住民登録からの歓迎会
「これで、条件は満たせましたかね?」
いつも以上にドライなまあちゃんの声が響く。
対照的に、村長はご機嫌だ。
「もちろん。
村に帰ったらすぐに、我が家の光玉で
この村の所属として、住民登録しましょう」
対照的に、そばに控えるリリィは
目を見開いたまま固まっている。
まあちゃんと村に来る前に、
今後の行動指針に
ついて決めていたのだ。
それは
「安心・安全の確保を第一にした上で
元の世界への帰還方法を探る」
という実にシンプルで堅実なものだ。
シエラの話から光玉によって、
住民登録ができる可能性を見出すことができた。
その後のまあちゃんの行動は早かった。
自分たちが異世界人であることを打ち明け、村長に話をつけて、すぐさま住民登録をした。
シエラやカプサは
「やっぱり!」
「ほらね、私の言った通り!」
という感じで、意外とすんなりと受け入れてもらえた。
すぐさま村長の家に行き、
屋敷の使用人が困惑する中
言葉巧みに村長と面会を取り付け
住民登録の約束を
取り付けた。
全ては、安心・安全の確保のためである。
幸い、俺たちはキャンプグッズ一式(一応木刀も)を
異世界に持ち込めたので、「住」はなんとかなる。
が、異世界に来て早々に魔獣に襲われたことから
野営がリスキーなのは明白だ。
また、どこかのコミュニティに所属しないことには、
衣食の確保もままならない。いずれ限界がくる。
その場で、村長は快諾したが、
住民登録の際
どんな能力を持ち
村でどんな仕事をしているのか
光玉を通して王都に報告する
必要があるらしい。
その際、嘘は一切通用しないため
住民登録の保証人は
目の前で仕事ぶりの確認と
能力を見る必要がある。
とのことだった。
そこで、出された条件は2つ。
狩において
①2時間以内に獲物を狩ること。
②能力を使用すること。
今、俺とまあちゃんは
その2つの条件を満たしたというわけだ。
村長はウキウキと話を続ける。
「しかし、良いのですかな?
あなたがたなら、
王都の狩人として
十分やっていけるはずですよ」
「ええ、構いません。
あくまでもこちらの村の所属で…
しばらくお世話になります」
魔獣狩りを専門とする狩人。
どう考えてもカタギの仕事ではなさそうだし
リスクもつきまとうだろう。
シエラの家に着く前に
「狩人の件は、断ろうよ」
と俺からまあちゃんに
こっそり持ちかけた。
まあちゃんは静かに頷いていた。
ただ、狩人のほとんどは、
異世界人出身ということなので、
もしかしたら帰還の方法を
知っているかもしれない。
狩人にならずに、狩人と接触するには、
王都に入る必要がある。
そのためにも
住民登録は必要だった。
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「それでは、マーシーとケンジの歓迎を祝って
カンパーイ!!」
大きな声で乾杯の音頭をとるのは、カプサだ。
すでに出来上がっている。
「何度目の乾杯よ」
と、リリィが控えめに穏やかな
ツッコミを入れる。
シエラのチームが
歓迎会を開いてくれたのだ。
シエラはリリィと仲が良いらしく
強引にリリィを歓迎会に呼んだ。
会場は、昼間に引き続きシエラの家だ。
ダイニング(リビング)には
昼間なかった光玉が飾り棚に
鎮座されており
ぼんやりと光を放っている。
しかし、部屋全体を照らすほどではない。
ロウソクの炎よりも
ほのかで優しい、
乳白色の光だ。
見ていると心が安らぐ。
外はすっかり暗くなってきたので
魔法の光で家の中を照らすのかな、と
ワクワクしていたが
「うちはこれだから」
と、シエラは
ランタンのようなものを
取り出して、魔法で火をつけていた。
それをみてカプサは
「だっさ」と呟いて
シエラに睨まれ、
「やっぱり火の光は落ち着くわよねー」
などと笑っていた。
今、机の上には、
所狭しと食べ物と酒が並べられている。
食べ物のほとんどはリリィが
作ったものだった。
魔法で、火を起こしたり
食材を切ったりする光景は
非現実的で驚くべきことのはずだが
まあちゃんの魔法を見た後なので
ものすごく現実的なものに思えた。
まあちゃんは、
村長に能力を見られてから、
いや、村長の家で住民登録してから
ずっと黙って何やら考え込んでいるようだった。
「それにしてもマーシー遅いね。
早く一緒に飲みたいな」
シエラは心配するよりも、
ただ単に、ここにまあちゃんが
いないことを残念がっているようだ。
村長の家で住民登録をした後
早速初仕事として
レーヤ捜索と村の周辺警備に
手を貸すことになったのだが
「俺は1人でいい」
そう言い残し、
まあちゃんは山の中に入っていった。
その後、まだ戻ってきていない。
自分が得た強大すぎる力に何か思うところがあるのだろうか。
「エレン、マリー、クレアの3人も…
大丈夫かしらね」
本来チームリーダーのシエラが真っ先に言うべきセリフをリリィが言う。
「あの3人なら大丈夫。見回りのついでに狩をしてくると言っていたよ。何かあったら光玉を通して連絡があるはずだし、結構しっかりしてるよ、あの3人」
「山遊びかー、若いねー」
カプサが先輩風を吹かす。
「あの3人あんたよりよっぽど働き者だから、きっちり見回りもして、歓迎会のための獲物もきっちり捕まえてくるわよ」
シエラが茶々を入れる。
「はぁー?私だって、今日めっちゃ働いたわ!
