聞いてきてたね。
全くいつも通りだった。突然倒れてビックリしたけど」
「本当に?俺は、醜い化け物みたいになって、あの魔獣に飛びかかって木刀をふるったって認識してるんだけど」
「…。」
まあちゃんはしばらく考え込んでから
「いや、けんちゃんが木刀を構え直したら、相手が勝手に吹っ飛んだ」
「な……」
どういうことだろう。
俺の見ている世界とまあちゃんの見ている
世界があまりにも違いすぎる。
「そういえば、俺の肩の傷は??」
「ああ、それか…」
「私が治したのよ」
「うわあ!」
思わず飛び上がった。
「こんばんわ」
美しい銀髪の女性が月明かりに照らされて、にっこり笑っている。
この世界に来てからというもの美女との遭遇率が高く、美女への耐性は出来ていたはずだが、目の前の女性は、この世のものとは思えないほど美しい。瞳の色は血よりも深い真紅で、見つめていると魂を丸ごと奪われそうになる。
ゆえに、どこから現れたのかとか、この人は誰だとか、然るべき疑問は全て頭から吹き飛び
惚けたまま
「こんばんわ…」
と返事をしていた
「この人が昨日、けんちゃんの肩を治してくれたんだ」
「あの…ありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ。昨日はありがとう。
そして、嫌な思いをさせてごめんなさいね」
そうして、表情を曇らせる様子も美しい。
「けんちゃん、この人と知り合いなの?」
「え、いや、全く知らない。」
「ふふふ。私はレムリア。
昨日、あなたに命を救われた。本当に感謝しているわ。そして…」
女性が俺とまあちゃんの目を交互に覗き込んでくる。
「その様子なら心配いらないみたいね」
そう言って優しく微笑んだ。
「この世界に疑問を感じたら、西の魔女の塔にいらっしゃい。力になるわ」
「疑問しかないんですけど…」
まあちゃんが呆れた声を出す。
「ふふふ」
鈴の音のように微笑むと、不意に思い出したようにこう言った。
「元の世界に戻りたいのなら、なるべく光玉に触らないこと。覚えておいてね」
そう言い残して彼女は、夜の闇に吸い込まれるように姿を消した。
「いや、ストレートに元の世界への戻り方教えてくれよ…」
まあちゃんが毒づく。
あまりに唐突な出来事に、なんだか実感が持てなかった。
「あの人、何?」
「昨日、自分のことを
『この世界に呪いをかけた魔女』って言ってたな」
「え、何。厨二病?」
「だといいね」
なんとも言えない笑いを浮かべるまあちゃんを見て、逆に不安になった。
「あ、そうそう。結局なんでここに呼び出したの?」
「そうだ。話の途中だったな。
今の自称:魔女の話も踏まえて、今すぐ王都に向かうべきだと思う。
マタック村の様子を見てリリィの話を聞いても感じていたが、この辺りは政情不安定だ。今日、村から離れたところで、王都の騎士たちが野営しているのを見た。それも何千、何万という単位の人数だ。
彼らの目的地は、どこだと思う?」
「まさか、マタックの村?」
「おしい。まあ、マタックの村も中継地として、物資の補充なんかで滞在するつもりらしいけどな…
『西の魔女の塔』だってさ」
「え…」
「つまり、さっき会った自称:魔女の口ぶりからしても、王都と魔女は敵対関係にあると思ってまず間違いないだろう」
「そして、俺はそんな魔女を助けてしまった…」
「そうらしいね 」
「けど、俺全然助けた覚えもないんだけど…」
「まあ、本来ならけんちゃんがあの人を助けたかどうかは、
あまり重要ではないはずなんだ。
もし助けていたとしても、その事実を王都の連中に黙っておけば
問題ないわけだからね。
ただ、気がかりなのは、あの光玉だ」
「魔女が触るなって言ってたから?」
「それもあるね。
とにかく、あの光玉の機能が未知数だろ。
村長の話によると、あの光玉を通して、
王都と情報のやり取りをするとき、
嘘は一切通じないと言っていたよな。」
「…そうか!住民登録の時、俺たちは光玉に触れている」
「さすが、けんちゃん。察しがいい」
「これだけ、魔法で何でもありな世界だ。
光玉に触れただけで、その人間のこれまでの行動や思想、あらゆる記憶が王都に即座に送られるとすれば?」
「やばいね。王都に行ったら魔女を助けた罪で牢獄行きかな」
「それは、分からない。けんちゃんに魔女を助けた自覚がなければ、問題ないとは、思うんだけど…」
「だけど?」
「本人の無意識下で考えていることや
行為でさえも光玉に読み取られるようなら、
魔女を助けたという事実は伝わるかもしれない」
「どういうこと?」
だんだん頭が痛くなってきた。
「昨日、あの狼の魔獣と河原で戦う前、
急に山に向かって、走って行ったの覚えてる?