ザワンタ山系の北端まで、レーヤを探してきたんだからね!」
カプサの剣幕を華麗にスルーしてシエラは真顔になってリリィの方に向き直る
「それにしても、レーヤのやつ、流石に心配だね。この時間まで戻らないことなんてなかったよね。もうすぐ村の門も閉まるし…」
「まあ、レーヤは気ままだから…。明日あたり眠そうな顔して現れるんじゃないかしら」
リリィが無理して笑顔を作っているのは、今日初めてあった俺でも分かるほど、痛々しいものだった。さすがのカプサも心配そうにリリィを見つめている。そうしていると、カプサは実に理知的で思慮深く、繊細な女性に見える。普段が残念すぎる。
それにしても男は俺だけ。
居心地悪いにもほどがある。
サークルの会室に行ったら、
女の先輩ばかりしかいなかった
といった状況だ。
息を潜め
ひたすら隅っこでビールっぽい飲み物を
すすっている。
ガチャ
「ジャーン!見て下さいよこれ!」
エレンが鳥の丸焼きを掲げてみせた
「マーシーさんが焼いてくれたんです」
なぜか頰を赤らめながら、マリーが付け加える。
「なんだ、一緒だったんだ」
シエラがホッと胸をなでおろす。やはり、チームリーダーとして、心配はしていたらしい。
「狩を終えて、村に戻る途中でバッタリあったんすよ。村まで競争したけど、負けちゃった。も
なんなんすかね、マーシーさんの能力。何でもあり?」
クレアがカラカラと笑う。ベリーショートがよく似合う、サバサバとした子だ。話しやすそう。
「いや、実は1人になってから山で色々試してみたんだが、俺の能力は瞬間移動と、生き物でなければ、分解して切り刻むことができる。あとは、炎を少し扱えるみたいだな」
「え、でも生きてた鹿も、切り刻んでなかった?」
とカプサ。彼女はまあちゃんの能力を一番最初に間近で見ている。
「瞬間移動してすぐに、ナイフを突き立てたんだよ。魔法が発動した時には絶命してた」
「あー、確かに一瞬獲物の動きが引きつったように見えたー。
ナイフ使ってたんだー!早業だね」
シエラがまあちゃんに熱い視線を送る。
「けんちゃん、もう飯食った?
俺の焼いたローストチキン食べない?」
そう言うと、鳥の丸焼きは宙に浮き、あっという間に切り分けられ、そのうちの一切れが賢治が持っている皿の上に乗っかった。
「おお」と、一同から感嘆の声が起こる。
ねえ、もう一回見せて!!と、エレンが興奮してリクエストしている。
「それにしても、やっぱりすごいわねー。外の人って。住民登録の時だってさー…」
カプサが語る。
住民登録は、一瞬で終わったが、
なかなか、衝撃的な出来事だった。
村長と、俺とまあちゃんの3人は光玉に手をかざすと、
光玉が紅く輝き
凄まじい光を放った。
思わず目を瞑り、恐る恐る目を開いてみると、
村長が、神妙な顔をして虚空を眺めており、
隣でまあちゃんは片目を閉じつつ、
光玉を見つめている。
体にも何も変化はなかった。
シエラやリリィに聞いたところによると、
広場の水晶も呼応して
紅く輝いたという。
「私たちが登録した時は、ぼんやり光っておしまいだったけど。」
とリリィ
「やっぱり、外の人だからかな?」
とシエラ
「そりゃ、そうよ!あれだけ、すごい力を持っているんだもん!光玉だって、私たちと同じ反応をするわけないわ!」
とカプサ。
「登録の際、魔力量に比例した光量を放つのかしら」
とリリィ
「え、だったらなんで、私とあんたの光の加減が同じなのよ」
とカプサ
「こっちのセリフ!」
とシエラ。
「みんなおんなじよ」
とリリィが苦笑いしつつ、フォローに入る。
うーむ、さすがだ。
村長にも信頼されているようだし
リリィは村娘のお姉さん役といった感じだ。
シエラのチームの雰囲気を見てみても
シエラのメンバーは
カプサを筆頭に
馴れ馴れしくて
やんちゃで活発で負けず嫌い。
シエラのチームの3人娘は、
すかさず、食べ物と飲み物をたくさん
抱えて、まあちゃんのところに行って
無理やり勧めている。