いや、あの時もコードが見えたから、きっと魔法を使って行ったんだろうな。
走っていったというより、すっ飛んでいったという表現が適当かも。とんでもないスピードだった。」
「え…」
寒気がした。
まるで覚えがない。
いや、むしろシャンパンを飲んでそのまま椅子で寝落ちしたのを覚えている。
それに、あの魔獣と戦った時が、初めて能力に目覚めたと思っていたが、その前に魔法を発動させていた?
怖い。もう1人の自分が寝ている間に、勝手に体を動かしているように思えた。
「やっぱり覚えていないか。
言おうかどうか迷ったんだけど、これから王都に旅立つに連れて、やっぱりお互いの情報を共有しておくべきだと思って…。」
「い、いや、ありがとう。その時の俺はどんな様子だった?」
心臓が高鳴る。大学の合否結果を知る時のようだ。
「突然、椅子から立ち上がって、早口でまくし立てられたよ。
その時は、俺も酔ってたし、よく聞き取れなかったけど、一つだけはっきり覚えている言葉がある。」
緊張が高まる。
「なんて言ってた?」
「『自分の身の安全を第一に考えて行動して』」
予想以上に、
もう1人の自分が確固たる
意志を持っているようで
絶句してしまった。
そして、もう少し格好いいセリフはないのか。
学校の避難訓練じゃあるまいし。
どういうことなんだろう。
もう1人の俺は何を知っているんだろう。
「まさかの多重人格設定に言葉もないわ」
「いや、印象としては、いつものけんちゃんだったよ。別人格とは思わなかったな。まあ、この件は今どれだけ考察してみても無駄だ。情報が少な過ぎる。それより考えるべきことは…」
「王都に行くか、村に止まるか」
「それか、いきなり西の魔女を訪ねるか」
「いや、それはないだろ!」
「助けたのに?」
「おい」
こういう場面で茶化されても
対応する余裕がない。
実際のところかなり頭が混乱していた。
村に止まれば、確実に王都の騎士と接触することになる。
体制側の王都の騎士と、異世界から流れ着いたイレギュラーな俺たちの遭遇は、
それなりに一悶着ありそうで、出来れば避けたかった。
魔女に敵意は感じなかったが、それこそ謎が多過ぎて、のこのこ西の魔女の塔へ行く気にもなれない。第一場所も分からない。
「結局、王都に行くしかないか…」
もう1人の自分の言いなりになるようで癪だが
自分の身の安全を第一に考えた時、
王都に行って、自分たちと同じように異世界から流れ着いた者たちと出会うのが、最善と思われた。
少なくとも彼らは、この世界で安心安全を獲得して暮らしているはずだ。
しかし、それでもやはり気に掛かる。
「マタック村から
追っ手が来るってことはないかな?」
「あるかもね。
でも、おそらく
俺らを拘束するなり、処分するなら
今日やってるよ。
でも、マタック村の連中も酔いつぶれてぐーぐー
寝てたからな。
今日のところは
不審な点は見られなかった」
「なるほど・・・」
自分が浮かれて見知らぬ土地で
呑んだくれていた時、
まあちゃんは油断なく周囲を観察し
見極め
今後の方針を決めていたのだ。
「よし、そうと決まれば旅立ちだ。」
まあちゃんは立ち上がり、木刀を差し出してきた。
出発したくない。
すぐに木刀を受け取る気にはなれなかった。
そんな俺を見て
まあちゃんは笑って、こう続けた
「やっぱり、俺は魔法使いで、
けんちゃんは剣士ポジションだったな」
「ああ、まさかこの歳になっても、
『旅』をやるとは思わなかったけどね」
木刀を受け取ると、見計らったように朝日が差し込んだ。
「いい演出ですこと」
この世界を茶化すように、まあちゃんは呟いた。