俺もまあちゃんが切り分けてくれたローストチキンを食べてみる。美味しい。
リリィの料理は先程から少しずつつまんでいたが、ようやく食べ物を美味しく味わえた気がする。正直、まあちゃんの切り刻む能力が、生き物以外に向けられるものと知ってホッとしていた。
もちろん、まあちゃんが自分に向けて、能力を使うことはないと信じている。しかし、人の命でさえも、あのようにバラバラに切りきざめてしまうような能力だとすれば、たとえ、まあちゃんであっても、その力の重みに耐えられないのではないかと思う。
翻って自分の能力について考えると、気が重くなった。今日は、みんなに追いつきたい、狩を成功させたい一心で駆け出したら、ものすごいスピードで走りだしてしまい、目の前の大木にぶつかりそうになった。回避するためにジャンプすると、これまたとんでもない跳躍力で、気がついたら、木々の上から、森の全景を眺めており、木から木へと忍者のように飛び移ることができていた。
ただの身体強化の能力であればいいと思うが、
自分の命に危険が迫れば、また化け物になる。そんな予感が胸をざわつかせる。
もし、化け物になっても、この世界は自分を受け入れてくれるのだろうか。
「大丈夫?」
リリィが上目遣いで顔を覗いてくる。
「あ、ああ、だ大丈夫!」
思わず、動揺して手にしていた
ビールのようなものをこぼしてしまった。
リリィは当たり前のようにハンカチを取り出し
コップと手を拭いてくれた。
「あまり、食べていないし、飲んでいないみたいだから…。やっぱり、不安?」
「え?」
自分の心中に横たわる
自分は化け物なのではないか、という
不安を見抜かれている気がした。
「いきなり知らない世界に来たんだもの。
不安だよね」
「あ、ああ。そう、そうだね。
でも、言葉は通じるし
みんな親切だし、なんか、思ったより
やっていけそう。」
「そっか。よかった。」
にっこりと微笑むリリィに
思わず見ほれてしまう。
女性的で柔らかな
本当に整った顔立ちをしている。
そんじょそこらにはいない。
美しい映画の世界からすっと、現れたみたいだ。
「あー、ケンジがリリィにみとれてるー!!」
カプサがこっちを指さしている。
お前は小学生か。
「い、いや、違う!」
反射的に言い返したが、図星を指され動揺が隠せない。
カプサはニヤニヤ笑いながら
かなりの至近距離まで顔を近づけてきた
言動は軽薄でガサツだが、
色白、金髪、
大きなアイスブルーの目
まつ毛まで綺麗な金髪で
精巧につくられた人形のように
美しい。
近い近い近い
「顔、赤!」
と言って、また笑われた。
中身が勿体なさすぎる。
「まあ、リリィはモテるからねー。
私ほどではないけど。」
「え、カプサってモテるの?」
この世界では、こういうタイプがモテるのだろうか。
素朴な疑問が口からこぼれ落ちていた。
「ああ?」カプサの目が
険悪なものに変わる。
しまった。と思った時には
グーで頭を殴られていた。
「いてっ」
そのやりとりを見て
シエラやリリィが声を上げて笑った。
まあちゃんも、笑っている。
ああ、やっぱり笑うと昔の面影があるなあ…。
どこかこそばゆいような、温かい空気感。
思えば大学に行ってから
休学を決めるまで
笑い声だけは、周囲で絶えなかった。
しかし、そのほとんどは
無理やりひねり出したような笑いと
他人を嘲るものだった気がする。
もちろん
心底笑えていた時期もあったのだろうが
今でもふとした時に
思い出してしまうのは
卑屈な笑顔と
底意地の悪い
笑い声だけだ。
意図せずして
笑わせる。
嗤わせる。
笑われる。
次第に
他人に笑われるのが
怖くなってきていた。
だけど…と思う。
今この瞬間の笑いが、
みんなの笑顔の正体が
実際のところ
どんなものだっていいや。
そう思えるくらい
今は呑気に酔っ払うことができている。
昨日に続いて楽しいお酒だ。
でも、酔いつぶれる前に
とりあえず
主張すべきことを主張しておこう。
「あの…。本気で痛いんだけど」